| 真冬の逃避行 |
――きみがいきなり海に行こうだなんて唐突なことを言うから、俺は少しだけ驚いたのだった。
任務を終えて帰路につこうとする俺を、周は出入り口近くの道路脇でバイクをふかして待ち構えていた。
普段は俺から誘うことの方が圧倒的に多い。それは俺が彼の行動を勝手に先読みしてしまっているからに他ならないのだけれど、今日ばかりは嬉しい不意打ちだった。
予定調和の外側からまさしく流星の如く割り込んできた周は、こちらが断るという選択肢など知ったことではないと言わんばかりにヘルメットを投げて寄越した。それは綺麗な放物線を描いて、きっちり俺の手中に収まった。ナイスコントール。得意げに口角を釣り上げたのがバイザー越しに見えた。ああ、まったく。仕方がないなあ。
「知ってたんだ」
「ん、なにが?」
「俺が預けてること」
「それは勿論。いま遠出できる相手が迅さんしかいないのは調査済みなので」
俺たちの武器――トリガーを持ったままではそう遠くへは行けない。本当は何処にでも行けるけれど、心理的な制約がないとは言えないというのが現実だ。GPSが付いてるし、緊急脱出の手立てを失うからだ。
この街に意図せず縛られている俺たちがこの街から離れるには、何処かしらで正当な理由でトリガーを手放すときでなくてはならないのだと思っている。例えば、少しだけ特殊な任務後のメンテナンスだとか。学生ならば修学旅行だとか。
べつに離れたいとか遠くまで行きたいと思うことは滅多にないのだが、今日の周はどうやらそうではないらしかった。俺を誘う声が、ほんの少しだけいつもと違う。わずかに寂しさをはらんでいるような気がした。
気がしたという予想であって予知ではない。ただの主観であって、それ以上でもそれ以下でもない。
同じような時期に任務に入ったのは知っていたし、同日で終了するところまでも知っていた。けれど、それは単なる偶然だろうか。周はどこまで見越していたのだろう。予知を持ち合わせてなどいない筈の彼に、俺の心はひどく翻弄されていた。
とりとめのないことを考え出した俺を急かすようにエンジンが唸りを上げた。どうやら拒否権の行使は難しいらしい。観念しましたという意味を込めて
周の後ろに乗り込んだとき、彼はぽつりと疑問を溢した。それはなんとも、可愛いかわいい愚問だった。
「真冬に海に行こうっていうのは気にならないんだ?」
「周に誘われたらどこにだって付いていくさ」
「……はは、胡散くさ」
呆れたように、けれど何処か嬉しそうに周は笑った。
大きくひとふかししたあとバイクは滑らかに走り出す。冷たく凍えそうな冬の空気をひたすら切り裂いて、明確な動機などわからないまま。ひたすら曖昧に俺たちは海へと向かった。
◇
こんな真冬に海へ行こうとする酔狂な人間はいないようだ。真夏は大層混み合う海へと続く長い一本道は、人どころか動物の気配さえ希薄だった。しんと静まり返って、ただ道が広がっているだけ。一切誰ともすれ違うことなく目的地の浜辺まで到達しそうだった。
「バイクじゃなくて車だったら音楽でも流したのに」
周は呑気に唇を尖らせた。信号待ちのたびに疎らな会話を続けていたのだが、それは唐突な不満だった。集団の年齢層が低いから当然なのだが、自在な移動手段を持てる人間は少ない。さらにその中でも車を持っている面子は限られている。
「確かにね」
肯定したのち、そっと優しく告げる。
「じつは聞こえてたよ、周の下手くそな鼻歌」
「……も、もっと早く言ってよ」
目の前の肩が羞恥でぷるぷると震えた。相変わらず細いままだなあ、とぼんやり現実逃避をはじめてしまう。
ああ、どんなに分厚く着込んだって、どんなに立派に成長したところで俺は同じように思ってしまうのだろう。彼がもつ独特の雰囲気がそうさせるのか、俺が初めて会ったときの姿に囚われたままだからか、俺には分からない。
いまにも吹き荒ぶ風でばらばらに壊れて、目の前で攫われてしまいそうだと、そんなイメージが焼き付いて離れそうにないのだ。
「ほら、信号変わったぞ」
「迅さんってほんとサイテー」
しばらくして目的地に到着した。どこにでもありそうな地方の海浜公園だ。端の方にバイクを止めた。
スニーカーが砂まみれになるのも意に介さず、周は無言でどんどん砂浜を進んでゆく。そのまま海に入っていきそうな勢いだった。
「周!」
「……迅さん、怖い顔してる。なにか視えた?」
思わず腕を掴んでしまった。俺を振り返る周の顔はいつも通りで、内心ほっとする。俺の表情が余程切羽詰まっていたのだろうか、くすくすと周が笑った。
足元のかなり近くにまで波が寄せては引いてを繰り返していた。潮風がふたりの髪を好き放題弄んでいる。
手を伸ばしてその頬に触れた。当たり前だが、かなり冷たい。
「いいや、なにも。それより寒くない?」
「帰りにラーメン食べに行こうか」
「おっ! いいね」
冬の海には満足したようで、周は歩き出した。それに続いて俺も来た道を引きかえす。
「迅さん」
途中で周が振り返ってこちらを見た。吹き荒んでいた風がさらに強く吹いて、発せられたことばを掻き消す。音は拾えなかったが、言いたいことは伝わった。
「俺もだよ、周」
2020/04/29
迅さんとプチ逃避行のちラーメン食べたい。冬のうちにというか寒いうちに上げたかったけど間に合いませんでした
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