なまえは保健室での処置を終わらせ、座学の授業へと向かった。クラス共通授業のため、グリムだけでなく同じクラスのエース、デュースも一緒だった。一列になまえたちは並び、予鈴が鳴るまでいつもの通り世間話をしていた。なにより、食べ盛りな年ごろである彼らにとって、昼食前の授業はこの後の食事についての話題が入ることがほとんどだった。
「今日は……まずハンバーグの列に並んでる間に他のメニュー考えるわ。時間配分完ペキ」
「ハンバーグ……惹かれるな。小テスト前の腹ごしらえとしては十分すぎる」
「ホントだよ、ってか小テストあるの思い出した、めんどくせ。センセーがテストうっかり無くして自習とかになんねえかな」
「エース……今日のテスト準備してないのか! 今日こそはオレ様勝てるかもしんねーゾ……」
「別に準備してなくてもデュースやグリムよりはぜってぇいい点とるから安心していいぜ」
「んだと……今日は負けねえからな」
「そんな負けられない小テスト前のグリム様のランチは〜〜……」
グリムがエースやデュースに便乗して今日のランチメニューの希望を口にしようとした瞬間、なまえの雰囲気が変わったのを3人は感じた。
「グリム……食パン。今日は、食パンにピーナッツバターを塗って食べるの。おいしいでしょ」
「ア……そうなんだゾ。オレは最近食パンにピーナッツバターを塗って食べるのが大好きだったんだゾ……」
なまえの哀愁漂う口調に、思わずグリムもつられていた。2人の、贅沢な食事をとれない様はここ数日続いており、エースとデュースはなまえが時折自身の財布の中身を見つめながらため息をつく様子を目撃することも多かった。しかし、日に日にどんよりムードは増していくようにも見え、エースとデュースは詳細こそ聞かないものの、彼らなりに気を使ったり使わなかったりしていた。
その日のランチは、購買でそれぞれパンを買って、校庭のベンチに腰掛けて日光を眺めながらの食事を楽しんだ。手のひらサイズのお総菜パンの詰め合わせと、食パン4枚切りを購入し、なまえが持参したピーナッツバターを塗ってそれぞれ頬張ってみる。
「おっ、ピーナッツバター、久々に食ったけど、うまいな」
「ああ、たまには食堂じゃなくてこういう屋外で食べるってのもいいよな。またしようぜ」
エースとデュースの会話を聞きながら、なまえも食パンをおいしそうに頬張る。グリムも食事というコンテンツ自体が好物であり、苦ではなさそうだった。なまえは微笑みながらも、頭の中ではお金の計算ばかりしていた。食パン2枚100マドル。お総菜パン2人前120マドル……。キリがないことはわかっていながら、お金のことばかりを考えている。
「なまえ」
「え、うん」
「いい加減、そのボーッとしてるワケ、教えてくんない? せっかくの外食なのにテンションダダ下がりなんだけど」
エースが口を開き、なまえの動揺があらわになる。
「僕もずっと気になってたんだ。その……なまえと、グリムも食事の時は元気をなくして素朴なものばかり食べているから……」
デュースも、思っていたことを口にし始めた。
「……見ての通り、お金がなくて」
「でも、学園長からグリムが食べる分の食費も含めてお金出てたでしょ?」
「うん。でもそれが……」
「何かあったんだな。きっとグリムがまたやらかしたんだろ。可哀そうに」
「ふなっ! またとは失礼な話なんだゾ!」
「2人とも待って、実はね……」
なまえは、ずっと2人にも隠していた、オンボロ寮の財政難を告白することとなる。
――スカラビア寮副寮長ジャミルの「バーサーカー事件」後までさかのぼる。なまえは学園長よりスマホが与えられ、なまえは内心とてもうきうきしていた。特にグリムも含めて、学園外で普及しているものが見られるショッピングサイトを眺めることにハマっていた。ある日、なまえがお風呂に入っている最中、スマホでショッピングサイトを眺めていたグリムの焦った叫び声が聞こえたので戻ってみると、スマホの画面には、「【大特価品】1つ400マドルの高級ツナ缶、111個購入ありがとうございます」の注文完了画面が表示されていた。
「やっぱりお前じゃねーかグリム。償えよ」
「いや11個のつもりがオレ様のぷにぷにの肉球がうっかり……」
「言い訳は醜いぞグリム。なまえに謝罪はしたのか?」
エースとデュースがグリムに詰め寄ると、なまえはいつもと違い、非常にやりにくい雰囲気を醸し出していた。
「なまえ、全部話すんだゾ」
「う……」
――注文履歴からキャンセルしようにも、大特価品のツナ缶はキャンセル不可能で、時すでに遅しというやつであった。履歴一覧を見たグリムが何かに気付いた。
「なまえ。これは……なんだゾ?」
「あー、これはヘアアイロン。ヴィル先輩がCMに出てるやつ。お得だなと思って買ったの。あと少しで届くんだ」
「なまえ……これお得でもなんでもないゾ。50000マドルもするんだゾ!!!」
「え、5000じゃ……え、ほんと……うそ……」
ポムフィオーレ寮寮長のヴィルが宣伝していた某有名メーカーのヘアアイロン。ヴィルのさらさらヘアーの秘密を安価で手に入れられると思っていたなまえであったが、実は桁を読み間違えていたことが分かった。2人の購入金額、約90000マドル。
「でもこれ、髪の毛トゥルットゥルになるって書いてたから……トゥルットゥルが保証された金額だと思うし……」
「これはなまえもひでーな」
「こればっかりは、僕も庇えないな」
この請求金額は、普段修繕費を含めたオンボロ寮に支給される生活費を優に超えており、分割払い設定をなんとか手探りですることはできた。最近、主にグリムの食費がかさみすぎていると学園長にチクリと釘を刺されていたこともあり、どうしてもバレてはいけない。幸い、学園長は基本的に放任主義ではあるため今のところ何も知られてはいないが、こんな贅沢三昧をしてしまったとわかれば、オンボロ寮生2人の生活に不都合なことがあるに違いなかった。
「で、なまえとグリムはそのお金どうするんだ?」
「正直、故郷がなかったことにされてる私たちとしては本当にアテもないし、しばらくは節約して、アルバイトを始めようかと思うんだけど……」
なまえは、グリムはアルバイトを探すのは難しいだろうから、勉学に集中してもらい、自身は学業に支障が出ないほどのアルバイトを探したい。その先としてモストロ・ラウンジを検討しているが怖くて踏ん切りがつかないことをエースやデュース、グリムに伝えた。この3人は実際にイソギンチャクとしてこき使われていた者たちだ。話していくうちにブラックな日々を思い出し、3人は寒気を感じた。
「なんだかそれもなまえに申し訳ない気がするんだゾ……」
「それは気にしなくていいよ。グリムは赤点とりあえず何とかしてくれたらいいと思ってて。私たちの成績2人で1人分だから」
なまえは、特に勉強は平均的にできるタイプだったため、どちらかと言えばグリムが足を引っ張っていた。ここは長い目で見て、自身は平均を保ちつつ、グリムもこれで勉強のやる気が出ればよいとも考えている。グリムには「成績」という言葉が重く感じられたようで、効果てきめんだ。エースとデュースは状況を把握し、彼らなりの考えを述べる。
「確かにあそこはブラックだったけど、僕たちが働かされていたときと比べたら、労働環境は変わっている気がするんだ」
「オレもこの前、営業時間を変えたって噂で聞いたんだよ。前よりはマシなんじゃね」
「私もそうは思っているけど……」
「でもなまえ、最近ずっとモストロ・ラウンジのバイト募集ページ見てたじゃん? そんなに気になるならさ、偵察しにいこーぜ。そっから応募するか悩んでも、今ここで考えるよりいんじゃない?」
「偵察するのは名案だな、エース。僕も久々に行きたかったし」
「オレも景気づけに久々にうまいメシを食いに行きたいんだゾ」
「違うよ、グリム。ドリンク1杯で居座るんだよ……!」
3人に心の内をやっと明かすことができて、なまえは少し気が楽になった。偵察くらいだったら、ドリンク代だって安いかも、と考える。金銭的不安は消えなくても自分の悩みを共有できる人たちがこの世界にいてよかったという安堵感もあった。次回、エースとデュースの部活が休みの日に合わせて、モストロ・ラウンジの偵察に行く計画を立てながら昼休みを過ごした。
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