当てはあるのに彷徨う


 初めて正門をくぐったときには、彼の姿はもう見えなくなってしまっていた。そして見知らぬ広い敷地内で彼を探すのは難しかった。日没までには諦めて山へ帰り、翌日の昼下がりにもう一度挑戦した。存在をなるべく消しながら学園内をうろついて彼のことを探したけれど、彼を見つけるよりも先に他のゴーストたちに自分が見つかってしまった。

 初めて見る自分以外のゴーストは、姿が簡略化されたような見た目をしていて、思わず自分もこんな顔をしているのかと、ゴーストの目の前で顔を触ってしまうほどだった。しかし、ゴーストと出会ったときに「新入りさんかい? やけに顔立ちがボヤけてなくて珍しいな。未練タラタラか〜〜?」と言われたため、失礼だなとは思ったけど少し安心した。初めて会ったゴーストはよそ者意識もなく、むしろどこから来たのか質問してくるなど、私と積極的にコミュニケーションをとろうとしてくれた。学園外から来た私の存在は珍しいらしい。……すぐそこの山なんだけどな。

 私は、学園正面の山のゴーストだってバレないように、「旅の最中でこちらを彷徨っているんです」と伝えると、わかってもらえたようだ。学園内で生活しているゴーストは学生とも打ち解けているかもしれないから、私が悪い噂の持ち主だとはあまり気づかれたくなかった。同族にこのように気を使うなんて想像もしなかったな。思えば最初のころに来た学生たちに、もっと親切に接しておけばよかったのかもしれない。自分がゴーストとして目覚めてからは、心に余裕もなく泣いてばかりで、泣き声が木々に反響して恐ろしいものに聞こえたのは申し訳なかったけれど、せめてもっと幸運をもたらすパワースポットとして扱ってもらえるよう努力しておけばよかった……。


 そこから数日間は散策を続け、彼を見つけること、そして名前を知ることができた。彼はジェイド・リーチさん。この学園の2年生で、頭がすごく冴えてるけど空を飛ぶのが少し苦手。
 ジェイドさんの名前がわかったときには、私は興奮のあまり運動場をぐるぐる駆け回り、芝生の上に大きなサークルを作ってしまった。その話は一気にゴーストたちの間に広まり、私は学内でも有名な新参者になってしまった。……ゴーストの噂って、まわるのがすごく早いらしい。

 ジェイドさんのことは名前や学年など、それくらいの情報しか知らなかった。だって、もっといろいろなことを知ってしまったら、次は校舎を傷つけてしまったらいけないし。だから、本当は彼がオクタヴィネル寮というところで生活していてそこの飲食店で働いていることまでは知っているけれど、そこまで追いかけたりもしていない。近頃の私は、人通りの多い食堂前の大きな廊下の壁か、運動場の木に隠れながら、ジェイドさんが通りかかるのをひたすらに待ち望んでいる。今日も食堂前の廊下の壁で、なるべく目立たないように浮いていた。


「ねーなまえちゃん!」
「わ! ケイトさん、びっくりするじゃないですか」
「ゴーストをびっくりさせちゃった。だってなまえちゃん、バレバレなんだもん」
「うう……」

 この人はケイト・ダイヤモンドさん。実はこの学校で唯一お話ができる生きている人。私がゴースト間で話題になってから肖像画の界隈にも私の噂は広まっていたようで、西校舎にいるロザリアちゃんが、彼はよくお話を聞いてくれるからオススメ、とケイトさんを紹介してくれた。ケイトさんは、私を見ても驚かないし、軽くて明るいノリのよさそうな人。ジェイドさんの1個上で、違う寮にいるみたい。彼は昼休みなどに私の話し相手になってもらっている。内容と言ってもジェイドさんトークに、主に私が花を咲かせていた。

「そんなに隠れなくってもいいんじゃん。なまえちゃんカワイーし、ゴーストだけじゃなくて人からもモテそうだよねー」
「私、学生に評判が悪いし、それはないよ」
「まぁ、『おばけ山のゴースト』って呼ばれてるもんね」
「すごく不名誉だしセンスないよねおばけ山って! 安直すぎる……」
「最初に言った人のセンスがイマイチだったよね。でもさ、誰もあの気味悪い山にいるゴーストがこんなかわいい女の子だとは思わないって!」
「気味悪いって……! 気にしてるのに」
「あはは。気にしないでよ! きっと生きてたときもすっごいかわいかったんだろうねー」

 そう言ってケイトさんは私の顔をじっと見つめてくる。確かに他のゴーストたちと違って私の姿は、顔面などは特にはっきりとしているほうだった。

「顔はこのままかもしれないけど、覚えてなくて」
「やっぱり、ゴーストって、昔のこと覚えてない感じ?」
「たぶん、ゴーストによるけど……私は自分の名前は憶えていて、なんとなくあの山が自分の最後に関係してるのかなっていうことは予想してるんだけど」
「そっかー。ゴーストとして第二の人生を楽しむんだったら、記憶なくてもいいのかもね。いちいち覚えてるのも気分良くなさそうだし」
「そうそう。それだったらジェイドさんの顔たくさん見る!」
「本当に好きだよねー。あ、ジェイドくんの兄弟の、フロイドくんはどうなの?」
「あの人はちがう! 私はジェイドさんがいいのー!」
「アハハ! ごめんごめん」

 廊下でこんなことを話しながら、流れるように行き来する生徒を眺めた。ジェイドさんは背が高いから遠くても存在がすぐにわかって、私はうれしくなって壁の中に逃げ込んでしまう。前に肖像画に入ろうと思ったら弾き飛ばされてしまったので、おとなしく壁に同化している。……ちなみにフロイドさんが通った時は、惜しい! って思う。あの人には申し訳ないけど。

 ゴーストたちに私の存在が透け透けでも、ジェイドさんは、私が見つめるだけの完全にプラトニックな関係がベストだと思っているから。この大きな廊下か、運動場とかでまぎれながらたまにこうやってケイトさんやゴーストとお話をしながら彼を待つくらいが、きっといいと言い聞かせる。


「ところでさ。この前、ちょうど職員室の近くにいたよね? 今度の試験の範囲とか聞こえちゃってたりする?」
「あ、そのときそんな話は聞こえたんだけど、ジェイドさんが職員室に入っていくのが見えて興奮してそれどころじゃなかったの」
「そっかー。残念」


-3-


 

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