山登り記念日


 今日は学校もお休みで、すごくいい天気だった。案の定、ジェイドさんはつなぎ姿で外出許可をもらう手続きを学園長室で済ませると、メインストリートを通って正門から学園外に出ていった。学園は崖に囲まれているけれど、正門から続く道をしばらく歩くと、私のいる山の入り口が見えてくる。
 「おばけ山」が、学園内にある魔法の鏡を介さなくても辿りつける、お手軽心霊スポットとして有名になってしまっていることも、ケイトさんから教えてもらった。すごく失礼だと思うけど、ジェイドさんもそんな噂のある所にわざわざ足を運ぶだなんて、すごい趣味をしていらっしゃる。そこに山がある限り登りたいというのが彼の本能なのだろうか。私も、「山を愛する会」の一員としてジェイドさんの後ろをついていった。

 いつものように山頂を目指して彼は歩みを進めていった。私も追いつく程度のスピードで彼に興味を示す虫たちを追い払ったり、障害になりそうな植物をさりげなくよけてみたりした。

 彼が山中の木の下に、身をかがめて何かを観察し始める。面白いものを見つけたのかもしれない。私はそういうときのジェイドさんの表情がたまらなく好きなので、少し前に回り込んで眺めようとする。


「そこに、いらっしゃるんですよね」

 教室でいつも聞いている心地よい声が、山の木々に吸い込まれていった。でも、何秒経っても、誰も返事をしなかった。

「わかっています。怖がらないで、出てきてください」

 彼は私が隠れている木に向かって、話しかけていた……。もしかして、私のこと? 困る。困る。私は見つめているだけでいいのに存在がばれてしまっては、いけない。今すぐここから立ち去らないといけない。
でも私は恐ろしくなってしまってその場から動けなくなってしまった。この間にも彼の190センチもある長身が近づき、細長い影が私の隠れている木を侵食し始める。

「あなたですね。ここにいらっしゃるゴーストさんは」

 彼の長い歩幅で、ここにたどり着くのには時間がほとんどいらなかった。私は、顔が本当に真っ青になってしまって、そのまま彼を見上げた。

「ぁ……」
「僕は貴方に危害を加えたりはしませんよ。度胸試しの学生とは目的が違いますので。……それに、僕のことご存知ですよね」
「……はい。ジェイドさん」
「ええ。そうです。貴方はなんとおっしゃるんですか?」
「なまえです……」
「なまえさん……」

 彼は、身をかがめて私をまっすぐ見つめている。私は彼の瞳を初めて怖いと思った。一体いつから見つかっていたんだろう。きっと私はこの人に気持ち悪いと思われて、山にも登らなくなってしまうかもしれない。そうしたら、本当にもう終わり。これは私の注意不足だと、頭の中で反省文を書く。

「こんな素敵な山に住んでいらっしゃるゴーストさんなら、ここの魅力をたくさん知っているのではないかと思っておりました。僕は、ずっと貴方にお会いして、お話してみたかったんですよ」

「えっ」

 耳を疑った。私に会いたかった、という気持ちは本心? 驚きのまま彼の目を見ると、私を怖がっているというよりは、新しいものを発見したとき、あるいはもの珍しいキノコを見るような瞳をしている気もする。この人はおふざけで言っているのではなくて、好奇心でそう言っているのかもしれなかった。もうバレてしまったものは仕方がないし、思い切ってジェイドさんとお話してみた。


「わかりました……何が、みたいですか?」

 私はかしこまった敬語でジェイドさんを連れて山の中を案内する。ところどころでジェイドさんが足を止めて、キノコや植物を観察したり、収穫したりしていた。私は特にキノコについて詳しくなかったため興味深く見ていると、ジェイドさんがそれを察して私に解説をしてくれた。山のキノコだけでなく、彼が授業などで使う薬草や魔力を持った物質の類もたくさんあったらしく、私が案内しているとあまりの珍しさに彼は目を真ん丸にして、「これには僕も気づきませんでした」と感動していた。自分の所有物ではないけど、この山にいてよかったと、少しは思える。

 私もやっと緊張がほぐれてきて、彼とまともに会話ができ始めたところだった。ジェイドさんは「これは……」と声を漏らし、ある一点を見つめて立ち尽くしていた。

「どうかしたんですか?」

 私が彼の隣で静止し、地面を眺めた。地面には、いくつもの白いキノコが木を囲むように、円形に生えていた。

「これは、菌輪です」
「きんりん?」
「ええ。キノコは胞子を放射状に出すので、円のようにキノコが生えてくる現象です。こんなに綺麗なものは初めて見ました……」
「……すごくかわいらしいですね」
「昔はこの理由がわからず、妖精たちが満月の夜に踊った後に生える、などといった説もあって、そのために妖精の輪とも呼ばれているんです」
「その名前、とっても素敵です。ロマンティックですね」
「フフ、面白いでしょう。……貴方が運動場に作った輪はミステリーサークルですが」

 彼が眉を寄せて意地悪そうに笑った。運動場の輪というのは、私が学園に入ってジェイドさんを見つけたときにうれしさのあまり駆け回ってしまった跡地のことに違いない。

「え、どうして知っているんですか」
「おや、当てずっぽうで言ってみたんですが本当に貴方だったんですね」
「う……」

 彼にどこまで知られているのか不安になったけれど遊ばれていただけだったし、さらには恥ずかしい話も知られてしまった。私は気まずくなって山を登り始める。ジェイドさんはくすくす笑いながら私についてきてくれた。恥ずかしさもあるが、まさかこんな会話ができるようになるとは思いもしなかった。部員として活動ができたこともうれしくて、ジェイドさんにバレないようにニヤニヤしながら会話を続ける。

「やっぱりさっきの、言わなきゃよかったです! ずっと隠れていたのに」
「そんなに隠れなくてもいいでしょうに。学園内では働いているゴーストたちもたくさんいます。貴方は独りでここにいなくても楽しめると思うのですが」
「だって、大抵の生徒はきっと私を見たら恐ろしい顔をして逃げてしまうに決まってるから」
「そんなことありませんよ。こんなかわいらしいゴーストを恐ろしいだなんて」
「実際恐れられてきたんですが……」
「度胸試しは基本夜中でしょう。灯りもない山道で貴方の姿をはっきり見られる人は、少ないはずです。彼らは恐ろしさを求めて来るのですから、きっと頭の中で貴方の声や姿が恐怖の対象へと変換されてしまうのではないでしょうか」

 ジェイドさんの言う通り、私の姿を直接見た者はほとんどいなかった。強いて言えば私を最初に発見した2人組。昼間に私を目撃したにもかかわらずこんなうわさを流してしまうなんて、あの学生たちはどれほど怖がりだったんだろう。私はおかしな気持ちになってきて、笑いがこぼれてきた。雰囲気が緩まったのを感じたのか、ジェイドさんは「行きましょう」と私を山頂へ促し、大樹の下で、休憩を取ることになった。


-5-


 

text