山頂にたどり着いた。空にはさわやかな青が広がっていて、薄く雲がかかっている。大樹の下には大きく影が広がっていて、私は、ジェイドさんが敷いたシートの上にふわっとお邪魔して、上を見上げた。理由は判らないが、景色としては非常に良い場所であるはずなのに、山頂へ来ると心がざわつく。
下から見上げてみると、太陽の光が新緑の間からもれてきて、キラキラと輝いている。こんなにきちんと山頂を見たこともないし、やっときれいだと思えたかもしれない。
「ここで、こうやって一息ついてみたかったんです」
「よかったですね。今日は天気もいいですし」
「ええ。……貴方は、この場所、お好きではなかったですか」
「正直なところ……あんまりです」
ジェイドさんは非常に察しの良い人だった。私がごまかすような発言をしても、それが本意でないことをわかってしまうみたいで、自分が正直に答えてしまったことを後悔する。彼は、少しだけ眉をひそめていて、私は彼を困らせてしまったのだと実感してすぐに言葉を続けた。
「でも、私はここでずっと1人だったからいい思い出がなかったんです。ジェイドさんとここに来て、やっと、自分の居場所の魅力を知ることができそうって思えました」
そういうと、「それなら、よかったです」とジェイドさんに安心してもらえたようで、「昼食をとってもよろしいでしょうか、お腹が空いてしまって……」と申し訳なさそうに言って、自身で作ってきたランチボックスの用意を始める。
もちろん、私の言ったことは、全部が全部本当ではなかった。ただ、ジェイドさんといることで、ここの良いところは知っていけそうだと思ったのは本当。
彼のランチボックスの中を覗くと、サンドイッチと、ベーコンとキノコの炒めものと、オムレツ。オムレツもきっとキノコが入っているのだろう。彩りが絶妙なバランスで構成されている。一度勧められたけど私は食べられないのでお断りをして、彼がおいしそうに口に食べ物を運ぶ姿を見て頬を緩ませる。人間にしてはやけに鋭い歯を持っていることにも気づいた。ずっと眺めてジェイドさんが気にしてもいけないので、目をそらして地面を歩くアリの数を数えていた。私に実体があったらここで一緒にご飯を食べられたのだろうか。
しばらくすると、ジェイドさんに話しかけられた。
「この山のことも教えていただきましたし……次は、貴方のことを教えてもらえませんか」
「え……」
「せっかくできた大切な部員です。部長として、貴方のことを知りたいと思うのですが、いけませんか」
ジェイドさんは、私を初めてできた部活の後輩だと言って、私に問いかける。うれしくてたまらない気持ちを押さえつつ何か話してみたかったけれど、私には断片的な記憶しかない。
「ありがとうございます。でも私、記憶がほとんどなくて……」
「生前のことではなく……貴方がここにゴーストとして存在してからでいいんです。どんなことがあったのか、ぜひ僕に聞かせてください」
「おばけ山」での噂と照らし合わせてみたいんです、とジェイドさんは笑いかけた。……ここに来てからのことなら、嫌になるくらい覚えていた。私が初めて人を驚かせてしまったこと、その気がないのに怖がらせてしまったときのこと、私が本当に怒ったときのこと……もはやゴーストになってからの愚痴と、それに対する仕返しをずっと、無我夢中になってジェイドさんに話してしまっていた。本当は生前の記憶があったら、ジェイドさんに私のことをきちんと知ってもらえたのかもしれないけれど、ジェイドさんは、面白そうにずっと私の話を聞いてくれた。それも相まって、私の話は絶えず、時折ジェイドさんの上品な笑い声が風と一緒になって木々を揺らしていた。
いつの間にか時間が過ぎていて、空が少し暗くなったかと思えば、ぽつ、ぽつ、と大樹の葉っぱを通して水滴が落ち、地面を濡らし始めた。
さきほどの快晴とは一変し、雨が地面をたたきつける音が痛いくらいに響きはじめた。私とジェイドさんが目を合わせて、雨だ、と共感しあったとき、一瞬の光に包まれ、轟音が山の遠くで鳴る。
――私の視界は光に包まれ、瞬きをする。
あたりは黒い雲に覆われて、打ち付けるような雨が身体に降り注ぐ。その突き刺すような鋭い痛みに耐えられなくなり顔を下へ向けると、自分の身体が生きている人のような、肌の色で……全身に鳥肌が立っている。周りを見渡しても誰もおらず、孤独感と、不安と、恐怖ですべてが支配されていく。
帰りたい。ここから離れたい――
「木から離れて、山を下ります。着いてきてください!」
ジェイドさんの、呼び声にハッとさせられた。彼は、真剣な顔でこちらに手を差し伸べる。私は動揺したままジェイドさんの手を取ろうとしたが、あっけなく私の手は彼をすり抜けていく。……何事もなかったかのようにその手を引いて、「行きます」と伝えた。
私たちは山を下りて行く。何もつかめなかった手のひらの感覚だけ、嫌に残った。
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