(ディス)コミュニケーション


 それからまた数日経った。ジェイドさんに存在を気づかれてしまってからは、以前のような大胆な行動はとりづらくなってしまった。ずっと見ることができないのは残念だけど、それよりもジェイドさんと直接交流できることのほうが感動は大きい。会えない間には、山に設置する看板を作ってみた。ゴーストは強く念じることで、物質を動かすことができるらしい。木や、道具を使って、試行錯誤しながら『度胸試しお断り。こちらゴーストの住む家です』という看板ができあがった。私は学生をおどかすために存在しているわけではない。もし、それをちゃんと示して面と向かって話ができたら、ケイトさん、そしてジェイドさんみたいに交流できるかもしれないという希望だった。どうせここに縛られる運命ならば、それくらい望んでみたっていいじゃないか……小屋の前に設置しようと看板を持ち上げて扉を開けると、ジェイドさんが小屋を訪ねてきた。

「おや、このかわいらしい看板は」
「作ってみたんです。ジェイドさんとお話して、私が怖がられてるのって、私にも原因があると気づいたので」

 ジェイドさんは私の作った看板をじっと見つめてくる。一生懸命に木の板に文字を彫り、ロープで木の枝と結びつけただけのデザイン性もないものだから、そんなにじっと見られると恥ずかしくなった。

「……とてもいい考えですね。その看板も、まるでおとぎ話に出てきそうで素敵です」
「本当ですか! ありがとうございます。今日は、どうしたんですか」
「学園に遊びに来ませんか」
「え、行っていいんでしょうか」
「もちろん。『山を愛する会』の一員なのですから。……それに、見せたいものがありまして」

 見せたいものってなんだろう。なんだか想像ついてしまう自分もいるけれど、彼を少しでも知ることができるならと、喜んでついていった。それにジェイドさんに褒められて、自分の成長を誰かに見てもらえたことがうれしかった。

 会っていなかった数日の出来事をお互いに話し合いながら学園に入る。そして、たくさんの植物がガラスで囲まれた建物に入った。私は手招きされるまま奥の棚や机が並んでいる場所に案内された。少しお待ちくださいと言われ、椅子に掛ける。周りを見渡すと、根っこが顔みたいな形をした植物や、この前ジェイドさんと採った花が植えられている。上を見上げると、草花が天井めがけて伸びていたり、ガラスの壁にツタがはっていたり、たくさんの種類の植物が育てられているようだった。しばらくすると、ジェイドさんが培養されたキノコを大量に持ってきていた。……それからすごくキノコの解説が始まった。ジェイドさんがあまりにもたくさんの種類を見せてくるものだから、夢中になっているジェイドさんが素敵だったけど、ついていけなくなってしまうときもあった。私がお話しているときケイトさんもこんな感じだったんじゃないかと、心配になった。もし、そうだったらごめんなさい。ケイトさん。

 ジェイドさんの解説を申し訳ないと思いながら右から左に流していると、私の視点はある種類のキノコにとまった。

「これって、おいしいですよね」
「なまえさん、ご存知なんですか」
「……」

 自分が咄嗟においしいですよねと発言していることに驚いた。自分はもう食べ物も食べられないのに、なぜかそれは知っている気がした。そしてジェイドさんが見せてくるカラフルなキノコの中でも比較的親しみやすいビジュアルで目を引いたし、なつかしさを覚えた。

「はい。これは、たぶん、食べたことがあると思います。それもたくさん」
「そうですか……僕もよくモストロ・ラウンジのメニューで使うので親しみがあります。採れやすいですし」
「そうなんですね!」

 さすがにこのキノコそのままでは食べていなかったはずだった。なぜこんなに親しみがあったのか、どう食していたのかまではわからない。でも、ジェイドさんと好みを共有できたことに私の心は踊った。


 2人での部活動が終わって、ジェイドさんは正門まで私を見送ってくれた。学園外に出るには本来は学園長の許可がいるらしく、「行きの許可しかとっていなくて……すみません」と申し訳なさそうに見送ってくれた。麓から元気よく広場を目指していく。また、部活動を一緒にできるんだろうか。いつまでかはわからないけどもう少しだけ、こんなに楽しんでもいいだろうか。そう考えながら広場にたどり着いた。


 小屋の前の看板が倒れていた。私の作りが荒かったのかもしれない。そう思って駆け寄ると、看板には靴の跡がついていて、根本からぽっきりと折れている。蹴り落されたようだった。小屋の中に入ると、汚れた土の付いた靴で歩き回っていた形跡。部屋の中も荒らされてしまっていた。私がここから離れたすきに行われた腹いせなんだろうか。
……自分の居場所が奪われたような気がした。というか、ここはもともと私の居場所ってここではなかった。私にも家があって、家族があって、そのはずだ。私の帰る場所ってどこなんだろう。私はどこに帰ればいいんだろう。私のいてもいい場所って? ……どんどん心の中がむしゃくしゃしてくるのを押さえながら、荒らされた家の中を掃除し始めた。


 ゴーストだって、大掃除したら疲れる。埃っぽい床でへたり、と座り込み休憩をとることにした。ぼーっとしていると、ジェイドさんが人魚の姿で海の中を泳いでいる姿が頭に浮かぶ。ジェイドさんは自由に海の中を泳ぎまわり、私に笑いかけて、終わりの見えない青の中へ沈んでいった。
 ……なんだ。本当は、彼は私にとって遠すぎる存在だったんだ。生きているとか、死んでいるとか、それ以前の話だったんだな。いや、そんなのわかっていたじゃないか。わかっていたから、見ていただけでよかったはずなのに多くを望んでしまったんだ。早い段階であきらめがついてよかった。

 片付けに時間がかかってもう外も暗くなってしまった頃、懲りずに別の学生が来たようだった。私はやけくそになっていたので思いっきり学生を脅かしてやった。すごい叫び声だった。当然私はすっきりすることもなく、眠りについた。


-8-


 

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