すけすけのなにか


 昼下がり、小屋をノックする音が聞こえる。ジェイドさんが訪れるときにはいつも名乗ってくれるのに、今回は声が聞こえなかった。私は不安になって恐る恐る玄関に近づいて、ボロさのあまり風がよく通るドアに開いた穴から外を見る。ジェイドさんに似ているけど似ていない人、フロイドさんだと気づいた。ジェイドさんがいつも登山するときに着るような運動着を着崩しているようだ。ジェイドさんと目の色や髪の色、ピアスの色も左右逆になっている。私は、彼を一方的に知っているだけでお話したこともなかったため、ドアを開けるか悩んでいると、声が聞こえた。

「あれぇ、いないの。じゃ、お邪魔しまーす……」
「はい!!」

 不法侵入されそうになったため、焦って返答してドアを押し開けた。フロイドさんは好奇心があふれ出る顔で、「いるじゃん」と言って私の顔を見つめている……やっぱり人から見つめられるとどうしたらいいのかわからなくなってしまう。

「あは。ホントにゴースト住んでるじゃん」
「……こんにちは」
「こんにちはぁ、フロイドです。ジェイドがいつもお世話になってます」

 間延びした声ではあるけど妙に律儀にあいさつされたものだから、私もかしこまってしまう。気分屋ってジェイドさんやケイトさんから聞いていたけど、今は機嫌がよさそうな感じ? フロイドさんの目的もわからないまま、私たちは玄関でお互いを見ていた。

「あの、フロイドさん。どういったご用件で……」

 私が要件を聞き出そうとすると、視界の端からひょっこりジェイドさんが顔を出してきた。

「すみません、なまえさん。フロイドが珍しく山に興味を持ってくれたものですからつい……」
「ふふ、そうなんですね」

 ジェイドさんから、フロイドさんが山登りに肯定的ではないと聞いたことがあったから、意外とは思ったけれど気分屋だからなのかなと納得して、微笑ましいと思った。改めて真正面に2人並ぶと、姿は似ているけれど性格もまるで違うために見分けがつきやすい気がする。観察の賜物だ。

「せっかくお作りになった看板が倒れてしまっていましたので、立て直しておきました」
「あ、」

 昨日の夜誰かに倒された看板のことだろうとすぐにわかった。頑張って作ってみたけれど、あんな倒され方をしたのにもう一度立てる気力もなかった。

「あ、あれ、試作品で、また作り直そうと考えていたので私が倒したんです」
「そうだったんですね。では除けておいたほうがいいですね」

 そういうとジェイドさんは立ててくれた看板を、力を入れて引っこ抜き、地面にそっと置いた。

「はやくぅ、山の中歩こ」
「ええフロイド、行きましょう。なまえさん。急なお誘いですが、ご一緒してもらえますか?」
「はい、もちろんです」

 木々の中に入っていき、いつものように散策を始める。秋の始まりを思わせるように、葉っぱが暖かい色に色づいてきている。それを眺めながらジェイドさんの少し後ろを進んでいく。そんな私たちを急かすように、フロイドさんは数歩先を行き、地面を見ては面白そうなものを見つけてはジェイドさんにこれは何かと訪ねていた。

「あー、ジェイド、これオレが痛い目にあったやつじゃん」
「おや、そうですね」
「うわ。ぜったいやだ」
「量を食べすぎたからですよ。味はよかったでしょう」
「二度と食わねー」

 2人の会話にどきりとしたのはもちろん私だけ。たぶんそれは私が、見た目が珍しそうだしおいしそうだから籠にこっそり入れてしまったやつだ。でもジェイドさんこのキノコが毒だと思って調理したの……チャレンジャーだと思う。いずれそのキノコ入れたのは私ですって言わないといけないけど、少なくともフロイドさんの前では言わないほうがよさそうだ。
 ある程度散策も進み、フロイドさんが山に飽き始めた様子。気が付けばジェイドさんや私がフロイドさんよりも前を進んでいる状況だった。ジェイドさんが何かを見つけたようで、少し足を速めて、目標へと進んでいく。私はその様子を眺めながら、フロイドさんが迷子になっていないか気になって後ろを見た。するとフロイドさんの上半身がすぐそこまで来ていて、追いつかれていることに気づく。そういえばこの人たちすごく脚が長いんだった。

「さっきから気になってたんだけどさぁ」

後ろから声をかけられて、私は驚きのあまり止まってしまった。

「はい……?」
「なんでジェイドの後ろからついていってんの?」

 意識してジェイドさんの隣を歩かないようにしていたのが、フロイドさんにバレてしまっていた。

「ほら、背後霊みたいなやつです」
「なにそれ」

 適当にごまかしながら、ジェイドさんに私も追いつくように進む。ジェイドさんに追いつくと、テラリウムに使いたい植物が見つかったと輝く目で報告してもらえるから、この反応だけでしばらくまた生きていけるかも、と思う。後ろから「ふーん」と感心したようにフロイドさんが追い付いてジェイドさんの持つ植物を、特徴的なタレ目でぼーっと眺めていた。



 夕方になったため、本日の散策は終了し、小屋の前で別れの挨拶をした。

「今日はありがとうございました。いきなり押しかけた上にご一緒していただいて」
「いえいえ、すごく楽しかったです」
「ゴーストちゃんまたねぇ……」

 フロイドさんが別れ際に左手を振ると、そのまま何かを思い出したように止まった。

「あ、ピアス落とした。ジェイドごめん、先戻っててー」
「私、探すの手伝いますよ」
「すみませんなまえさん、フロイドをお願いします。僕は店の準備があるので先に戻ります」

 2人でジェイドさんを見送ると、日が落ちる前までに探さないといけないため、今までの道を辿っていった。幸い、フロイドさんはピアスを散策の終盤で落としていたため、すぐに見つかった。

「よかったぁ。ジェイドとおそろいだから」

 そういうとフロイドさんはピアスを拾い上げて土を払い、私に見せびらかす。半透明の水色のピアスは、海の中みたいできれいだ。でも海は、私にとって遠すぎる。それを持っているフロイドさんはジェイドさんに近すぎるくらいの存在で、私は急にフロイドさんが羨ましくてたまらなくなった。

「素敵ですね、それ」
「でしょー。羨ましいって思った?」

 自信満々なフロイドさんの態度に、なぜだか自分の胸がずきりと痛む。その些細な変化を感じ取ったのかフロイドさんは言葉を続ける。

「なんだかぁ、今日すっごく悲しそうな顔してたよ、気づいてた?」
「……気のせいですよ」
「難しい話だよねぇ」
「……だから、そういうのじゃ、」
「そう? ま、知ったこっちゃないけど。あ、そうだ……ねえ、アンタの願い事、叶えてあげるって人がいたら、何頼む?」
「えっ」

 唐突だった。私の願い事? それってなんだろう。強く意識したこともなかった質問に驚く。

「いえ……特には、ないです」
「ホント? こんな山に独りで、どう見てもかわいそうなゴーストなのに?」
「はい、ないですよ」
「ちぇ、親切で言ってやったのに。ま、何かあったら相談くらいは乗ってあげるから。じゃーね」

 そういうとフロイドさんは踵を返しながら私に手を振って、広場の階段を降りていった。


-9-


 

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