ねがいごと


 もし自分の願い事が叶うとしたら、私は何をお願いするだろうか。フロイドさんの言葉がずっと胸の中に残っていた。ゴーストは未練が強いものがそのまま現世に縛られる存在。しかし、私はそれごと記憶と一緒に抜けてしまっているらしく、わからないまま。私には時間だけはあったから、ずっと悩んでいた。ゴーストって、執着心強いからそんな人がいたら人気になるに決まってるじゃないか……と思い、学園のゴーストに訪ねてみたこともあったけれど、私のよくお話しするゴーストたちは依頼自体したことないらしい。ただ、人間の学生がその人になんでもお願い事を叶えてもらっているという場面は目撃したらしく、聞いたところ叶えてもらえる願いもテストの点数アップや就職活動のサポート……など多岐にわたっていた。

 思い浮かぶのは、ジェイドさんの姿と、その手のことばかり。触れてみたい。叶いもしない「触れる」という行為ばかりが希望として浮かぶけれど、ゴーストの私には無理だ。もし、あのとき山頂で、ジェイドさんの手を取って、山を下りられたら……。



 今日はジェイドさんが、山で採れる素材がどうしても欲しいからと山を訪れていた。一緒に麓近くに生えた花びらの光る花を探して、採っていく。

「ジェイドさんって、願い事とかありますか?」
「願い事ですか。……フロイドや友人の願いが叶えられるようにとは、いつも思っています」

 当たり障りのないような返答に聞こえてしまい、私はもう少し探ってみることにした。

「ジェイドさん自身の願いは……?」
「僕の、ですか? ……そうですね」

 ジェイドさんは花を摘みながら思い出すように視線を上に向けると、何か思いついたように私の顔を見る。

「最近、思いがけず叶ったことがありました」
「はい」
「一緒に山登りを共にする仲間ができたことです」
「……」

 天に昇る気持ちというのは、このようなものなの? ジェイドさんの優しいまなざしと少し照れくさそうな表情から目が離せなくなって、息が詰まってしまう。そのまま詰まっても死なないからまだキープはできるけど、その前に、ジェイドさんが恥ずかしそうに目を伏せた。

「毎日の楽しみが増えて、ワクワクしてるんです」
「……うれしいです」
「……ですが、」

 ジェイドさんは目を伏せたまま少し低めの声で、摘む前の花を触りながらつぶやく。

「貴方が何かを抱えているようで、僕は心配です」
「……」

 「こんなに幸せな思いをしているから大丈夫です」と一瞬で答えられたらよかったのに、言葉に詰まる。息は詰まってもいいけど、言葉が詰まったら空気が止まる。何か言わないと、と思いながらも何も出てこなくなる。
 私はそっと手を出して、彼が次に採ろうとしている花へ差し伸べる。その茎は細いけれど芯が強く、上には1輪の花が白く光を放っていた。花びらに触れているジェイドさんの手をすり抜けて根元まで手を下ろし、力をこめる。すると、茎がぷつんと切れたので、そのままジェイドさんに手渡した。

 こんなに近いのになあ。ジェイドさんは、近くて遠い。思えば思うほど遠く感じる。私に肉体があって、彼の隣を歩くことができたら。彼に少しでも触れられたら、彼を近くに感じられるだろうか。そしてそのままどこかへ連れ出してくれたらいいのに……。


「願いを叶えてくれる人がいるって、聞いたんです」

 フロイドさんから聞いた情報を確かめるように、ジェイドさんに問いかけてみた。

「おや……ご存知なんですね」
「はい……ジェイドさん、知ってるんですか?」
「それはきっと、僕の友人です。非常に慈悲深く、僕やフロイドも彼と一緒に願いを叶えるお手伝いをしています」
「そうだったんですね……」
「何か、お困りごとでも?」

 お困りごと、というと違うような気がした。「今目の前にいる貴方に触れてみたいんです」なんて、ゴースト以前に人間の女の子であったとしても言えないだろう。

「……」
「その様子だと、おありのようですね」

 私が黙っていると、すぐにジェイドさんは電話をかけてその人と連絡を取りはじめた。今日ならその人と会えるから一緒に行きませんかと誘われた。私は断る間もなく話が早くすすむものだから、びっくりはしたもののそのまま着いていくことになった。素材の採取が終わると、そのままジェイドさんと学園に向かう。道中で、その願いを叶えてくれる人が、アズールさんだと教えてもらった。アズールさんはよくジェイドさんとお話している姿を校舎で見かけたことがある。頭がよさそうな人……という印象だ。普段は3人で、寮の精神に基づいて人助けをしているらしい。


 空き教室に案内されると、アズールさんとフロイドさんがいた。

「わー、ほんとに来てくれたんだ。ジェイドと一緒とは思ってなかったけど」

 フロイドさんが私を見て感心している。予想通りみたいな反応をされると恥ずかしくなってしまってなんだか目が合わせにくい。

「初めまして。なまえさん。僕がアズール・アーシェングロットです。貴方のことはジェイドからよく聞いていました。まさかお目にかかれると思っていませんでしたので、お会いできて光栄です」
「初めまして……」

 アズールさんはにこやかでおしゃべりが上手そうな人だった。私が噂を耳にしてここに来たことはジェイドさんから伝えられていたため、世間話もほとんどなしに本題に入りはじめる。

「きっと貴方は現世に何かしらの未練があったはずです。しかし記憶がないためにその魂は彷徨い続け落ち着くことを知らない。それなのにバカ……学生たちは貴方の居場所にズケズケと足を運んでは、おばけだと罵られ、貴方の眠りは妨げられる……。ジェイドから聞いていて僕も心を痛めました。こんな仕打ちはありません。僕たちは貴方の味方です」

 アズールさんの物分かりが大変よさそうで私を気遣うトークが止まらない。その勢いに押されてしまう。

「ありがとうございます」
「貴方の願い、聞かせていただけませんか」

 私の願い。ここまできたら、言ってしまうしかなかった。難しいかもしれないけど、無理だったら無理で言ってもらったほうが私の気持ちに区切りだってつけられるし。

「無理なのはわかっているんですが……あの」
「ええ。そのまま言っていただいて構いませんよ」
「人に触ってみたいです」

「……」

 アズールさんは眼鏡を触ってかけ直しながらフロイドさんを見た。フロイドさんは気持ち悪いくらいにニヤニヤしていて、その隣にいるジェイドさんは大きいリアクションはなかったものの少し目を見開いて驚いているようにも見えた。

「貴方は、それでなにを?」
「あ、そのそれは……いえ、やっぱり無理ですよね、すみません……」

 勢いのまま望みを言ってしまったことを後悔する。もちろん理由を聞かれるだろうとは思っていたけど、そんなのジェイドさんの前で言えるわけなく。私がもじもじしていると、フロイドさんが横から入ってくる。

「すっごい、いーじゃん。ゴーストだって人に触りたいし、なんなら地に足つけて歩き回ってみたいよね楽しいよ」
「それはいいですねフロイド。もちろんなまえさんが望むのであれば、ですが」

 フロイドさんが肯定してもらえたこともあり、言及されることはなくなった。ジェイドさんもさっきまでは困惑していたはずなのに、この瞬間には笑顔が戻っていた。不安げな顔もしていないことから、私の願い事って叶うのかもしれない、と自然と思える。

「わかりました。要はゴーストを実体化させられたら解決するのでしょう。ジェイドの大事な部員なのですから、尽力します」
「……ありがとうございます」

 そしてアズールさんは、にこっと笑顔で私に答えてくれた。何も言及されることもなく承諾してもらえるなんて。本当に、なんでも叶えてくれる人なんだ。すごい。ジェイドさんのお友達ってすごい人だ。


「ただ、ゴーストに実体をもたせるなど前代未聞です。貴方にもリスクが伴いますし、何かそれなりの対価をいただかなければ……」
「それは大丈夫です。ただ、私、お金とかないし……」
「おしるし程度で結構ですよ、例えば……」

 アズールさんは顎に手を添えて考えはじめる。……彼が提示した条件はざっくり言うと「山の使用権をすべて自分たちに譲渡する」ということ。私のいる「おばけ山」は彼らにとって魅力的な魔法物質が多く存在しているそうで、喉から手が出るくらいにはほしかったみたい。私の居場所が日常的に脅かされるということを示していたけれど、了承した。

「……わかりました」
「本当に、構わないんですか」

 ジェイドさんが口をはさんだ。

「私は、それで構わないです。もともと私の居場所ではなかったはずですし」

 ずっとここにいても行けない気はしていた。ジェイドさんだって学生で、彼の人生があって、いつかは会えなくなってしまう。山から出て自分で行動できることがわかった今、そこに留まっているメリットもなかった。

「……そうですか」
「わかりました。こちらが契約書です。サインを」
「はい」

 私はペンをとった。人に触れようとするとすり抜けるのに、物に関しては強く念じると触れて動かすことができた。ゴーストって触れられるのか触れられないのか、わからない。本当に触れたいものを触れられないなんて、なんて使えない手なんだ。

-10-


 

text