夢見心地


 昨晩、薬ができた、とジェイドさんが教えに来てくれた。きっと明日実体を手に入れることができるだろう。今のうちにやりたいことの予約をしておこうと思い、その場の勢いでジェイドさんに伝えてみた。

「あの、もし人の姿になれたらなんですが」
「はい」
「私と、デートしてもらえませんか……」

 ゴーストからデートの誘いが来ると思っていなかっただろうな。引かれてしまっただろうか。ジェイドさんは少し驚いていたけど、その後に「もちろん」と笑ってくれた。その笑顔はとても柔らかくて、私の明日に対する期待と不安が、もっとぐちゃぐちゃになる。


「差し出がましい質問ですが、望みが叶ったあと、貴方はどうするんですか」
「……旅をしようと思います。ずっとここから出たこともなかったですし、ジェイドさんみたいに、知っている世界を広げてみたいと思ったんです。それに、いずれ私自身のことを知ることも出来るんじゃないかと思って」
「なるほど……」

 ジェイドさんは、珍しく言葉を詰まらせた。眉は少し中心へ寄せられて、次の言葉を考えてくれているようにも見える。

「……たぶん、私はここからずっと出たかったんです」
「そうですか……」

 自分で考えられる限りの答えをジェイドさんに伝えつつ、自分にも言い聞かせた。ジェイドさんは少し寂しそうで、こんなにいい人を悲しませてしまった自分を責める。最初は見ているだけでよかったはずなのに、こんなところまで来てしまった。この走り出したらとまらない性格は、私のもともとのものなのか、ゴーストになった執着からくるのかわからなかった。



 翌日、教えてもらった時間に購買の裏で待ち合わせをした。ゴーストは飲食ができないのに、薬ができたとはいえどうするんだろうと思いながら、ジェイドさんについて行く。少し広めの空き教室に連れてこられた。

「こんにちはゴーストさん。僕たちの作った魔法薬。試す価値はありますよ」

 アズールさんは自信満々に私に微笑んで見せる。私は目の前に並んだ薬と、平たい窯を見た。窯は火がかけられていて、熱を放ち上の空間がゆらゆら揺れている。

「こちらに魔法薬を入れて蒸発させます。少々熱いですが、この窯の上を通ってください」
「は、はい……」
「じゃ、行くよー」

 そういうとフロイドさんが薬の蓋を開けて、魔法薬を勢いよく窯の中に放り込んだ。ジューという音と、煙が勢いよく上がっている。私がアズールさんの方をむくと、彼は「今です」と視線で示すので、思い切って窯の上を通り過ぎた。一瞬、濃い煙に包まれ抜け出すと、最初は何の変化もなかったが、身体に薬の蒸気がまとわりついていて、そこから熱くなっていく感覚があった。その感覚は全身に広がり、目をつぶって両手で身体を包み込む。すると、生暖かい皮膚を触っているような気がして目を開いた。……見下ろすと、私の肌は青白さではなく血の通った色をしていて、床に膝をついている。体は宙に浮かなかった。

「すっげ。本当にヒトになってるじゃん」

 フロイドさんの言葉につられ、教室の窓ガラスに反射した自分を見ると、全身が肌色の人の姿があった。窓に映る自分の姿を眺め、自分の手のひらをみる。しわがあって、皮膚の下には血管が通っていて、指先は少し赤い。

「コホン、なまえさん……見惚れるのはいいのですが……」

 アズールさんが私から目を背け気味に発言し、ジェイドさんが私に向けて白衣をかけた。

「すみませんが……購買で女性ものの服を用意したので、着替えていただけますか。男子高校生には刺激が強すぎますので」

 言われてから自分が裸であることに気づき、羞恥心でいっぱいになった。窓に映る私も、顔を赤らめていた。


 購買で用意されたワンピースに着替えると、改めて私たちは顔を合わせた。アズールさんはもう一度、私に薬について説明をしてくれた。

「薬の効果はおそらく日没までです。貴方は自由に行動するといい。ただ、その後のことは、僕たちは一切保証できません」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
「ジェイド、彼女をお見送りしてください」
「はい」

 ジェイドさんにエスコートされ、私は人通りの少ないところから校舎を抜けていった。ジェイドさんと人間の姿で2人きりになることができて、私の心は踊る。約束もしていたからこの後私たちの目的は一緒だった。

「ジェイドさん」
「なんでしょうか」
「今日、私と一緒にいてください」
「わかりました。早速出かけましょう」

 「準備は万端です」と私に笑顔で語りかけながら彼は私に手を差し出した。私は自信をもって彼の手を取り、正門をくぐった。初めて感じる彼のぬくもりを離さないように、しっかり握りしめ、私の心臓は大きく脈打っている。


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