打開策


 決めた。友達を作ろう。……友達じゃなくてもいい、知り合いとかでよい。ジェイド先輩との接点を減らしていくには、他者との接触が必要だ。友達と過ごす時間を増やして、上手くやっているんだって周りに示していかないと……。
 ただ、私は入学して間もないわけではない。みんなそれぞれ、大なり小なりつるむ仲間はできている。チャンスがあるとしたら、今日の錬金術で行われるペアワーク。恥ずかしい話だが、私はミドルスクール以来きちんとした友達付き合いをしてこなかった。入学以来は自分の状況もあって、ほとんどジェイド先輩たちありきで生活をしていた。まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったから……。

 時の流れというのは早く、次はもう錬金術の授業。まだ薬品の匂いすら染み付いていないような新品同様の実験着に袖を通し、教室へ向かう。授業開始前にペアを決めている者が多い中、私はペアになってもらえるような生徒を探した。新入生は、最初は先輩同士でペアを作ることが推奨されていたが絶対でもなかったはず、いい感じの人がいたらいいな……。室内をキョロキョロと見渡していると、教室に入ってくる生徒の群れの中でほぼ頭一つ分存在を主張している人……あの整ったターコイズブルーはジェイド先輩だ。まずい。このままではいつも通り、ジェイド先輩とペアを組んでしまう。最初は私から話しかけていたが、最近ではお互いがもう決まっているかのように同じペアになっていたからだ。目を合わせてしまったら吸い込まれるようにペア決めが終わってしまう。

「あ、あの!」

 私は勢いに任せて近くの生徒に話しかけた。後ろを向いていて顔も見えないため、どんな相手かもわからずにドキドキする。その人は少し肩を驚くように動かすと、振り向いてくれた。長い黒髪がゆらり、と動物の尻尾みたいに弧を描いた。

「なんだ?」

 褐色の肌に赤いゴーグル。そして規則的に編まれた長い黒髪が特徴的な人。きれいにアイロンがけされた実験着の下には赤いパーカーを着ているから、この人はスカラビア寮の人だ。顔もなんだかいい人そう。

「私と今日ペアになってもらえませんか……」
「ああ、ちょうど俺も決まってなかったんだ。俺は2年のジャミル・バイパー。スカラビア寮生だ。よろしく」
「私はオクタヴィネル1年のなまえです。よろしくお願いします」
「なまえ……」

 彼は私の名前を呟くと、何かを思い出すような仕草をした。

「はい?」
「いや、よく聞く名前だと思ってな。……不安そうな顔するな。新入生向け試験で実践魔法のトップ成績を残してただろう。ウチの寮でも噂になってたからな」
「なんだか、恥ずかしいです……」
「誇っていいことだぞ。……そういえばいつもは副寮長と一緒じゃなかったか。あそこに見えるが」
「い、いいんです。今日はよろしくお願いします。バイパー先輩」
「……わかった。よろしく」

 互いの挨拶が終わるころ、ちょうどよくチャイムが鳴る。私とバイパー先輩のペアは、教室が見渡せるくらいの後ろの席へ着いた。授業が始まってしまえばこっちのものだ。教室をぼんやり見渡すと、廊下側の席に座ったジェイド先輩の姿が嫌にでも目について、昨日の先輩のことが思い出された。いつも姿を見ていた先輩が、あんな恍惚とした表情を浮かべて私のことを見た、なんて。自分の魔法がかかっているという事実が、徐々に現実味を帯びていることを私が一番受け入れられていない。……そう考えていると、ジェイド先輩と目があってしまった。ジェイド先輩はいつものように軽く微笑んで私に小さく手を振る。私は気まずそうに目をパチパチとさせてしまったがその後小さい会釈を返し、視線をクルーウェル先生に戻す。気づけば黒板には白いチョークの文字が並んでいて、私は急いでノートにレシピをまとめた。板書が追い付くと、先生のガイダンスを聞きながら、初めて聞く他寮生の反応を反芻する。先生や両親から評価されるようにと試験を頑張ったのに。このようにして学園内で名が知られてしまうと、なおさら目立ってしまってはいけない。上手くいくのだろうかと、一抹の不安に駆られる。でも、自らジェイド先輩以外の人とペアが組めたのは大きい成果だ。ペアになってもらったバイパー先輩も初めて見かけたが物腰柔らかでいい人でよかったし。


「始め!」

 クルーウェル先生の威勢のよい合図が響く。一斉に生徒たちは起立して作業に取り掛かった。

「私、材料取ってきます」
「わかった。こっちの準備は任せてくれ」

 私は黒板に書かれたとおりに材料を取りに行く。材料の並ぶ棚には生徒たちの列ができる。空いているところから材料調達をしていかなければ、男子生徒ばかりのこの波にのまれてしまうだろう。慎重に薬品を両手で抱えて机に戻ろうとすると、バイパー先輩と……ジェイド先輩が話しているところが見えた。私の足が自然と進まなくなるのと同時に、ジェイド先輩が私に気づいて微笑みかける。

「そんなに両手いっぱいに薬品を抱えていると、危ないですよ」
「はい……」

 ジェイド先輩が私に手を差し出すのをよけるように、急いで机の上に薬品を置いた。どうしてジェイド先輩がバイパー先輩と? そんな疑問をよそに、ジェイド先輩は私に話しかける。

「なまえさん。ジャミルさんは非常に優秀な生徒ですから、頼りになりますよ。それでは」
「……なんだかジェイドに褒められるとむず痒くなるな。材料調達ありがとう」
「はい……」

 去っていく先輩の後ろ姿を眺めながら、自分の気持ちの変化を悟られぬように会話を進めた。

「おふたりは、お知り合いだったんですね」
「まあ……一応、同じ副寮長同士だからな」
「え、バイパー先輩も副寮長なんですね」
「俺は見ての通り目立たない普通の生徒だからな。よく驚かれるよ」
「あ、そういう意味じゃなくて、私あまり他寮のこと知らなくて、すみません」
「気にしなくていい。じゃあ、始めよう」

 バイパー先輩はそういうと、私をリードして実験を始める。私も負けないように、自分なりにまとめたクルーウェル先生のポイントつきのレシピを見ながら材料を手に取った。バイパー先輩は非常に手際が良くて、何のストレスもなく取り組める。もちろんジェイド先輩と実験をするときも、そうだった。先輩はいつも私がやりたいことを知っているようで、私の動きをサポートするように土壌づくりを丁寧にしてくれる。バイパー先輩も、そんな雰囲気に近かった。副寮長ってこういう資質の人がなるのかな。でも、ジェイド先輩と違うのは、バイパー先輩は時々ボソボソと愚痴をこぼすことだった。

「君は要領がいいな。すぐにコツを掴む……噂通りの優秀さだ」
「褒めてもなにも出ませんよ。バイパー先輩の教え方がお上手なんです」
「そうか? それならいいが……これ以上に教えてもうまくいかないからな……」

 バイパー先輩も誰かの世話役をしているのだろう。きっとその人の愚痴なんだ。私はまだそういうところがなくてジェイド先輩に迷惑をかけてないはずだ。よかったとも思うけど、いっそそこまで気にかけてもらえる人というのも珍しくて羨ましかった。できないことがあっても許されているような気がして。

「仔犬ども、今日はここまでだ」

 先生の教鞭が鳴り響く頃には私たちもきちんと実験を終わらせ、観察結果をまとめることができた。次回の授業では同じペアで発展形の実験をするらしい。同じ教室内にジェイド先輩がいるのは落ち着かないが、ペアがバイパー先輩とまた一緒というのが安心できる。

 授業が終わると、生徒たちは教室を後にしたり、片付けがまだ終わっていない者は片付けを続けたりと、まばらになっていく。

「バイパー先輩。今日はありがとうございました。また次回もお願いします」
「ああ。今日は気分よく終えられた。またよろしくな」

 バイパー先輩と笑顔で別れる。ジェイド先輩の姿が目に入る前に、次の教室へ急ぐように荷物をまとめて教室を後にした。幸い、話しかけられることもなかった。大好きな先輩を厄介者扱いしてしまうなんて、罰当たりだと胸が痛む。でも大丈夫。上手くいっている。私はこの後の座学に備えて自分のクラスへ戻った。


-5-


 

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