※R15程度
その日はいきなりやってきた。
「確かめるか」?「抱くぞ」?
え、明日早朝に出発するんですよね?今から?今からするの?
目を瞬かせている間に押し倒され寝巻を脱がされていく。帯を解きながら「ほら腰上げろ」とか言ってるし。
それがあまりに自然で、しかも笑いながらだったから、あんなに悶々と考えていたのがバカみたいでこっちも笑ってしまった。
同世代だった元彼たちとは違って桐野はそれこそ経験値が違う、八つ年上の大人の男だった。
変な心配なんかしないで最初から任せていれば良かった。
そして想像通り桐野はめちゃくちゃ慣れていた。
久しぶり、緊張してると口にしたからか、桐野は急ぐ事なく緩やかにさつきの身体を拓いていった。
頼んでも枕元のランプは消してくれなかったから何をされているのか丸見えで、でも目を離せないでいると視線がぶつかってその口元が弧を描く。
恥ずかしくなって顔を反らすとまた笑われながら、あちこちをさすられてあちこちに指で悪さをされ、あちこちを舌が這ってあちこちにキスされた。
勢いに任せて進むのではなく、じわじわと底上げされていく快感に体がびくびくと波打つ。
触られているだけなのに気持ち良過ぎて怖い。
桐野がいつ寝巻を脱ぎ払っていたのかにも気付かないまま、段々と声が抑えられなくなってきた。
口元を押さえる手は頭の上に纏められ、見上げれば濃い情欲が浮いた瞳がこちらを見つめている。
(よかった、興奮してくれてる)
凄く余裕があるように見えていたから、少し心配だった。
ほっとして微笑うと唇が重なり、桐野の背中に手を回した途端に片方の太腿が軽く持ち上げられ、押し広げられた。
熱の先端がぬかるみに当たり、数拍、ぐっと体の中心を割り開きながら深奥へと進んでいく。
熱さと内臓を押し上げる圧迫に小さく声を上げてしがみついたけれど、余りにも痛みなく挿入ってきてびっくりしてしまった。この人上手すぎる。
は、と色のついた息が吐かれるのを耳の後ろで聞いて、動かないのかなと思っていたら慣れるのを待ってくれているらしい。優しい。
耳元で大丈夫か痛くないかと確認されて、いやいや気持ち良すぎて怖いくらいですと思いはしたものの、声にはならずただ頷いた。
桐野は夏からしてない筈、多分。
だけど顔の両脇に手をついて、時々キスを挟んで、こちらの様子を見ながらの動きは緩やかだった。
すごい。全然ガツガツ来ない。色事に慣れた年上の男すごい。手玉に取って遊ぶ?それは無理だと思いますありがとうございました。
ただ時々寄せられる眉と少し荒い息、ぽたぽたと頬や胸元に落ちてくる汗の滴に、この人もちゃんと気持ちいいんだなと思うと嬉しかった。
笑んだのが分かったのか目の前の男が苦笑いする。
「ゆっくりする方が疲れるな」
そう言いつつ身体を起こした桐野に腰を捕まれる。その下にくしゃくしゃに丸められた寝巻を詰められて、体位が変わるとまた声が漏れた。
(すご……シックスパック)
足の間に見える軽く割れた腹に手を伸ばしそっと触れると、こらと笑われる。
剣術の鍛錬を欠かさない桐野は均整の取れた、鍛え抜かれた体つきをしていた。
それが今ランプの灯りに照らされ、筋肉の隆起に沿って影を浮かべている。
自分の上で汗を流しているその体が最高にきれいで、最高にいやらしかった。
(きれい、)
「……きれいじゃな」
桐野を見て思った事、同じ事をそのまま桐野が口にした。
本当に小さな声だったから独り言だったのかもしれない。
すべらかだとも唇が動いて、肌触りを確認するようにするすると足、足の甲や指、脇から腕をさする動作に、志麻と同じことを言われているのだと気付く。
往復する手や唇に敏感な所を掠められて声と一緒に体が跳ねる度に桐野が喜んでいた。
「み、みがいてた……」
「ん?」
「じゅんび、で」
それ以上は恥ずかしくて流石に言葉にできなかった。
あなたに抱かれる為に今まで準備してました、だなんて。
嬉しそうに目を細めた桐野の顔が近づいてきて、そこから暫くの記憶が飛んでいる。
気が付けばうつ伏せの状態で、不埒な動きをする手が背中で遊んでいた。
むくれてみせたりキスを何度か避けてみても桐野は機嫌よく笑っていて、細められる瞳も触れてくる手も本当に優しい。
大事にされていると感じながら抱かれる事に、こんなに充足感があるなんて知らなかった。
もしかして善がってイったふりとかしなきゃいけないかななんて思ってたけど、そんなこと考える間もないくらい啼かされたのと、飛びかけた意識の中で「むぞか」「むぜ」と何度も言われたのは耳の奥に残ってる。
充足感と幸福感がすごい。
今までの彼氏たちはどんぐりの背比べというか、要するに下手くその横並びだったんだと思う。
比べるのが気の毒なくらい質とスキルが違っていた。
特に最後の彼なんて、会うたびに話そうと言っても疲れてる寝たいと言ってもセックスで、仕方なくそれに付き合うのがパターンになっていた。嫌気がさしていたのが分かっていたのか最後はセックスレスで家政婦みたいな状態だったけど、しかもそれで浮気してたというんだから暴言だって吐きたくなる。
そりゃ違うよね。比べる方が間違ってる。質とは。
元彼は男の都合ばかり優先して、こっちの気持ちなんて全然見ていなかった。
目が合うと桐野はゆったりと笑ってきて、笑い返すと額に唇が降ってくる。
(幸福感、がすごい……)
本当に。
この人もそうだったらいいなと思いながら、桐野が終始こちらにペースを合わせてくれてた事を思うと、今度は自分がこの人に合わせたいと自然とそう思った。
ただ過剰に体に触れても桐野の理性は中々崩れないみたいだったから、もうはっきり言葉にして誘った。
事後だし裸でくっついてるのに誘うも何もないけど。
直訳すると「あなたの好きにして」だ。恥ずかしすぎる。
でも桐野はニマニマと見るからに嬉しそうに笑って、それから声を上げて笑って、胸の谷間に突っ伏して更に笑っていた。
舌が這い、ふくらみを吸われる感覚に胸元にある頭を軽く抱え込む。
すごくキスが多い、と思う。
行為の合間にあちこちにキスマークがついて、目が合えば浅くも深くも唇が重なる。
(きぃさんのキス好きだなあ……)
そう思っているとまた唇が重なった。
きっと起きられない、もう朝まで寝なくていい。
そう付け足すとやっぱり笑いながら、かわいい、愛おしい、好きだ、普段の桐野からは想像できないような言葉が雨のように降ってくる。恥ずかしくて死にそう。
桐野は優しい人だった。
でもこんなに優しくて甘やかな人だったなんて、そんなの知らなかった。
頑張って煽った結果寝かせてもらえなかった。
寝なくていいとは言った。言ったよ。確かに言ったけど。
そして桐野は本当に、本当に手加減してくれていたようで、しかも初めにじっくり触りながら性感帯を探し当てていたらしい。次に始まった行為はほんの少しだけ強引で、ほんの少しだけ意地悪で、もう声を抑えられるような抱き方じゃなかった。
好きにしていいとかもう二度と言わない。
「汝がここに移って来た次の日、志麻がそこの箪笥の引手に紐巻きに来た。理由分かるか」
聞かれて首を横に振った。分かる訳ない。
ゆっくりと揺さぶられてとろとろになって、あんとかだめとかしか口から出てこない状態なのに、いきなり何を聞いてくるのか。というかそれ今しないといけない話なの。
「振動で箪笥が揺れて金具が鳴るのが煩うて気が散るちゅうてな、」
若い夫婦の家なんかではそうする。
言葉と同時にぐっと奥に入り込まれ、一際高い声が上がったのを見てゆるりと笑った桐野が耳元に唇を寄せて囁いた。
「最後に役に立って良かったな」
バカ!!
志麻ちゃんんんんんん……
口をぱくぱくするだけで言葉にならない文句に桐野が更に笑った。
桐野は思いの外肉食系だった。
思いの外というか見た目通りというか想像通りというか。
まあ見た目も中身もどう見ても草食系ではありませんでしたねそうですね。
薩摩に帰着すると間もなく鹿児島市中を離れた地に住む事になった。
桐野は市街地を避ける理由を聞かせてくれたけれど、正直彼がそれでいいと決めた事ならそれでいいと思っている。
ただ、何と言うか。うん。
吉田という村に移ってからの桐野は、思いの外肉食系だった、のだ。
二、三日に一度って、え、二十代そこそこの付き合いたて、とかじゃないの……
身体もつかなと思うけど、触れ方が上手すぎて気持ち良すぎて、その上優しいし。そもそも嫌じゃないから拒めない。
もしかしていつもこういうペースなのかなと思っていたら、何事かを察したのか桐野の方から話してくれた。
「幸吉に聞いたじゃろう」
国元に女がいるかどうかを。
ば、バレてる……
罰が悪くなって思わずそっと目を逸らす。
関係を持ってから怖くなってしまって、申し訳ないと思いながら幸吉に聞いたのは新宿の旅籠にいた時だ。
何だか未成年にカッコ悪いことばかり聞いている気がする。
「幸吉が心配しちょる。否、釘を刺された、か?」
心配?釘?首を傾げてしまったのだけれど。
聞けば幸吉はこちらが尋ねた事を報告したのではなく、
「おらんって言ったけど大丈夫ですよね?薩摩に帰って実は余所に女おったとかやったら、目も当てられへん」
「もし奥方おったらどうすんの?って聞いたら笑って何も答えてくれへんのです」
「ホンマにあかんよ先生、余所で花手折ったらあの人きっとふらっといなくなってしまう」
純粋に出て行かれはしないかと心配し、出て行かれるような事をするなと桐野に釘を刺していた。
(え、えー……幸吉くん……)
「しかし……そん様子じゃ完全に忘れちょるな」
何の事かと思えば、上野の屋敷で一緒に風呂に入った時に聞いてきただろう、と続けられて、……お風呂、お風呂、ああ、あの時、とふっとやり取りが甦った。
檜風呂で横並びに座って色々と話をしていて、……
―― きぃさんは身を固める気はないんですか?
―― 今の所はな
(あ)
自分で聞いた事なのに完全に忘れていた。
その前後のインパクトが強すぎて、という事もあるけど、いや、覚えていてもよさそうなことだったのに。
「……汝は本当に俺に興味がなかな」
そんな事ありませんよ。というかいつの話してるんですかそれあなたの事好きになる前ですよ。
……と言い掛けたけれど。
凭れかからせてくれている背後の桐野の空気は含み笑いだ。
これはそんな事ないと分かってて言ってる、何か意地悪な事言い出したなと思って、釈然とはしないものの忘れていた事については素直に謝った。
今口答えしても良い事はない。絶対にない。
「余所に女はおらん」
「……うん」
「あと晋介と辺見にも言われたぞ。さつきに捨てられんように気張れ、ち」
「ええ?す、捨て……あっ、ちょっ……と、」
腰に回されていた手がするりと身八ツ口から侵入して胸を覆った。ちゅく、と項を吸われる感覚に軽く身を竦める。
あ、あー……この流れはちょっと……
「もう少し俺に関心を持ってくれ」
「も、持ってるよ……」
ぐぐっと背中に体重をかけられ前に倒れそうになって両手をつけば、軽くはだけた裾がすすす、とたくし上げられていく。
足をさする手つきがいやらしい。
「ちょ、ちょっときぃさん……」
「もう少し俺に関心を持って、とりあえずはもう二度と肝心な事を忘れたち言わさんように、な」
腕に力が入らなくなり、布団に肘をついて完全にうつ伏せになってしまった。
後ろから覆いかぶさった桐野が両手を握り込む。
「身体に覚えさせる事にした」
(理不尽!)
何それAVか何かなの!?
首元に顔を寄せて吐かれた台詞に震えたけれど、
「俺は汝だけでヨカ。汝も俺だけにしてくれ」
その言葉にはただ頷いた。
「そいに……捨てられんように気張らんといかん、らしいしな。汝は晋介と同い年か……二、三日に一度で足りるか?」
えっ?
ぎくりとした。耳元で囁かれる声が笑っている。やだ何これ怖い。
そう思っている内に耳朶を甘く食まれて、するんと肩が剥き出しになる。
「た、っ、足りてる!きぃさん、昨日もした、っから、今日はもう」
「今日もしたい?」
露わになった部分にねっとりと舌が這い、空いた手がやわやわと胸を揉んでいる。
「ちがっ……う、や、ちょっと」
「嫌か?」
「〜〜〜ずるい!」
「ははは!うおっ!」
膝を勢いよく曲げて桐野に足を落とした。
ら。
ゴスって。ゴスって聞こえた。
「――ッ――」
「え!やだ、ごめんなさい、今すごい音した」
太腿に踵がクリティカルヒットしたようだった。
慌てて仰向けに姿勢を変え、桐野が痛みをやり過ごすのを見上げて待つ。
「ごめんなさい、ごめんね、大丈夫?」
「……そん位元気でよか……」
苦笑いしながら顔を首元に埋めてきた男の背中に腕を回したのだけれど、
「きぃさん……」
首筋に唇の感触、腰の括れの辺りをゆるゆるとさすられている。
二、三日に一回で足りないのはきっとこの人だ。
(もう、仕方ないなあ)
笑ってしまった。
仕方ない。だって嫌じゃないのだ。
「関心、ちゃんとあるよ」
男としてという事なら桐野にしか関心はない。
「ああ、分かっちょる」
「出て行くつもりもありません」
桐野が他に目移りしなければ、だけど。
「おお」
「それでも体で覚えなきゃダメなの?」
あ、脱ぎ出したよこの人。
その内「二、三日に一度」じゃなくて「二、三日に一度休み」になるんじゃないかと若干怯えてしまうけれど、口にしたら本当にそうなりそうなので、それは心の奥に沈めておいた。
ただそれでも、桐野がそうしたいと求めてきたらきっと許してしまう。
別府には少し前に「あまり甘やかすな」と苦笑交じりに言われたけれど、……
桐野が甘えられる人はどれくらいいるのだろう。
我が儘を言える人はどれくらいいるのだろう。
桐野はさつきに本当に嫌な事だったり乱暴な事、無理強いをしてこない人だった。
だから求められたら余計に応えたくなってしまう。
この人に甘えられたら甘やかしたくなるし、我が儘は聞いてあげたいと思ってしまう。
「さつき、嫌なら止める」
(ほら)
やっぱり。
覆いかぶさって頬に唇を寄せながら、静かに聞いてきた桐野に胸がきゅんと鳴いた。
できるのに強引に抱こうとしない。こっちも殆ど脱がされていて、桐野も諸肌脱ぎになっている状態なのに。
(……優しい、甘やかされてる、我儘も笑って、ちゃんと気持ち聞いて大事にしてくれる)
ぐるぐるとそんな思いが頭の中を回る。
こちらが桐野を想ってしている事を、桐野が同じようにしてくれる。
その事にどうしようもなく泣きたい衝動に駆られる時がある。
「大丈夫……嫌じゃないよ」
そう口にすると頬、耳元、額へと唇が触れ、こつと額と額が当たって目が合うと桐野の瞳が弧を描く。
言いようのない気持ちが沸き上がり、その背中に腕を回すとぎゅっと抱き締めた。
上野での最後の夜、大事にすると言ってくれたのを覚えている。
後悔させないとも言ってくれた。
桐野がそう言うのなら、きっとこれから後悔するような事はないんだろう。
それに……
(私もこの人に後悔させないような存在でありたい)
強くそう思う。
「否、今日はもう寝るか」
離れがたくてそのままぎゅうぎゅうと抱きついているとかけられた声。
「……いいよ?」
やる気が削がれたのかと思いきや、
「否、何か……もう充分満たされた」
「…………」
「…………」
「…………」
顔を見合わせて一緒に笑ってしまった。
お互い半裸で密着して、何だかんだ言いつつ結構盛り上がってたと思うのだけれど。
私達賢者ですねと零すと桐野は肩を震わせて笑っていたけれど、
「肉欲を満たしとうて抱いちょるんじゃなか」
そう呟かれて死にそうになった。
分かってる。伝わってる。
だから、嫌じゃないのだ。だから抱き合いたい。
髪を撫でられる感触に目を閉じる。
寝るかという言葉に頷くと、おやすみと穏やかに告げられて体をすり寄せた。
背中に添えられ、緩やかにさすってくる桐野の手の優しさが愛されている事を自覚させてくれる。
愛されていると、自惚れではなくそう思える事がどれだけ胸を温めるか。
そして薩摩で暮らし始めてから少し辛い事が増えている今、桐野の頻繁で濃厚な愛情表現がどれほど気持ちの支えになっているか。
好きだ、かわいいと言いながら夜毎に抱きしめてくる桐野に、どれだけ救われているか、なんて。
桐野はきっと知らない。
秘め事:いろいろな意味で 2019111520191104