夜半の夏 3




※R15程度







腕をすりすりとさすられる感覚に桐野はゆっくりと瞼を上げた。
隣に横たわるさつきの瞳は閉じられたままで、未だよく眠っている。
その顔に暑苦しい、寝苦しいと散々言い散らされた数時間前を思い出し桐野は声を上げずに笑った。

眠りに落ちた後のさつきはいつも桐野の体のどこかに、距離が開いていれば桐野の居場所を探して手を彷徨わせまでして触れていた。
初めは前の男にもそうしていたのかと邪推したが、東京にいる時はそんな風は無かったのでこれは薩摩に帰って来てからなのだろう。 

そう思って様子を見ていれば、嫌な思いをした日は必ずと言っていいほど触れてくる。
一番酷かったのは江藤新平の件があった頃だったが、それで桐野はその理由をはっきりと悟った。

不安なのだ。

帰鹿後、さつきは政府と薩摩の関係の不安定さ、薩摩内での守旧派と西郷派の関係、その中での桐野の立場を理解して思うところがあるようだった。
加えて日常では下品(げぼん)な悪意に晒されるのに、それを相談できる気心の知れた人間があまりにも少な過ぎた。
否、雑言の内容が内容だけに相談できる人間はいなかっただろう。
そんな中でさつきは桐野にすら不満も愚痴も漏らす事なく、何事もないかのように日々を過ごしていた。

しかしそれはただ口にしないだけで、その鬱屈は寝ている間に我慢の殻を破って顔を出していたのだった。

夢の中にいながら無意識の内に桐野に手を伸ばす様子は親を探す子供を見るようで忍びなく、触れる事で安堵するならと結局明け方には桐野が腕の中にさつきを囲う形になっている。
上野で後悔させないとまで誓って連れて来たのにままならない事があるのは確かで、ならばせめてこれくらいの事はしてやりたい。

触れるのは桐野からではなくさつきから。
別に寝ても最終的には同衾するのだから、布団を分ける事に意味を感じない。
そんな事情を知らぬまま寝苦しいとぶつぶつ文句を零す女が桐野はかわいくて仕方なかった。
ああ、ああ、そうだな暑いな、俺が悪い。
そう思いながら含み笑いで揶揄うと子犬のようにキャンキャン怒る。

そのくせ桐野が手を伸ばして戯れるのを嫌がりもせず、自分が眠れない話をしていた筈がその内桐野の体の心配になっていて思わず押し黙ってしまった。
話の本丸はそこか。
しかも暫く城下にいようかなんて言い出すから、桐野は内心長嘆息だ。

清水馬場に行っていつまで帰らないつもりだ。夏が終わるまでか。
住まいを別にすれば確かにふたりともが休めるだろうが、それでは恐らくさつきの心に支障が出る。
桐野が許容できるのはせいぜい一日か二日。
今の段階でそれ以上のひとり寝をさつきにさせたくはない。

暫しであっても別居は到底許容できない。
そう伝えればさつきは素直に了承したけれど、珍しい事に条件を付けてきた。
ちゃんと水分と休憩を取れと。条件というよりは約束か。

数人の二才(にせ)が暑さに中ったと聞いて、さつきは彼らに水分をもっと取らせて欲しいと桐野に懇願した。それが一昨日の事。
そして昨日、幸吉が開墾地に薬缶を下げてやって来た。
その時に今水分を取って欲しい理由も聞かされてそのまま休憩にしたが、昨夜さつき本人がもう少し丁寧に桐野に話をしてくれた。

桐野が関わる事業についてさつきが何かを伝えてくる時は必ず理由がある。
しかも伝える内容を選んでいる節があるので、今回の話はさつきにとっては重要だったのだろう。
それが水と休憩と言われて、やや脱力したが……
つらつらと理由を話す気持ちの根元にあるのが桐野と二才らの身体の心配なのだから、どうして無下にできるだろうか。

いつもなら彼女自身が来るだろうに、薬缶を持つ幸吉にさつきはどうしたと問えば、初めての事をするから様子見でまず幸吉が来たという。
帰鹿後でさえ嫌な思いをするさつきを傍で見てきた幸吉は細かに彼女に心を配っていて、それをありがたく思うと同時に桐野は苦笑もしてしまう。
最近では二才らは二才らでさつきを認めつつあった。
それに幸吉も気付いている筈だが、慎重というか、まあまだ腹立しいのだろう。
分からんでもない。

二才らを受け入れ始めた当初、おかしな噂を信じてさつきを桐野の情婦(いろ)と思い込み、卑俗な言葉を掛ける者は少なからずいた。
さつきは容姿も言葉遣いも、その上体つきも薩摩にいる女とは異なるので、未知への、そして性的好奇心からくる悪質な悪ふざけであったのだろう。

それは誰もが通る青い若さだとは思うが、こういった手合いを、特に後者を見過ごすと碌な事にならないのは上野の例で桐野はよく知っていた。
幸吉からの報告を受けた時即座に二才らを集めて締め上げたが、それでも彼らが心からの納得はしていない事は桐野も分かっていた。

その潮目を変えたのが今春、彼らを前にしてさつきが江藤新平と交わした会話だ。
物怖じせず江藤を驚かせた質問をしたさつきに彼らは面食らっていた。
英語と事務能力を恃まれて吉田と城下を行き来する女であるのに、近くにいても見ようと思わなければ目に入らないものだなと桐野は妙に感心したものだが………

二才らの知人が医学校兼病院におり、その複数の生徒からさつきが向こうで何をしているのかを聞かされ、それに東京に残してきた二才の中にも彼らの友人がいたらしい。届いた書簡の中でさつきの事が綴られ、元気にしているかとその消息を尋ねられもしていたようで。
二才全員で車座になってそんな事を話していたと、その様子を目にした幸吉が言っていた。
その後からさつきを下に見る二才の態度が次第に軟化し始めての今だ。

「世話になってるくせに知るんが遅すぎる!」
幸吉はそう憤慨していたが、さつきは、
「なんか急にデレたな?ネコちゃんかな?」
よく分からない言葉で困惑しつつも二才らと仲良くできる事を喜んでいた。

さつきはよくやってくれている。
本当によくやってくれている。

週に何度か城下の医学校兼病院で手伝いをして、学生の相手をしている時もあると聞いている。
不在がちになる清水馬場の屋敷の手入れをして、吉田との往復の際には吉野の実家と別府の家に顔を出して、帰ってきたら帰ってきたで桐野に生活を合わせている。

頼まれた仕事を持ち帰っている事もあるし、余裕がある時は二才の食事の世話をして。
二才の世話はしなくていいと桐野は言い聞かせていたが、「うん、まあちょっとだけだしね」なんてのらりくらりと答えながら止めようとはしなかった。

桐野の体の心配?
桐野だってさつきに掛かる負担を気にしている。
それに彼女こそ夏の暑さに疲れ気味で、人の心配をしている場合ではなかろうとも、お前こそ少し休めとも思ってしまう。
さつきは桐野が今まで抱いてきた女より肉置(ししお)きが薄く体力がないのだ。薩摩生まれ薩摩育ちの薩南健児とは比べるべくもない。

少し休ませるべきか。
そうは思っていても、桐野はさつきが情交の中で何を得ているのか、何を欲しがっているのかを知っているから、肌を合わせる事を止めはしなかった。
前の男どもに大切にされなかった事もあるのだろう、さつきはそもそも己を下に置きがちだったが、そこにきて薩摩でのこの環境、自尊の心が更に低くなっているように桐野には思える。
立て続けに尊厳を傷つけられるのは辛い事だ。帰郷当初と比べると随分マシにはなってきたとはいえ。

ただでさえさつきには桐野しかいない。
依存とまではいかずともさつきは桐野に縋らなければ真っ直ぐに立つ事が難しかったのだろう。
無理もない。

さつきは熱を感じる触れあいと閨での睦言に、自分を全肯定して受け入れる存在とその愛情を確認している。
愛情を確認して心の安寧を保っている様子を見れば、桐野に情交を止める選択肢はなかった。

ただ好いた女が己の下で快楽に身を委ね気持ち良さそうにしている姿を見るのは愉悦で、愛おしさとそこから湧く性欲から抱きたいと思う気持ちも多分にある事は否定しない。
惚れた女の前では桐野も欲に忠実なただの男だった。

桐野の元に来る前、さつきには男が三人いたと聞いていた。だから色事には慣れているだろうと思っていたのだ。
だが上野での初夜、さつきは桐野の抱き方を「初めてで気持ちいい」と口にした。
あの抱き方を、初めて、と。

幾度も夜を重ねた今振り返れば、そしてあの言葉を思い出しても、さつきは男との情交の中で気を遣った事が殆んどなかったのだと分かる。
それほどさつきの身体は未開発で、今までろくな抱かれ方をしてこなかったのだなと桐野は思わず片手で顔を覆いたくなった。

これはもう、優しくするしかない。
そして優しく抱けば抱くほどさつきは快感の拾い方が上手くなった。
初夜の頃とは比較にならないほどに乱れ方が婀娜っぽく、今なら色情に溺れる男の気持ちが分かる気がする。
桐野は己が思う以上にさつきに夢中になっていた。

吉田で若者を受け入れ始めると、さつきは彼らを気にしてそれまで以上に声を我慢するようになった。
教育上仕方ない。なら抱くなという話ではあるがそれはない。
桐野が唇を塞いでやる事も多くあったが、声が漏れないようにすればするほど互いに妙に興奮した。逆効果では。
できれば清水馬場の屋敷で抱きたい。

さつきには桐野が今まで抱いてきた玄人女のわざとらしさ……男を喜ばせる為に、気を遣る振りをする為に、大声で泣き喚いたり大袈裟に善がったりする様子がまるでなかった。
だからこそ却ってさつきの仕草に彼女がどれだけの快感を得ているかが剥き出しになってよく分かる。

気持ちいい、だめ、やだ、やめて、やめないで、もっと、奥、怖い、きもちい、おく、きぃさん、好き、だいすき、すき、喘ぐ合間に零される単調な言葉。
腕に縋りつく手指、押し広げた時にだけ露わになるむっちりとした内腿、しとどに流れる汗と騒水、髪が張り付いた顔からは時々涙が散る。
反り返る背中、露わになる喉元、逃げられないように諸手で掴む腰は薄く、臓腑は入っているのかと思うし乱暴に突き上げると破れはしないかと心配になる。挿入れたまま腹の上から蜜壺を掌で押し、雛尖を親指でなぞり上げれば一際高い嬌声が上がった。
達した後は長く引く余韻の中でぼんやりとして、目が合えばとろとろになった顔で含羞んでくる。
さつきとの時間は線香代を払って遊ぶ空間とはまるで次元の違う充足感があった。

不安から逃れられないのなら夜だけでも忘れさせてやりたい。触れていたいのなら桐野の方から奥の奥まで触れてやろうと抱くほどにさつきの感度が上がり反応が敏感になる。堪らない。
惚れた女を抱きながら理性は完全には手放さなかったものの、偶に箍が外れた。

「えぇ……四十八手にそんなのあるのぉ……?ないよね……?」
「緊縛はある」
「……えぇ……えぇ〜…………」

手首や目元を緩く縛った時はさつきも苦笑していたが、嫌がる様子はなくそのまま桐野を受け入れる。
それどころか別の時には私も気持ち良くしたいと口取り(口淫)を始めようとしたので桐野は慌てて止めた。
奉仕させたい訳ではない。偶に逸脱はしてもさつきの心優先の情交で、そんな事は求めていない。
だが。

「これはふたりでする事でしょ」
そう言って少し拗ねたさつきに目を丸くしたのはまだ記憶に新しい。
驚いたのだ。
まさかそんな事を言われるとは思っていなかった。

房事はどちらかと言うと男主体だ。
男主導で目的は夫婦なら主に子作り、女郎となら男の肉欲解消、もしくは仮初の色恋になる。
それだけにさつきが言った「ふたりでする事」は新鮮だった。
子はいずれはできればいいと思うが、自分たちの情交は夫婦遊郭そのどちらにも当てはまらない。
まるきり情人(こいびと)同士のそれだった。

ふたりでする事。
ふたりでする事、か。
道理で完全に受け身ではなく、桐野に触れたがる筈だ。
さつきから誘ってきたり、気持ちいいかと尋ねてきたり、情交を「愛情確認」と表現したり、体を重ねる行為についての考え方がこことは少し違うのだろう。

それならと拗ねるさつきの手を引いて「上に乗るか」と誘えばそれも素直に受け入れる。
昼は色欲を欠片も感じさせないのに、閨では着物と一緒にその清爽を脱ぎ捨てる。
桐野と共に快楽を追う姿に、布一枚の下にはこんな女が隠れていたのかと毎度毎度目が眩んだ。

さつきを跨らせての下からの眺めは良かった。
たゆんと揺れる乳房とくびれた腰、そこから伸びる足。
桐野がこれまで抱いてきた女とは異なりすらりとしていて華奢だ。
肉体労働に耐え得るとはとても思えない身体をしていて、それが更に優しくしなければという気にさせる。

桐野が知る女体は、大きな頭が小さな上半身に乗り、その下に重量級の下半身が続いているというもの。
具体的に言えばささやかな双丘が聳える上半身、それに不釣り合いなほど大きな尻、尻と地続きの太く短い足。
さつきを知るまではそれが普通で気にもならなかったが、なるほどこちらの女は均整が悪いのだなと桐野は妙に納得した。

慣れ親しんだ体型を今更悪いとは思わないが、さつきの身体を知った今となってはもう他の女の裸体には欲情しない気がする。
有体に言えばもう他の女を抱ける気がしなかった。
あんな反応を返されているのだから尚更だし、もちろんそんな気はさらさらないのだが。
頭上で、眼下で揺れる胸を見ていると余計にそう思う。

さつきの大きく形が良い乳房は特に桐野の気を引いた。
まだ幕府があった頃、今のような暑い時期は庶民であれば男女問わず諸肌を脱いでいたのだ。路傍で見る女の乳など特に珍しいものでもなく、まずそこは授乳の為で劣情を呼び起こすものではなかったのだが。

これは違う。
陽の光を浴びた事もなさそうな白い胸は官能的で、酷く桐野の情欲を煽った。さつきが行為の最中以外では隠そうとするから余計に。
さつきは己の身体が男にどういう欲を抱かせるかを知っている。恐らく裸体に対する認識もここと彼女の世界では違うのだろう。
これは乳児の為のものだと思いながらも、この乳房は確かに人前に晒していいものではないなと桐野は思う。隠して正解だ。

健全な美しさはあれどその丸みは寧ろ艶治で手を伸ばさずにはいられず、掌中に収めれば意のままに形を変える柔らかさに桐野は虜になった。
ひた、とふくらみに頬で直に触れれば、優しい手つきで髪を梳かれ頭頂に口付けが降る。
力が抜けて気持ちが和らいでいく、穏やかに抱き締め合う時間が桐野は好きだった。

平安を与えたい筈が逆に与えられている。
その状況に何とも言えない気がしたが、止めることもできなかった。
柔らかな人肌の抱擁にはえも言われぬ温もりと安らぎがある。
触れる事で安寧を得ているのは己も同じだ。

「ふたりでする事」というさつきの言葉、これは情交の事だけではないのだろう。
与えて与えられて、甘えて甘えられて、安寧も快楽もふたりで分け合う。
多分それでいい。
維新以降頼られ甘えられ与えてばかりで、基本ひとりで立ち歩いてきた自身の来し方を思うと、少し慣れない気もするが。

閨での至福のひとつを知ってから桐野は己だけのこの特権を度々堪能していたが、昨日とうとうさつきから指摘されてしまった。
おっぱいせいじん。
せいじんとは。
成人?聖人?西人?よく分からなかったが、揶揄いを含んだ些か格好のつかない雰囲気がある事は分かる。

は?と顔を上げた桐野を見てさつきはころころと笑うと、愛情を言葉に変えながら桐野に口付けてきた。
かわいいと形容されるのは納得し難いが、大の男を胸にかき抱きながら目元をゆるゆるにして全身で愛おしいと伝えてくる様子を前にすると、もうどうでもよくなってしまう。

そういう風に笑って、日々を穏やかに過ごしていて欲しい。
それだけだ。



こちらを向いているさつきの顔を見つめる。
桐野を映せば柔らかな弧を描く瞳は閉じられたままだ。
手を伸ばして頬に流れる髪を耳に掛けてやり、うっすらと開いている唇を親指の腹でなぞれば、鬱陶しかったのか顔が僅かに逸れる。
触ってくるのはそちらなのに勝手なものだと微笑いながら半身を起こし、その額に唇を当てた。

「……、……?」

すると寝言らしき呟きが聞こえてきて、

「如何した?」

起こしたかと胸元に目を凝らせば、さつきの腕がそっと持ち上がり桐野の背に回される。

「……きーさんねれないの……?」

今度ははっきりと聞こえた。
さつきの体が軽くずり上がり、その両腕が桐野の頭を包むと同時に胸元に柔く押し付けられる。
甘さに汗が混じった微かなにおいを感じて、桐野はすんと鼻を動かした。
このにおいを知らなかった一年前は、この女とここまで深い関係になるとは思っていなかった。
ここまで相惚れするとも、思っていなかった。

ふうと息を吐く間に、さつきの手はさわさわと桐野の頭を撫で、そのまま背中へと動いて緩慢な拍子で弾む。
とん、とん、とまるきりぐずる子供をあやす手つきだったが、桐野は逆らわずにさつきの好きにさせた。
壮年の、それもそれなりに名の知れた薩摩隼人が、女の胸に抱かれて小児のような甘やかされ方をしている事に多少のバツの悪さと気恥ずかしさを感じるが、それはそれで悪くない。

桐野はさつきの腰回りに両腕を回すと、少し乱れた合わせから覗く胸の谷間に額をすり寄せた。
体温がじんわりと馴染んでいくのを感じながら、緩やかに打つ鼓動に目を閉じる。
触れている所が熱のこもりで汗ばんできて、なるほど、これは確かに暑い。寝苦しいと臍を曲げられた理由がよく分かって桐野はふっと口角を上げた。
と、その時。

「うぅ……あつ、あつい……じゃま……」

僅かな間に眉間に皺を刻んだ顔から不満が漏れている。
さつきが桐野の肩をぐいと押しやり、腰に巻きつく諸腕を振り解くように身を捩ると、ふたりの間に半人分ほどの隙間が生まれた。桐野の腕から逃れたさつきはそのまま転がって、こちらに背中を向けて。
あっという間に寝息を立てている。

「………………」

邪魔。

吹き出しそうになったのを我慢して桐野は仰向けに転がった。
桐野利秋にこんな事ができるのは、言えるのは、お前だけだと言ってやりたい。

どうせ暫くすればまた桐野を探してさつきの手は彷徨うのだ。
その時に握り締めてやればいい。抱き込んでやればいい。
そして朝起きたらまた暑苦しい寝苦しいと言われるのだろう。それに笑って応じたらこの女はきっとまた拗ねる。
その様子が容易に想像できて、桐野は片手で目元を覆うと声を押し殺して笑った。

何と勝手な。
何と勝手で、かわいく愛おしい。

(だめだ)
さつきが手を伸ばしてくるまで待っていられない。

桐野は体を起こすと背後から囲うようにさつきへと腕を回した。
さつきは少し身じろぎしたけれど、今度は桐野の体温を厭わずそのまま眠りについている。
こんな時にしか出てこない猫の目のように変わる気儘な態度は、きっと本人さえ知らないものだ。
桐野しか知らない。
その一事にいとも簡単に桐野の独占欲と優越感が満たされる。
本当に桐野利秋をこんな風に翻弄できるのはお前だけだと言ってやりたい。

ただ女に耽溺して焼きが回らぬよう気を引き締めねば、思わぬ所で陥穽に嵌る。
守りたいものも守れなくなる。
だから閨でだけだ。
さつきとの時間の心地良さに身を任せきってもいいのは。

ただ今日はまだ、あと数時間はこの中で溺れていられるのでこのまま肌の熱さを堪能する事を許して欲しい。
そう思いながらぴたりとさつきに寄り添い、敷布に投げ出された白い手に己のそれを重ねれば、さつきの空いた手が桐野の腕に添えられ、やがて指をそっと握り込まれた。

無意識だろうにこれだ。
これだから離れ難く同衾が止められない。
桐野は苦笑を零すと目の前の頭に顔を寄せ、足元に絡む薄い掛け布を蹴り飛ばした。



おわり!


夜半の夏:つい夜更しをして短くなってしまう夏の夜の事、だそうです
memo&res;(20220822)にメモ 20220822

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