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少し酒を飲むついでに持ち物を改めようと思い立ち、居間の机にスケジュール帳、仕事の書類、スマホ、ウォークマン、ペーパーバックを並べた。
夜分だ。母屋に立ち入れるのは気の置けない人たちだけだから、誰に見られてもそうそう困る事など起こらないだろう。

スケジュール帳を捲ればある時期から予定は真っ白になり、今はもうそろそろ秋も深まりつつある時期にきている。
スマホとウォークマンはもう随分前に動かなくなってしまった。
電源が入れば電話くらいかけてみたいのにと思いながらスマホをケースから外して矯めつ眇めつしてみたけれど、当然ながら変わりなし。
酒の入った湯飲みを口に運びながらペーパーバックを捲るも、別段何らかの変化がある訳でもなく……

それはそうか。
持ってきたものに何か異変があるかも、なんて。
物語の中の話か。ファンタジーか。
(……って言っても私の今の状態もまるきりファンタジーなんだけど)

「はーあぁ」

わざと大きく息を吐くとさつきは畳に寝転がった。
手にした仕事の資料に懐かしさを覚え、仰向けのままそれを眺める。
レーザープリンターで印刷されたA4のコピー用紙、数枚を左肩ホッチキスで留めてある。
システムの手順書の抜き書き、確認の作業工程のメモ、簡単な注意書き……
手を放すとぱさりと顔に落ちかぶさった。

(仕事どうなってんだろ)
(出張先で姿消して半年くらい、実家にはきっと連絡行ってる)
(心配してるよね)
(というか私トラックにはねられて生きてるかどうかも……)

「…………」
(……事故に遭って、こっちに来た……)


事故に、遭って。


「さつき、さっきから何ばしちょる」
「っ!」

突然上から落ちてきた声に驚いて身を起こせば、辺見が眉を顰めてこちらを覗き込んでいた。
慌てて座り直すと辺見もどかりと隣に座る。

「あ、ああ、ごめんなさい。何でもないの。持ち物見てて……何か変わった事ないかなって」
「おう。で?」

何かあったかと続きを促され、さつきは少し間を置いて首を横に振った。
身の回りの物に変化らしきものがあるとは思えなかった。
「そうか」
辺見が小さく嘆息する。

「……何じゃこれ」
話を聞きながらも辺見は机に置かれたスマホを取り上げていて、表、裏と眺め倒している様子に思わず笑んでしまった。口に出すと怒られそうだけれど、子供みたいでかわいい。
確かに物珍しいだろう。
動けば物珍しいでは済まないけれど、動かないから今では単なる金属と強化ガラスの板だ。
幾ら触っても起動しないそれにすぐに倦むと、スケジュール帳と書類に手が伸ばされる。
プライバシーとはと思いつつ、さつきは頬杖をついて笑いながらその様子を見ていた。

「こりゃあ確かに骨休めじゃなあ……」

辺見の独り言に反応すれば、明治に来る直前のスケジュールを示された。
月から金、偶に土曜日曜も、朝から晩まで時間で区切って詳細を書いているそれ。
「仕事、頑張ってたんだよ」
「見りゃ分かる」
そっけない言い方だが労りが込められている。

「……私、辺見さんの前にいきなり落ちてきたんだよね?」

すっと上がる視線。

「ああ。突然じゃ。そん時に何かあったとか……そげん事は無かった」
「近くで馬車とか人力車とか、何かがぶつかるような事も」
「無かったな」
「そか。私、明日新宿に行こうかと思ってて」
「気になる事でもできたか」

さつきは頷いた。
行っても今まで同様に何も分からないだろうとは、思うのだけれど。

「……さつき」
「ん?」
「汝はやはり帰ってしまうんじゃな」

さつきは思わず息を飲んでしまった。
向けられた瞳が思わぬ寂寥の色に染まっている。

「……え、え?……いや、でも、戻り方分からない、よ……?」
「それが分かれば、じゃ」
「寂しい……?」
「ああ」
臆面も躊躇いもなく肯定した辺見に、へにゃりと視界がゆがんだ。

「私も辺見さんと……みんなと離れるのは寂しいよ」
ぽんぽんとさつきの背中を軽く叩くと、辺見が小さく笑う。
「桐野さぁとの事もあるしな」
「うん……」
それが一番引っ掛かっている事だった。

「櫛の意味ね、きぃさんが教えてくれた」
「ああ」

その時の事を思い出して辺見から少し視線をずらした。
そんな場合でもないけれど、やはり照れてしまう。

「その上でいずれ選ばなきゃいけないって。きぃさんと一緒にいるかいないか選べって事だと思う、多分」
「そりゃ帰れるかどうか突き止めるんは重要じゃな」
「……うん……何となく、何となくだけど、時間があまりないような気がして、少し焦ってる」

そうだ。焦っている。
だから余計に原点の地を確かめたいのだ。

「ついて行ってやりたいが、俺は明日は無理じゃ」

苦虫を噛み潰したように言う辺見にさつきは心からの礼と共に「大丈夫だよ」と口にした。
さすがにもう行き慣れている事もある。行って帰ってくるくらいなら特に問題ないだろう。

「書生ば連れて行け」
「あー……うん。でも一度ひとりで行っておきたくて」
「なら桐野さぁに話しておけよ」

「辺見、さつき。何の話じゃ」

辺見の言葉が終わらない内に居間に顔を出した桐野に驚いて振り返る。
桐野は自室に向かう途中でふたりの声に気付いたようで、こちらに足を向けたらしい。
ふたりの後ろ、机に広がる荷物に視線が向いたのに気付いた辺見が、何か変わった事がないかの確認をしていたと話を繋げてくれた。

「さつきが明日、新宿に行きたかち言うちょりもす」
「明日?」
「一度ひとりで見ておきたかち」
「時間を気にしないで周辺を見てみたいって思って……ひとりだったら誰にも遠慮しなくていいかなって」
「なら夕方にしろ。迎えに行っで」

特段難色も見せずさらっとそう口にした桐野に、辺見がやや驚いた顔をした。

「忙しくない?私ひとりで大丈夫だよ?」
「飯でも食っていっか」
「話聞いてます?」
「ふふ」

簡単なやりとりで満足したのか、桐野はふっと笑うと「また後でな」と言い置いてそのまま去って行ったのだけれど。

「……ついに抱かれたか」

噎せた。

「ちょっと!?」
「いや今のはそうじゃろう」
「まだ抱かれてません!」
「……ほー……まだ、な。その気はあるんじゃな」
「……あんまり意地悪しないでよ……」

口をへの字にしてそっぽを向いたさつきに、悪い悪いと辺見が零す。
全然悪いと思ってなさそうな口ぶりだった。

「そりゃ確かに急ぐな。焦るんも分かる。帰れるかどうか、そこが分からんと汝はどの方向にも進めんな」

気をつけて行け、そう付け加えられた言葉にさつきは頷いた。


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