Just in Time




※R15程度







昔から女に不自由した事はなく、さつきを屋敷に迎え入れてからも桐野は遊びには出掛けていた。
ある時からそれをぱったりと止めてしまったのは、外で女と遊ぶよりも屋敷にいる”居候”の方が新鮮であったから。
そして雪緒が起こした騒動を通してその居候ーーさつきの心の奥に触れた事が決定的だった。

さつきは優しかった。
弟妹のようにかわいがっていた幸吉や志麻、屋敷の者達だけにではなく桐野にさえも。
彼女は桐野に優しくもあり、また甘くもあった。
さつきを欲しいと思うまでにはそれほど時を要さず、やや強引に事を進めたことは桐野も認める。
泣かせもしてしまったが、それでも桐野が触れる事を彼女は許し、受け入れてくれた。

自身が甘やかされているという自覚はある。
膝枕で頭を撫でられながら口遊みの歌を聞く時などはその極致で、目が合えば柔らかく綻ぶ彼女の表情に、

(ああ、これは駄目だ)
これは俺を駄目にする。

直感的にそう思った。
いつかさつきが話していた今までの男が付き合う程にだらしなくなっていったという理由、それをその時、桐野は身をもって思い知ったのだ。
彼女の傍はあまりにも居心地が良過ぎる。

だからこそ、
(甘やかしたいと思うた事、忘れたらいかん)
桐野は強くそう思うのだった。

さつきは自分を犠牲にして問題を解決しようとする女だと忘れてはいけない。
与える事が上手くて、与えられる事に慣れていない女だと忘れてはいけない。
居酒屋で「よく頑張った」と声を掛けた時、ぼろぼろと泣いた彼女の顔を忘れてはいけない。
己は彼女の過去の男たちと同じであってはいけない。
強くそう戒める。

簡単に抱ける状態であったのに今までそうしなかったのは自分達の状況も勿論あったけれど、彼女に甘えて済し崩しで抱きたくなかったからだ。
安らぎを求めて彼女に共に寝ないかと聞いたのは半ば冗談半ば本気であったけれど、さつきは本当に来てくれた。
「一緒にいてあげたい」
桐野の様子を見てそう言っていたのだと幸吉から聞いた。志麻からも別口で聞いている。
桐野はそう思ってくれるさつきの心を軽く扱いたくなかった。

さつきは彼らにはあらかじめ話をしていたようで、幸吉曰く、

「志麻さんと私に気ィ遣ってくれたみたいです。そんなんええのに。どーせ先生が言い出したんでしょ」

それは呆れた風の軽口であったけれど。
自分よりも桐野との付き合いが長いふたりを尊重してきちんと了解を取ってくれた事、そういう人間が桐野の傍を望んだという事が、幸吉と志麻を何より喜ばせたようだった。

「先生今までよう我慢しはりましたね」
「お赤飯炊きましょうか……」

これが従僕と女中の言葉か。
そう思うけれど、彼らにはこの屋敷での女関係では苦労しかかけていない事を桐野は自覚しているから、盛大な苦笑しか洩れなかった。
そんな彼らでもまさか随分経っても桐野とさつきが男女の仲になっていないとは思っていなかっただろうが。

さつきにはこれ以上優しくするなと泣かれたけれど、桐野は彼女には優しくありたいし甘やかしたいのだ。己が甘やかされる以上に。
与えられる以上に与えたい。
大切にしたい。
彼女が落ち着く安らげる場所でありたい。桐野にとっての彼女がそういう存在であるのと同様に。

そう思う桐野にとって、不透明な状況の中で、済し崩しでさつきを抱くのだけは本当に有り得なかった。
何度か危ない時もあったが、幸吉の言う通りよく我慢したと思う。




のしかかった状態で「抱くぞ」と宣言すると笑いながら口答えされ、彼女の希望通りお伺いを立てるとさつきは桐野の下でまた笑った。かわいい。
ふざけ合いながら文句ばかり言う唇を塞いで寝巻の下をまさぐれば、くすくす笑い転げていたさつきの体が時々、一瞬ではあったがぴしりと固まる。

(………)
初めてではない筈だが。

違和を感じて手を止めると、そろっと瞼が上がり潤んだ瞳がこちらを向いた。
「怖いか」
敷布に沈む頭が小さく左右に振られ、
「……大丈夫」
そのまま続けてと。その返答が気に食わず、桐野は目を眇めると、
「隠すな」
柔らかいが命令するような口調で伝えた。こんな時まで何かを我慢する必要はないし献身もいらない。
桐野は欲を満たしたいのではなく、さつきを抱きたいのだ。

ん?と先を促せば、素直に、しかし小さく何やらごちょごちょと言っているので覗き込むように顔を近づけると、
「あの、私……久し振りで、相手きぃさんだし、き、緊張、してて」
顏を赤くしながら視線を泳がせまくっている。

桐野は目を丸くした。
あれだけ一緒に寝ても口付けを交わしても余裕があったのに、いざとなったらこれだ。
満面の笑みが浮かんだのは許して欲しい。
はっきり言おう。

無茶苦茶(わっぜ)可愛い(むぞか)

「わ、笑わないでよぅ……」
半泣きでふいっと横を向いてしまったさつきの頬に唇を落としながら、彼女の左胸を掌で直に覆った。
確かに早鐘のように心臓が動いている。

「そげん俺の事が好っか」
「……意地悪な事言う人は嫌い」
「そりゃ困ったな」

ふふ、と笑いながら、

(生娘じゃち思うか)

優しくしようと更に桐野は誓った。






のだが。

そのなんちゃって生娘は当然ながら生娘ではなかった。

せがまれるまま口付ければディープキス(口吸い)がやたらと上手く、その最中には他が疎かになってしまう。
さつきの奥に入った時に縋りつくようにして抱きつかれると、耳元で名を囁かれ掠声で好きと言われ、吐息と共に蕩けるように気持ちいいと口にされた時には眩暈がした。

派手に善がり声や泣き声を上げる事で男を喜ばせようとするこちらの女とは違うのか、握り締めた敷布で口元を押さえたり、肩口を甘噛みする事で声を殺そうとする。
ただ抑えきれずに嬌声が洩れてしまう様子は扇情的で、酷く桐野を沸き立たせた。
かなりくるものがある。

(生娘を抱く……?)

そう思っていたさっきまでの自分を殴りたい。


俯せで息を整えている露わになった背中に手を添えると、汗でしっとりと掌が吸い付き、触れるか触れないかの位置で指先を滑らせればあえかな声と共に背中が軽く反り返った。
過敏になっている身体に気を良くして、ふっと笑う。
それを聞き咎め、軽く半身を捻ってこちらに視線を向けたさつきはむくれていたが、上気した頬、とろんとした瞳で見上げられてもかわいいとしか思えず、ついでに笑みしか零れなかった。
さつきの顔を挟んで両腕をつき口付けようとしたが、ふいっと逸らされてしまう。

「仕返し」

べ、と舌を出し、あははと腕の中で笑う女が堪らなく愛しい。
今までかわいいと思いながら抱く女がいなかった訳ではない。
しかし、かわいい、愛おしい、慈しみたい、そんな事ばかりを思いながら相手に触れ、笑い合いながらただ愛しさだけで女と情を交わす事は今まで桐野にはなかった。

「こっちば向け」

求めれば抵抗なく仰臥した情人にもう一度と顔を寄せたが、更に避けられてしまい桐野は苦笑いする。
悪い子だと薩音で囁けば、えー?とまた身を捩るようにしてさつきは笑った。かわいい。

「………」

不意にその笑いが消える。
何かと思う間もなく、さつきが桐野の手に唇を寄せた。
親指、人差し指と口付け、視線をこちらに流して見せつけるように関節から先がない中指に舌を這わせると、嫣然と目を細めてかぷりと口に含む。
ぬるりとした生温かさに包まれたまま甘噛みされるとぞくっときて桐野は思わず目を瞑った。
長く息を吐いて興奮を逃し、
(優しくする優しくする優しくする)
頭の中で念仏のようにそう唱え、手を預けたままさつきの隣に体を横たえたのだが。

桐野の葛藤など気にも留めず、さつきはぴったりと体をくっつけてきたのだった。

「さつき……」

桐野の両足の間にすっと素足が割り込み、ふくらはぎをさつきの足の甲がゆるゆると上下する。
(生娘を(以下ry
本当に苦笑いしかない。


「すごい汗ー」
こちらの心情を全くお構いなしにさつきの指が鎖骨をなぞる。
暫く好きなようにさせていたが、やがて押し当てた唇でそこをぢゅっときつめに吸われ、
「桐野利秋にキスマークつけちゃった……」
も一個つけていい?と上目使いでぺろりと鬱血痕を舐める様子には心底くらくらときた。

(何処で覚えてきた……)
頼むからあまり煽らないで欲しい。
自制にも限度がある。

「きぃさん夏ぐらいからシてないでしょ」
突然の言葉で思わず噎せた桐野に笑うと、
「ずっとキスまでで止めてくれてたし、大事にしてくれてたのも知ってる。我慢してくれてたの分かってるよ」
さつきが腕に頭を乗せてきた。さらさらと流れる髪がこそばゆい。

「今も優しく触れてくれて、すごくゆっくり進めてくれてるのも分かってる」
「………」
「こういうの初めてで、その、……めちゃくちゃ気持ちいいデス……」

あけすけな内容が恥ずかしかったのか、桐野の視線を避けるようにさつきは睫毛を伏せたけれど。
そのまま嬉しい、ありがとうとポソポソと続いた言葉に桐野は口を噤んでしまった。

初めてとは。
確かに強引に抱かないよう気を付けてはいたが、ただ反応を見ながらじっくり良い所を探し、嫌がる事をしなかっただけなのだが。

逆に言えばさつきは男の無理強いも受け入れてきた、そういう扱いしか受けていなかったという事なのだと桐野は簡単に思い至った。
線香で区切る時間を買うのではなく、好き合って体を重ねる関係であるのならそれなりの情があるだろうし、優しくするのは当然だろうに。

(……ああ、……)
いつだったかさつきから話を聞いた覚えがある。

つきあっていた男が粗略になる……
あれは情交にも当てはまる話だったのかと、桐野は内心彼女を征服していた今までの男に異様に腹が立った。
やり場のない苛立ちを飲み込もうとした時、

「でもね、きぃさん、それで我慢してない……?」
「……ん?」

意識を戻される。

「私夏からずっと我慢してくれてた人に、もっと我慢してほしいなんて思ってないよ」

姿勢を変えて、桐野に半分乗りかかってきたさつきに思わず聞き返してしまった。

「頑張って煽ってるんだけどまだ足りない……?」
「…………」
「私じゃ無理かな?」

我慢の箍、まだ外れない?

桐野は体を反転させるとさつきを組み敷いた。
顏を寄せて耳、頬、目元、口の端と音を立てて口付けると、さつきはくすぐったいと肩を竦めて表情を緩める。

(ソーカ、気張っちょったか)

その事実ににやけるのを止められずにいると、すっと目尻に指が這わされ、

「だらしないカオ……」
「ふはっ」

緩み過ぎでしょと続いた呆れた口調に吹き出してしまった。
年上の男を手玉に取るのは面白いぞと言ったのは己だが、年下の女に翻弄されるのは確かに存外面白いかもしれない。
額に唇を押し当てれば「きぃさんキス魔」とまた笑う。

「きすま?」
「口付け大好きねって」
「汝にだけじゃ」

さつきは頬に朱を刷いて黙り込んでしまったけれど、
「……今まで何人に言ってきたの?」
また拗ねたように言うので口を塞いでやった。
首元に両腕が回され、さわさわと髪を撫でられるのが心地良い。

「我慢せんでヨカちゅう事か」
「うん。いーよ。よく頑張りましたのごほーび」

しかし言った側から、ん?ご褒美になるのかなこれ?と呟いていて、桐野はさつきの上に突っ伏して笑ってしまう。

(わっぜむぜ)
本当にもうそれしかない。

胸に顔を埋めた状態でぎゅうぎゅうと抱き締められ、頭に唇が当たる感触に桐野も目の前にある胸の谷間のほくろに舌を這わせると、唇を当てて強く吸った。
口付けが多いのは勿論桐野がしたいからだが、それ以上にすればさつきが喜ぶ気配があるからだ。
さつきからの回数も多く、それで愛情の確認をしているということに桐野は気付きつつある。

最中に。
よりによって最中に愛情の確認とは。
そんな事が感じられない情交が多かったのか。
とっとっとっと早めに流れるさつきの鼓動に目を閉じると、洩れそうになる息を喉元で止めた。

(……可哀相か……)

こんなにかわいいのに。
どうしてこんな女を捨てたのか、桐野には分からない。
さつきを都合よく扱っていた男共には腹しか立たないが、さつきを手放した事だけは感謝したい。
捨てた男に後悔するがいいと心の中で嘯いて、

「分かった」
「ん、なに?……ぁ、……」

問いかけに応えずさつきの足の間に割り入ると、白い太腿をするするとさすり膝裏に手を差し入れて足を押し広げた。
逸らされた視線にくっと笑って浮いたふくらはぎを甘く噛み、

「褒美、貰う」

告げればこくんと頷かれる。

我慢しなくていいと言うのだから、我慢せず思う存分甘やかしてやる。
愛されている事を疑う余地がない程に。

掴んでいた片足を肩に乗せようとした時、

「あのね、今日は寝ちゃうともう起きられないと思う……んだけど……」
「……」
「まだ頑張れる?」

「………はっ、ははは!」

声を上げて笑ってしまった。
ぺしぺし叩いて抗議してくる手を取ると布団に縫い付け、顳顬に唇を寄せる。
まったく凄い煽り方をしてくれる。

くつくつ笑いながら赤みの差す柔い頬を撫で、

「汝はほんのこてむぞか」

もう声に出して言ってやった。
かわいい、愛おしい、好きだと口にすれば耳から首まで真っ赤にして腕で顔を隠してしまう。

「もうそういうのいいから……」
何故(ないごて)な」
「〜〜〜恥ずかしい!」

笑いそうになったが、これ以上笑うと本当にヘソを曲げてしまいそうなので我慢。

「さつき」

親指で赤い唇をなぞる。

「そろそろ挿入(はい)ってよかか」
「き、聞かないでぇ……」
「ん?」
「ど、どうぞ……?」
「ふっ、は」

無理だった。


「もう知らない……」

蚊の鳴くような呟きに苦笑いし、さつきの手を引いて膝に跨らせ額に張り付いた髪を丁寧に払ってやる。
キス、と続いた要求に応えると、

「きぃさんと肌を合わせるのはこれが最後かもしれませんね」

なんて笑って言うので、それは困るなと腕の中に閉じ込めると更にころころと笑った。頬が緩む。
笑いながら、惚れた女を抱くのはこんな感じなのかと思い、結果がこれなら我慢も随分報われたものだとも思う。

政争で敗れた失意の夜の筈が、しかもさつきとの初夜がこうなるとは流石に思わなかった。
こんな時なのに帰ってきてから笑ってばかりだ。屋敷の者たちだけではなく桐野もまた随分と彼女に救われている。

こんな女が官職も何もかもを擲って都落ちする男についてきてくれると言う。
傍にいてくれと懇願したのは己であったが、それが真実になるとは考えもしなかった。


下から掬い上げるようにしてもう一度唇を重ねると舌が差し込まれ、両肩にそっとさつきの手が添えられた。
息を継ぐ拍子に離れる気配がして追いかけようとしたが、頬をすりっと撫でられ、肩に頭が乗る。
両腕が背中に回され抱きつかれてしまった。

「……ここで会えたのがきぃさんで良かった」
「………」
「私を見つけてくれてありがとう」

違う、逆だ。
元の世界も何もかもを捨てて、さつきが桐野を選んでくれたのだ。

「汝は何も分かっちょらん」
「え?」

聞き返されたが返事をせず、さつきを寝かせると桐野はそのままゆっくりと彼女の中に押し入った。
洩れる声を抑えようとする手を取り上げ、以前手を繋ぎたいと言っていたなと指を絡ませる。
その時は桐野はさつき自身が誰かから大切にされている事を知る為にここに来たのではと思ったが……

(俺の為に来たのかもしれんな)
なら尚の事、
(大事にせんとバチが当たる)
本当に。

「や、よそ見……っしないで」
途切れ途切れの声、頬に伸ばされた指に意識を戻し、かちりと目を合わせれば満足そうに微笑まれた。
つられて自然と口元が三日月を描くと、更に破顔される。

(ああ……)
これから共にいられる事に言いようのない充足感が広がる。
さつきもそうであるといい。

「俺を選んだ事、後悔させん」

大事にする、そう声にした囁きは熱に浮揚するさつきには届いていないようであったけれど。
それでいい。そう思う。

口にしなくても態度で伝えていけばいい。
時間はある。
そう思いながら、
「こっちも」
繋いで、と差し出された手に指を絡ませ、さつきに覆いかぶさるように背を丸めると桐野はその頬に口付けた。



Just in Time:ジャズのスタンダードナンバーより。
生娘(笑)書いててすごく楽しかったです…
201911082019717

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