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ちょっと外出てくると隣席の人間に告げると、「俺も行く。少し休憩したい」と同期の向井弥一がついて来た。
コンビニのカップコーヒーを口にしながら、
「で、何でそんなに不機嫌なんだよ」
さらっと聞かれて広瀬は黙り込む。
「何で」
「女子社員への対応が今迄と微妙に違ってる。冷たい」
分からないとでも?とまで言われて苦笑いしてしまった。

何があったと聞かれて、職場の女子が人と会っていた時にアルマダまで押しかけてきて邪魔をしたこと。
それもあからさまに敵意むき出しの態度で追い出したこと。
それから彼女とは会えなくなってしまったこと。
連絡先を知らないから謝りたくても連絡のしようもないことを話したのだった。
(…彼女?女なのか)


特定の場所で昼休みに一週間に一、二回は会えていたし、その時に約束して夜も何度か一緒に食事をして。
集合場所はいつもアルマダだったから、改めて連絡先を交換する必要がなかったのだ。
その関係が急に壊されてしまって。
あんなこともあったしすぐにまた会えるとは思っていなかったけれど…
それから一ヶ月が経ってもさつきがアルマダに来ている気配はなかった。
マスターに聞いてもあれっきりだというし。
正直避けられているとしか思えない。

「嫌われた、のかなあ」
「は!はは」
「向井笑うけど…」
やっと近くまで来るようになった小鳥を不意に驚かせてしまった感じと似ている。
警戒してもうやって来ないような気がするのだ。

「……。えー…広瀬?それはいつもの遊び…ではないよな?なに、本気?彼女候補?」
「…友人」
中々信じてくれない親友にそうだろうなと広瀬だって思う。
「アルマダでビスコッティくわえて仕事してた子いただろう。覚えてるか」
「ああ、あの子な」
「秋山も入れて三人、合コン女王のお許しまで得て”友人”なんだよ。本当にメシ食ったことしかない」

「俺さあ、確かに女の子大好きだけど、同じ職場なんて近場では手は出さんよ」
リスキーだし面倒だし。何より仕事に支障が出そうなことは避けるというのが大前提だ。
「知ってる」
「あいつら俺と秋山になんて言ったか分かるか、向井」
(あいつら!)
珍しい言いように向井も流石に驚いてしまったのだけれど。

さつきが去った後、同期入社の美人が放った第一声は、
「広瀬君…私が何度誘っても乗って来ないのに、よりにもよってどうしてあんな普通の子と」
だ。
そして。
職場で抜け駆け禁止って決めてるのに。特定を作らないって思ってるから皆納得してるのに。
よその会社の女ってどういうこと。

「知るかよそんな事。俺の交友関係は俺が決める」

珍しくきつく言い捨てた広瀬に、(あーなるほど)、向井は納得した。
広瀬は”ビスコッティの君”に会えなくなったことだけでなくて…
他人が自分の人付き合いに口を出したこと、その上人間関係を壊したことにとても怒っていた。

「秋山の機嫌が悪いのもそれか」

秋山に纏わりついてよく話しかけていたあのゆるふわの彼女。
前までは適当にあしらいながらも秋山は彼女に普通に接していたのに、今では業務上必要な会話しかしていない。
しかしそれはあからさまな感じではなく、周囲が不自然さを感じない程うまいやり方でフェイドアウトしていって…
気付けば仕事以外の会話も接点も本当に無くなっていたようだった。
他の女子社員への接し方も、以前とは少し変わっていた。


「そう言えば俺あの子が給湯室で泣いてた所を見たわ。理由はそれか」
「ふーん」
興味なさげに向井は相槌を打った。
流石にもう声を掛ける気にもならなかったと続けた広瀬にそうだろうなと思う。
向井が同じ立場であったらきっと同じように思うだろうし…
前に同僚と入った居酒屋の真後ろのブースに、偶然彼女と他の女子社員が三人程いて、

「で、どうだった?森山さんに頼んでみたんでしょ〜」
「えー全然!森山ぜんっぜん使えねえ!”無理”で一刀両断だよ!ムカつく!」
「しかもこの子”メシ食いに行きたいなら秋山に直接言え”って言われてんの!”森山さぁん、お願いしますぅ”って渾身のぶりっ子までしたのにね!笑えたわー」
「でもなんで秋山さんなのさ。他にもいるじゃん」
「給与で他の同期社員とはもうかなり差がついてるのよ」
「うわーさっすが人事部…見る所がえぐーい」
「配属先見たってエリートコースまっしぐらじゃん?日本有数の超優良企業のエリート社員!重役にでもなればセレブも夢じゃない!目指せゴールイン!重役夫人!あ、すいませーん芋焼酎ロックでー」
「来たよーかわいい顔して芋焼酎!あんた合コンの時とかどうしてんの?ザルでしょ〜」
「えー?私ぃすぐに酔っちゃうしぃ。甘いのしか飲めなーい」
ぎゃはははは。
その化けの皮剥がれないように気をつけなよー


芋焼酎が好きとかは別に何とも思わないのだけれど。
ゆるふわおっとり天然のかわいい系で職場では男子社員からも結構人気のある女の子の豹変ぶりは、男としては本当にいただけなかった。
女子社員たちの姿に震えあがりながら、一緒に飲んでいた同僚と、
「…人工の天然だったのか、あれ」
「秋山もえらいのにロックオンされたな…」
同情頻りであったのはよく覚えている。
泣いていたと言われても、打算的な何かを感じざるを得ないというのが正直な所だ。

(…ビスコッティの子もそんなんじゃないのか…)

友達だろうがなんだろうが、気になっているから痘痕が笑窪に見えているのではないか。


(16/7/9)(16/5/23) 
向井のやいっちゃんと森山の慶ちゃん。森山かわいそう(笑)