袖:09






(しつっこい!)
さつきは酷くうんざりしながら居酒屋へと向かっていた。
「すいませんが、本当に約束があるので」
「またまた〜断る口実だって分かってるよ〜如月ちゃんにカレシがいないってのも知ってるし」

約束があるからついてくるなと繰り返しているのにまるで聞いちゃいねえ。
この様子だと本当に目的地までついてくるだろうし、「心配だから家まで送る」とか言ってマンションにまでついてきそうな勢いだ。

「如月ちゃんの酔った姿も見てみたい」
はは!と笑いながらそんなことを言う男にぞわぞわと鳥肌が立つ。
(キモっ!)
言わずもがなあわよくばヤりたいと顔に書いてある。
ここまで下心丸出しだといっそすがすがしい気もするけれど、気持ち悪いことに変わりはなかった。

(仕事の繋がりさえなかったら…)
さつきが関わっているプロジェクトに参加している取引先企業の若い男だ。
プロジェクトの出口がそろそろ見えて来た頃から話しかけられる回数が増え、やたらとふたりになりたがる。
その上マウス操作している手に手を重ねられそうになったり、嫌に距離を詰めてきて挙句いい匂いとか言い出す始末だ。
キモいというか怖い。

今日は同期とふたりの女子会であったから何とか撒いてしまいたかったのだけれど、もうじき店に着いてしまう。
どうしよう。電話して今日は中止にしてもらうか…いや、それだと本当にいつまでもついてこられてしまう。
住所だけは絶対に知られたくない。
いっそ岩盤浴とかに逃げ込む?でも表で待たれたらそれはそれでややこしい話になってしまう。
(…ホントにどうしよう…)
ふっと目と鼻の先にまで来た店の看板の下に。

「(……あ!)広瀬さーん!」

大きめの声を上げて軽く片手を振れば、三つの頭が一斉にこちらを向いた。
ぱちりと目が合った広瀬の方へ小走りで向かおうとするや、
「あ、ちょっと!」
咄嗟に腕をつかんで来た男を振り切って。

「遅くなってごめん!お待たせしました!」
広瀬の腕を抱きつくようにして取ったさつきに広瀬も一緒にいた秋山ともうひとりも酷く驚いた顔をした。
「ごめんなさい、助けて。しつこくて怖いの」
ごく小声で伝えれば、近づいて来る男を見て職場の人かと聞かれ「同じプロジェクトに参加してる外部の人」と返せば、
「ん、そっか。ちょっとそのまま引っ付いてて」


「えーっと、如月ちゃん、そちらは?」
「どーも。彼女がいつもお世話になってます。お仕事の方でもよくして頂いているようで」
広瀬の人の良さそうな笑い顔に相手の男がまごついたのだけれど。

「は?彼氏?いないって話じゃ」
何故か責めるような物言いをする相手の様子に、さつきは広瀬の腕に更に強く抱き着いた。
「…さ、さっきからそんな話してますけど、」
反論しようとすれば「それは誰からの話ですか」と広瀬に途中で遮られた挙句
「さつき、職場でプライベートの話してるの?」
さつき!?呼び捨てた!とは思いながら、しないよと首を左右すれば、
「…うん、あなたが知らないだけでは?もういいですか。久しぶりに会えたのでできたらもう」
遠慮してもらいたい、とみなまで口にする前に、男はそそくさと立ち去ってしまった。


「あれで良かった?」
「助かりました…」
ぱっと離れようとしたけれど、
「そのままで。さっきの男あっちから見てる」
広瀬が笑顔のままそう言ってきたのでさつきはそのまま頭を下げた。
「いきなりごめんなさい。本当に助かりました。家にまで付いてきそうな勢いだったから怖くて…」
「は?家?」
知らないひとりの顔色が曇ったのを見て、あ、やっぱりお連れさんだったかと思う。
「いきなりお邪魔してすいませんでした」
頭を下げようとしたら、
「一旦店に入るか」
え?え?と戸惑っている間に秋山に背中を押されるようにして居酒屋の扉を越えてしまった。

有無を言う間も与えられず席に通されてしまって、初対面のもうひとりとも自己紹介までしてしまって、やっとの事で
「あの、私今日約束があって」
言い出せば、
「知ってる、同期とだろ?あいつは来ない。今日は俺たちがあいつに頼んで君に来てもらったんだ」
「へ?」
「この前はすまなかった。嫌な思いをさせた」
「あ…別に良かったのに……というか、大丈夫ですか?」

男三人が一斉に首を傾げたのを見て、

「私なんかといて。気にする人もいるでしょう?」

至極自然に笑ってそう伝えた。


(16/7/24)(16/5/18)
広瀬は一言もさつきちゃんと付き合ってるとも俺の彼女とも言っていないっちゅう。