袖:11






広瀬秋山のふたりについて来た向井という人。
笑いながらも矢継ぎ早になされる質問に、これは自分の様子を見に来たんだなとさつきは何となく感じた。
以前、ランチ時間に乱入してきたふたりは彼女ではないと言っていたけれど…
彼女でもないのにあんなことが出来る女性がもしかしてまだいるのかもしれないし、あれが初めてではないのかもしれない。
(大変そうだなあ…)
そういう意味ではこちらが一線を引いていたように、向こうが女に対し警戒網を張るのは当然のことだとさつきは思う。
だから思っていたこと、思ったことをそのまま伝えたつもりだ。
随分笑われてしまったけれど。


秋山がちょっと外すと席を立ち、暫くして広瀬もそれに続き、ふたりが不在になったのを見計らった向井から「これ渡しとく」と名刺を渡された。
目の前で名刺の余白に個人の電話番号を書かれ、何かあったらいつでも連絡してくれたらいい、と。

「ごめんな」
いきなり謝られてどうしたのだろうと思えば、
「嫌な聞き方して」
「………」
「広瀬も秋山もなんだか珍しいことになってたから気になって、今日は無理やりついて来たんだ」
「騙されてると思ってました?」
くすくす笑いながら言えば、
「まあ、平たく言えば。あくどいのに引っ掛かってるんじゃないかと思った」
「あはは」

「俺たちは確かに遊び慣れてると思う。けど住む世界が違うってことはないぞ。女の子と遊ぶ時は多少見栄は張るけど他は至って普通だよ、普通」
ただ外から見れば”合コンしたい上位企業”とか言われてるし、やっぱりこの社名はステイタスだ。
「アルマダに行った女子社員の内、ふわふわした可愛いのがいたろう。あいつなんて秋山捕まえりゃ将来重役夫人かもって近づいてんだよ。虫も殺さぬような顔してんのにな」

(うわー…)
さつきなんて一体秋山の何なのかとまで言われたのに、そっくりそのままあちらに返せる言葉だったとは…

「美人の方は、」
「…………」
「広瀬の体目当て」

噴いた。
(…かわいそう…)
広瀬にしても秋山にしてもそんな風に見られるの、男の人だって傷つくに違いない。
内心での呟きだったが表情からさつきが何を思ったか察したのだろう、向井は軽く口角を上げた。

「勤め先を知っても態度が変わらない。連絡先も相手の事を考えて聞いてこない。偶に一緒にメシ食って酒飲んで、馬鹿話して普通に付き合える。奢られて当然と思わない、割り勘すると言い出せるまともな感覚がある」
「………」
「そりゃあ合コン相手より君と遊びたいよ、誰だって」
「……それって褒めてます…?」
「それはもう。ま、よろしく頼むよ、あいつらのこと」

大様に笑う向井に気恥ずかしくなった所でふたりが戻ってきた。
そしてテーブルに置かれていた名刺を見咎めて。

「何言ってんだよ。自分たちの不甲斐無さを棚に上げて俺を責めるのか。不満ならさっさと渡せばいいだろうが、名刺でも何でも」
「!」
「そ、そうか…そうだよな…」
「は?…お前ら本当に大丈夫か?どうしたんだよ」

「ふっ…」
真剣な面持ちでふたりを心配し始めた向井に、さつきは声を上げて笑い始めてしまった。
確かに今目の前にいるふたりは普通の男の人かもしれない。

「連絡先!教えてもらえますか?それでこれからも一緒に遊んでもらえたら嬉しいんですけど」

「そ、それはこっちから言わせて欲しかった…!」
「え?」
「ぐずぐずしてるから言いたいことも言えないんだよ、広瀬。秋山もな。全く情けねえ」
「返す言葉もない…」

げらげら笑う向井に釣られてさつきも笑ってしまう。
酷いなとか言いつつ一緒になって笑い出した秋山と広瀬に、住む世界が違う人たちだなんて今はもう思えなくなってしまった。


(2016/9/2)(2016/5/30)
とりあえずここでおしまい。