Trigger:02






「―――で、お前はそれ貰っただけで帰ったのか」
「…ソウデス…」
信じられないものを見るような目つきでこちらを見てくる向井に、広瀬も口を噤んでしまった。

「いい雰囲気じゃないか、え?送り狼よ」
「………」
「普通なら上がり込んで"いただきます"コースだろ。まあ…そんな事許すような子には、俺には見えなかったが」

広瀬もそう思っているからこそ、乗りかかった船で放っておけずに家まで送ると言い出した所もある。
でも今まで似たようなシチュエーションが何度かあって、大体家に上がれと誘われて、そしてその先に何があるのかなんて。
大体において…というか殆どの場合広瀬には本当にそんな気はないのだ。
家で誘う子は後がめんどくさそうな気がする。
だから笑いながら適当に相手を丸め込んで帰ってしまう。
男の勝手な感情だが、相手が清純そうな子であるほど受ける幻滅の度合いは大きかったりする。

だから「喜んで貰ってく」と答えてついて行ったさつきの家の前で、
「中には入れたげません。ごめんね」
ちょっと待っててと笑いながら自然にそう言われて、広瀬は酷くホッとしたのだ。
寧ろ誘われなくて良かったとまで思った。

準備はしていたのだろう、家に引っ込んだと思えばさつきはすぐに出てきて、広瀬に保冷バッグを渡した。
そしてそのまま下まで送ろうとする風だったので、それは止めたのだけれど。
マンションを出て振り返れば上からこっちを見てるし。
…手振ってるし。


「それでそのまま俺の家に直行かよ」
「…スマン…」
遅い時間にいきなりやって来たにも関わらず、快く迎えてくれた向井は大様に笑った。
広瀬の許可も得ず保冷バッグをおもむろに開ければ、
「お、手紙が入ってる、ほれ」
入っていた封筒を広瀬に渡し、バッグに詰められた幾つかのタッパーを机に広げる。

蓋を開けて気付いたが、何というか、地味だ。
普通男に渡すならもう少し見栄えする華やかなものを渡してきそうな気がするのだけれど。
(筑前煮、酢の物、胡麻和え…うーん、見事に広瀬の好物)

女の子がいる時は女子受けしそうな所にばかり連れて行くし、海外出張も多い。
そういう事もあって勘違いされがちだけれど、広瀬はグレープシードオイルではなくて胡麻油、エストラゴンビネガーではなくて米酢を選ぶ男だ。
タッパーには、どちらかと言うと和のおかずが好きな広瀬のストライクゾーンにはまるものが詰められている。

「……」
無言で渡された便箋に目を通せば「広瀬さんへ」から始まって丁寧なお礼が認められていた。
読み進めれば、一緒に夕食に行くようになって和食の方が好きなんじゃないかと思ったこと。
話をしていて広瀬がほぼ外食だと分かったから、日頃のお礼に常備菜をお裾分けしようと思い立ったとも、口に合わなかったら捨てて欲しいとも書いてあった。

(すごいなこの子)
相手に依ってはドン引きされる可能性があるのに敢て手料理。
しかも内容は相手の好きそうなもの。

「一体どういう所でメシ食ってたわけ?」
「大体は定食屋。あとは居酒屋だったり…うどん食ったりラーメンだったり」
「は?彼女はそれで何も言わず?」
言わないも何も、割り勘前提で安くて美味い所というのがさつきのリクエストだったのだ。
(あー…それで好物が割れたか。広瀬の素の方を見てたんだな)

「楽しい”お食事会”なんですかね」
「一緒にいて自然に過ごせる。取り繕わなくてもいいし、彼女はすごく居心地がいい。つーか俺、今は週何回かのその日が楽しみでたまらん。…それもそろそろお役目御免らしいんだが」

そこまで聞くと広瀬が家までやって来た理由がピンときた。

「俺は悪くないと思うぞ」
付き合ってもない男に手料理だなんて相当際どい。かなりギリギリ。
確かに”友人”かもしれないけれど、お礼とはいえ単なる友人に普通ここまではしない。
誤解の元だし、お礼なんて物を買って渡すという選択肢だってある。
でも多分、彼女はきっと喜んでくれると広瀬の性分を分かってやっている。

「彼氏役はOK、割り勘の理由は気兼ねなく会いたいから。オートロックを通して家の前迄ならOK。でも中には上げない。で、手料理はお前の好物ばかり。まあ…男としては認識されてるだろ」
「あらー…ばればれ?」
苦笑いした広瀬に、あほか、と向井も笑って吐き捨てた。

「分かり易すぎるわ。どーせ自分が思ってることが俺と同じかどうか確かめに来たんだろ」
「はは…あー…まだ暫くはテキトーに楽しく遊ぶつもりだったのになー」
広瀬は仰ぐようにしてソファの背もたれに寄りかかった。

「あの子といると俺、本当にいい加減に女の子と遊んでたんだと思うわ」
「でも広瀬はちゃんと線引きしてたろ。相手も納得して合意の上で後腐れなく。大人なんだしお互い様だろうが」
「自分に都合のいい子と遊んでただけだよ」

(あらら…)
エラく自虐的。向井は目をぱちくりとさせたのだけれど、
(やっべ、笑いそう)
広瀬がそんなことを言い出すようになるとは思わなかった。

「あの子とはちゃんと手順踏んで距離を縮めたい」
「”友人”としての?」
ばーんと手近にあったクッションを勢いよく投げつけられ、向井はげらげら笑った。
「広瀬…赤飯炊く?財部と竹下に連絡していい?」
「ヤメテ…」

「ただなあ」
「ん?」
それきり言葉を切った広瀬に続きを促せば、
「秋山も同じだと思うんだ」
はは、とそれこそ困った風に笑った広瀬に向井は黙り込むしかなかった。

(17/3/13) (16/7/20)
「お友達は無理でした」「やっぱりな」「秋山も」(やっぱりな)回。