Trigger:05






『いや!やめて!!』
『如月ちゃん、ちょっとつれなさ過ぎない?軽く遊ぼうって言ってるだけじゃん。一緒にホテル行こ、やらせてよ』
『離して!』

いい雰囲気で話していたのに、それを引き裂くような叫び声がいきなり響いて広瀬は心底驚いた。
電話は繋がったままで、向こうからは争う声と物音が聞こえてくる。
ざっと血の気が引く音がし、もう目と鼻の先まで来ていた店に広瀬は猛然と飛び込んだ。

『あはは!逃げる場所なんかないじゃん!ほら捕まえた!キスするよ〜』
『やだ!やだやだ!!―――広瀬さん助けて!!』

バン!と手洗い場の女子の方を開けると、さつきと、さつきに抱き着いている男が視界に飛び込んで来た。
いきなり店内に走り込んだ広瀬に「お客様困ります!」とか何とか言って追って来た店員に、

「警察呼んで。女子トイレで女の子が襲われてる」

低い声でそう頼めば、警察という単語にびくっと男の体が跳ね、体が離れた。
その隙にさつきが男を強く突き押す。
よろけた男を横目にこちらに飛び込んで来たさつきを軽くハグしてやると、一瞬の躊躇いはあったがぎゅっと抱き着いてきた。
背中に回った腕は震えている。
「遅くなってごめん」
無言のまま、肩の辺りにある頭が左右に揺れる。

大きな声大きな物音が上がったから、流石に店内はざわついて野次馬が出始め、
「え?如月さん!?」
その中にさつきの同僚がいた。
驚いて立ち尽くしていたけれど、さつきの服は乱れているし、靴は片方が迷子で髪もぐしゃぐしゃ。
泣きながら震えているさつきの様子を見て、一気に酔いが醒めたのか、みるみる内に顔が青くなり慌てて引き返していった。
上司を呼びに行ったのだろう。

「悪い、今からこっち来られるか」
秋山に連絡すれば声の調子で何事かを察したか、『分かった』とだけ返されすぐに電話は切られた。
そして呆然とこちらを見ている男に向き直り、

「セクハラ発言、メール、体も触ってる。俺がいなかったら家まで突き止める気だったんだろう?で、挙句の果てに暴行未遂」
「違う!暴行なんて…!」
「さつきの姿見て誰がそんな言葉信じる?それにこの子が今まであんたに何されてたか、みんな知ってるよ」
広瀬は慌てて様子を見に来たさつきの上司・同僚らを真顔で見据え、
「見て見ぬフリしてたけどな」

「ご、ごめん如月さん!」
「まさかこんなことになるなんて」

今更口々に謝られても。
広瀬は心底呆れてしまった。
心配する様子は見せこそすれ、大したことはないと内心は面白がっていたのだろう。
この男に彼氏がいないと伝えたのも、同僚の誰かだったのではないかと広瀬は類推した。

場所を変えてくれと店長に懇願され、個室に戻ってもくっついたままのさつきに代わり広瀬が口を開いた。

「社外の人間が出過ぎた真似をして申し訳ありませんが…彼女はずっとSOSを出していた筈です」
職場の個人アドレスに送られてくるプライベートメール。言われた事、触られた箇所。
特に上司には逐一報告して相談していた。

「それに仕事が終わって職場出てから暫くは尾行されてましたよ。上司の方はご存知の筈ですよね」
広瀬が自宅まで送っていたから何事もなく済んだけれど…
「何かあったらどうするつもりだったんですか」

「これでも大したことない、大袈裟に騒いでる位にしか思わず、”あと少しだから我慢しろ”と突き放したんですよね」
「あなた方の妻や娘、恋人が同じ目にあっても、それ位我慢しろと言うんですよね?」
「勿論、言いますよね」

底冷えするような声音で静かに問い質す広瀬に、その場にいた全員が静まり返ってしまった。


その内やって来た警官に広瀬が説明し始め、結局男は現場での厳重注意ということでその場は収まったのだけれど。
思っていた以上の事態になっていることを悟り、同僚らは更に顔色を悪くしたが、流石に上司だけは口を挟んできた。

「如月さん、被害届は…これ以上大事にはしないよね?」
「…え?」
「助けなかったことは悪かったけど、警察沙汰はちょっと…ほら、君も色々と困るだろう?」
「…………」
「なかったことにする積りですか」

抑々もっと早くに対処していれば、ここまでの事にはきっとならなかった。
怒鳴り上げたくなる衝動に駆られたその時、

「はい広瀬ストップ」

いつの間にかやって来ていた秋山に視線が集まった。
「お前が熱くなるな」
「好きな女がこんな目に遭わされて泣いてるのに黙ってられるか」

秋山は苦笑した。
座っているのにさつきの手を握り締めたまま、気付かない内に本音をこぼし落としているのに、広瀬本人は気が付いていない。
さつきを見れば驚いたようで、震えていたのが完全に収まっていた。
表情に拒否は見えないし、広瀬の側から離れようとする素振りもなく。
(…まあ広瀬はいい男だしなあ)
なんとなくそんな気はしていたから、妙に納得した。

そこで、
「き、君たちは部外者じゃないか。何の権利があって口を出すんだ」
そう挟まれた言葉に、秋山はスッと目を細めると口の端で笑った。


「そこの彼が来る日はうちの広瀬が如月さんの仕事終わりを待って家まで送っていました」
「私も彼女が無事に帰り着いたかの確認を仕事中に頻繁にしましたよ」
「仰る通り私たちは確かに部外者です。しかしその部外者がなぜそこまでしなければならなかったと?」
「彼女の事が心配だったというのもあるが…そもそもは御社が対処なさらなかったからですよね?」


(17/4/11)(16/8/6)
怒れる秋山。職場でのセクハラでは被害届は出せないそうです。