Trigger:06






「明日十時に出勤して下さい。対策室の人間が話を伺います」

(死刑宣告みたい)
静まり返った居酒屋の一室、青い顔をした同僚達を目の当たりにしてさつきは他人事のようにそう思った。




無人の女子トイレにまで入って来て、抱きついた挙句「ホテルに行こう」とか「やらせろ」とか…
怖くて気持ち悪くて、助けを呼んだ時広瀬が飛び込んで来てくれた。
その上恐怖で言葉が出ないさつきの代わりに、本当なら自分が言わないといけない事を、広瀬と秋山が全部言ってくれた。

助けてくれる人がいる。
そう思うと体は震えたままだったけれど、気持ちは少し落ち着いてきて、さつきは席に座っても尚握られたままの手に視線を落としたのだった。
目の前にいるセクハラ男には手に触れられると思うだけでも耐え難かったのに、相手が広瀬だと気持ち悪いだなんて全然感じない。
(…”好きな女”ってさっきのも恋人のフリだったのかな…)
そんな風に見えなかったと思うのは自意識過剰だろうか。


そうぼんやりと思っていた時、からりと貸切になっていた部屋の引き戸が開く。
一声かけて入室した男性に「えっ」とさつきを始め上司同僚らは固まった。

(誰?)
と隣にいる広瀬に突かれ、
(人事の…会社のハラスメント担当の責任者…)
(前に相談していた人?)
(その人の上の人)

さつきが伝え終わるや、彼は広瀬と秋山に名刺を差し出し、今回の事についての詫びと礼を口にしたのだった。
偶然にもこの店で飲んでいた別の社員から、女子社員がセクハラから暴行まがいの行為を受け警察沙汰になっていると連絡を受け飛んできたらしい。
社員と広瀬・秋山が言い争っている様子を外で暫く聞いていて、状況を判断した上で入室したとのことだった。

「如月さん、会社の対応が遅れて申し訳ない。しかし…相談窓口には話していたのか?」
「…!しました!でも何もしてくれなかった!」
「……。相手は取引先の方ですね。警察沙汰に迄なり内々には済ませられませんので、御社には後日」
「暴行なんかしてない!!こいつらが勝手に警察を呼んだんだ!第一暴行の証拠なんか」

「ありますよ、証拠」

その一言に全員が一斉に広瀬の方を向いた。

――『−−−や!やめて!!』
――『如月ちゃん、つれなさ過ぎない?ちょっと遊ぼうって言ってるだけじゃん。一緒にホテル行こ、やらせてよ』
――『離して!』
――『あはは!逃げる場所なんかないじゃん!ほら捕まえた!キスするよ〜』
――『やだ!やだやだ!!―――広瀬さん助けて!!』

水を打ったようにシーンとする中、流石に「うわー…」とか「これはアウトだろ」とか他の男性社員はドン引きしている。

「電話していた時、彼女の様子が急におかしくなったから咄嗟に通話を録音しました。もし必要なら提供します」
広瀬の言葉に担当者は礼を述べると、
「全員明日十時に出勤して下さい。対策室の人間が話を伺います」
そう言い放った。


打ち上げは勿論そのまま散会となったが、さつきは引き止められ、暫く事情を聞かれることになった。
今迄の経緯、期間、されたこと。
上司の対応、相談窓口でさつきを受け付けた社員とその対応。
「一応メールも…色々と残っています」
そんな事を少しずつ話す。

余計な口を挟まずにじっと耳を傾けていた担当責任者は、
「…そこまで証拠を揃えて助けを求めていたのに、何もしなかったのか……」
関わった社員は。
そう呟くと絶句してしまった。

「申し訳ないが、今から会社に戻れるか?如月さんの持っている記録を見せて欲しい」
そう聞かれ勿論さつきは肯首。
「もし宜しければ、…ご迷惑でなければ、如月にお付き添い頂いても…」
広瀬と秋山にも水を向けられ、相手が言い終わる前に、
「伺います」
広瀬が即座に応じたのだった。


戻った職場でさつきがメール等記録のコピーを取る間、客室に通された広瀬と秋山は担当者より改めて謝罪と礼を伝えられ、広瀬の通話録音をボイスレコーダーで録音してしまえば、後は適当な世間話になった。
そうこうしている内にさつきが顔を出し、
「資料、全部揃えましたので確認お願いできますか?」
やや厚みのあるコピーの束を担当者に差し出す。
受取るやざっとそれに目を通した後、彼は大きく息を落とすと、

「如月さん、明日は来なくていいのでゆっくり休んで下さい。月曜日に改めて。そして対処が遅れて本当に申し訳なかった…大変だったね」



「広瀬さん、秋山さん」
職場を出て前を歩く二人の名前を口にすると、
「本当にありがとうございました」
さつきは深く頭を下げた。

「いや…」
「結局は防ぎ切れなかったしな…」
「そんなこと」

ない。
広瀬はずっと一緒にいてくれたし、今日なんてリアルに助けに入ってくれた。
そして証拠を取っておけたのは「嫌だと思うが」と言いながら勧めてくれた秋山のお陰だ。
忙しい中頻繁に連絡を入れるなんて、中々できないことだとさつきは思う。

「私ひとりだったら、きっと何もできなかった」
「…怖かったな」
「如月さんもよく頑張ったよ」
「ん…」
「さ、帰ろうか。今日はもう休んだ方がいい」
時計を見ればもう十一時になろうとしていて、大通りに出ると直ぐに広瀬がタクシーを止めた。
「今日も家まで送ってく。時間も遅いしね」
そう広瀬に微笑まれ、さつきは小さく頷いた。

広瀬も秋山も、最後まで面倒を見てくれようとしている。
ありがたいのと同時にとても嬉しかった。
それに…

(………)

ふるっと小さく体が震える。
この数時間で落ち着いてきたけれど、本当に怖かったのだ。
あの時広瀬が来てくれなかったら今頃一体どうなっていたのだろう。
そう思うと体の震えが止まらなくなった。


(2017/4/18)(2016/6/1)
そりゃ怖いよね