「広瀬、明日は休みだよな」
「ん?ああ」
秋山は広瀬に予定を聞いた後、運転手に広瀬と自分のマンションのどちらがここから近いかを尋ねると、行き先を秋山の自宅へと変更した。
驚いて隣に座る秋山を見たさつきに彼は一言「悪い」と零すと、
「でもこんな状態なのにひとりにしておけない」
更にそう重ねられた。
その言葉に助手席から秋山を振り返っていた広瀬がこちらを向き、
「…そうだな」
アッサリと同意されてしまったのだった。
そうして気づけば秋山の住むマンション下に降り立っていて。
「広瀬、」
「わかった、如月さんも行こうか」
(え?)
「コンビニ。秋山んち何もないし」
「悪いな。先に少し片付けておく」
近くのコンビニで軽く買い物をして秋山の家に帰れば、秋山は片付けと言うよりは人を泊まらせる準備をしていたようで、
「先に風呂に入ってきたらいい。湯を張ってあるから遠慮しないで浸かること。着替えとタオルは中に置いてあるから」
荷物を置くなりそう言われ、押し込められるようにして風呂場に連れられてしまった。
湯船に体を沈める。
じんわりと体が温まる感覚が久しぶりでホッと息が漏れた。
(広いお風呂…)
しかも結構綺麗にしているし。
元カレの家の記憶から男の一人暮らしなんて大して綺麗なものじゃないと思っていたけれど、連れて来られた秋山の家はそうでもなく、さつきには少し意外だった。
(―――っていや、そうじゃなくてさ)
さつきは湯に顔を半分ほど埋めるとぶくぶくと息を吹き出した。
(いくら親しいからって勧められるまま泊まる女ってどうよ)
コンビニへの行き帰りで広瀬が丁寧にフォローしてくれたから、取敢えずは自分自身を納得させることはできたけれど。
「強引に決めてごめんな。でもさっきは本当に酷い顔してたし、震え方も普通じゃなかった。俺が秋山でも同じ事を言ったと思う」
見上げた隣を歩く男の口元は軽くへの字に曲がっていた。
「あの家、内鍵がかかる部屋があるから秋山はそこを準備してるよ。それに俺も秋山も、誓って何もしない」
「……」
「…あんな男ばかりじゃないよ」
確かに強引だったと思う。
タクシーであっという間に行き先を変えられて、気付けば家に泊まることになっていて、あまつさえ風呂にまで入れられて。
でも嫌だと言えば、ふたりはきっとさつきを自宅にまで送ってくれたと思う。
そうだ。
結局着いて行くことを決めたのは自分なのだ。
(………)
押せばほいほいついて行くような女だと思われなかっただろうか。
(ふたりにそう思われるのは嫌だな…)
風呂から上がると秋山が用意してくれていた着替えを広げた。
秋山は男性にしては小柄な方なのに、身につけたTシャツもジャージの袖も丈も思いの外余裕があって、やっぱり男の人なんだなあと思うと同時に自己嫌悪に陥ってしまった。
「お風呂お先に頂きました」
リビングで話しているふたりにそっと声をかければ、
「ちゃんと浸かった?」
広瀬に確認され頷く。
「先に入ってこいよ」という秋山の声に応じて広瀬が立ち上がり、それを横目に、
「何か飲むか?…って水とビールしかないが」
冷蔵庫を開けて軽く笑った秋山から水を受け取ったのだけれど。
「どうした?」
「今日はごめんなさい」
「ん?」
「お仕事、途中じゃなかったですか?それにこんな遅い時間に押しかけて、お風呂まで頂いてしまって、それに…なんか私…」
段々と小さくなっていく声に、「ちょっと座るか」、冷蔵庫の前で話し込むのもなと改めてリビングに誘われたのだった。
「今日は来てくれてありがとうな。見ての通り何にもない家だが…歓迎する」
思わず顔を上げれば、秋山は柔らかく笑っていた。
「ここには俺達が無理矢理連れて来たんだし、君が誰にでも付いて行くような女だとは思ってない。付き合いは長くなくてもその位は流石に分かる」
思っていた事を見事に見透かされていてどきりとしたのだけれど。
「帰ろうと思えば帰れたのにここまで来てくれたのは…その程度には俺達の事を信用してくれていると自惚れていいか?」
「…じゃないです…」
「え?」
「自惚れじゃ、ないです」
「……」
「私だって…いくらお世話になっていても遅い時間に男の人の家に付いて行ったりしません。遅い時間に信用していない男の人を家に上げたりだってしない」
「うん」
「いつもは本当にしないんですよ?」
「ああ、分かるよ」
「…私自分で付いて来たのに、軽い女だって秋山さんと広瀬さんだけには思われるのは嫌で……都合、良過ぎですよね」
自分でも恥ずかしくなるくらい虫のいい言い分だと思う。
「あー…あのな…」
思わずといった風に零した秋山にさつきが顔を上げる。
「如月さんがそこを滅茶苦茶気にしてるのは分かったよ」
だからそんなに困った顔をしないでくれ、と苦笑されてしまった。
「俺も広瀬も君は寧ろガードが固い方だと思ってるし、誰にでも付いて行くような子だとは本当に思ってない」
「え…?」
「今回はそれまでの行きがかりがあったし、有無を言わさないで俺らが無理に連れてきたんだよ」
だろ?と同意を求められて、さつきは仕方なしに肯首した。
「俺も、広瀬もだと思うが、ここ何年かは家に女を入れてない」
え、と驚きを漏らせば、「意外か?」と笑われる。
「何でか変なのばっかり寄ってくるからなあ…怖くて無理だよ」
「…………」
「それで察してくれないか?俺たちも君の事を信用してる。きちんとした子だって思ってるよ」
その言葉に酷くホッとしたのが顔に出たのか、秋山の瞳が更に柔らかく細められる。
「あと、俺も広瀬も何もしない。約束する」
「―――だが今日開けてある部屋には鍵を掛けて欲しい」
その言葉にさつきは少し笑ってしまったのだった。
首を傾げる秋山に、
「だって広瀬さんと全く同じこと言ってるから」
そう返すと、
「秋山さん、今日は助けに来てくれて…ここまで連れてきて下さって、ありがとうございました」
改めて礼を口にした。
(17/5/29)(16/7/20)
何という事でしょう。今日はお泊りです。笑