Trigger:09






お前もだろう、そう言われて秋山は思わず黙ってしまったのだけれど。

「先に彼女を見つけたのは広瀬だ」
「秋山がいなかったらこんな風にはならなかった」
「誰が見てもお前が付き合ってると疑わないと思うが」
「秋山の声聞くと落ち着くってさ」
「あ?」
「電話の向こうで穏やかに話を聞いて話をしてくれるから、落ち着いた気持ちで一日を終われるって」
「……」
「あと、かかってくる時間が遅いと心配するし、今日は電話ないかなってそわそわするとも言ってたな」

テーブルの下から取り出したタバコを口にくわえ、火をつけた秋山に広瀬は軽く笑った。

恋愛なんて早い者勝ちで、ライバルがいるなら尚更相手を出し抜いてなんぼだろう。
普通はそうだと広瀬だって思う。
しかしその相手は目の前にいる秋山だ。
十年近くになる付き合いの親友をこんなことで失うとは流石に思わないけれど…
こんなことで蟠りを残したくない。

「彼女が俺の事を多少気にしてくれているというのは、そうだと思う。でも俺の目から見たらお前もだよ、秋山」
そうでなければ、疲れた様子を心配したとはいえ遅い時間に女のひとり暮らしの家に招き上げたりはしないだろう。

広瀬の言葉に先程のさつきを思い出し秋山は少し黙り込んだ後、
「これが元でお前に蟠りとか…疎遠にとかはないぞ」
「ああ」
「寧ろ広瀬ならと思える」
「俺だって同じだよ」
ふたりは顔を見合わせると小さく笑った。
広瀬は気持ちを隠すつもりはないけれど、かと言って今の三人の関係を壊したいとは思っていない。
そして三角関係にさえ至っていないこの状態が今はとても心地好くて、無理に変えようとも思ってはいなかった。

「それに俺、来週から一ヶ月程また出張なんだよ。今回の事、解決したといっても”直後”だろ?まだ何があるか分からんし。それをいきなり放り出すような形になるから…」
「心配か」
「彼女の事、頼むわ」
秋山の言葉に肯首すると、俺が言うまでもなくお前はそうするだろうけど、と広瀬は笑った。
しかし広瀬はそれでいいのだろうか。
「いいも何も、それはお前と彼女が決めることだ。それに俺は近くにいたくても物理的に無理だしな」


「…俺たちの事を信用してるから家にも上げたし、ここまでついて来たと言っていた。彼女は社名じゃなく人間を見て付き合ってくれているから、」
こちらも紳士にならざるを得ないよなあ、と秋山が口端を上げる。

お前も彼女を好きだろう。
広瀬に面と向かって指摘されて驚きはしたけれど、確かにそうなのだ。
しかし広瀬が言ったように相手を先制してとか、出し抜いてとか、そういう思いが不思議と浮かばなかったのは、こいつなら仕方ないと広瀬が思えるような男だったからだろう。
それに…
秋山にとっても広瀬を含む彼女との関係はとても居心地が良いもので、この場を手放したくないと思い、また誰かに明け渡そうという思いもさらさらない。
「分かった。今度は俺が側にいる」
「頼むわ。あー…あとな、実は明日、ってもう今日か。メシ食いに行く約束してた。お疲れさん会というか…居酒屋とかばっかりだったから何か美味いもの食べさせてやりたくて」
「そうだったのか」
そうとも知らず家に誘ってしまって邪魔をしたかと思い、悪いと言いかけた所で「いや、あんな事があった後だからな」と遮られてしまった。
「流石に遠慮するわ。それにまた機会もあるだろうし。それより…思わぬ形で長時間一緒に居ることになって、俺には悪いことばかりではなかったな」
軽く笑う広瀬に確かにそうかもしれないと秋山も内心同意したのだが、
「それに…」
「ん?」
「彼女、秋山のジャージでもでかいんだな〜」
へらっと破顔した広瀬に力が抜けた。





「何かお礼をさせて下さい」
遅めの朝食を外でとっている最中にそう口にしたさつきに、広瀬と秋山は顔を見合わせた。

「いや…別に…」
「いらないけど…」

なあ、と申し合せたように口を揃えれば、目の前に座るさつきが眉を下げる。
確かにお礼したいというさつきの気持ちはよく分かる。
逆の立場なら自分も同じことを言うだろうし、何もいらないと言われてしまうと却って困るのだろう。
さつきは年齢が幾分か上の自分たち相手でも、こういう所は対等でいたいというか、借りを作ろうとしない女性だった。
それならと思い、「あの話まだ生きてる?」と広瀬が週末誘っていたことを尋ねると、さつきは首を縦に振った。
既に”今日”の話になってしまった今でも付き合ってくれる気があるようで、自然と口角が上がる。

「昨日の今日だし、飯はまた別の日にしようか。それで…そんなに気になるってのなら、もし嫌じゃなければだけど、何か作ってくれないか」
前みたいなのでいい。
弁当か何かそんなに負担にならなさそうなもので、と頭に思い浮かべて、広瀬はそう言ったのだが、

「ごはん?」
「うん、如月さんの都合のいい時で」
「そんなのでいいの?」

吃驚したように聞き直してくるから苦笑してしまった。

「寧ろ”そんなの”の方が俺は嬉しい」
「俺もそれに乗っかっていいか?」

隣でやり取りを聞いていた秋山まで同じ事を言い出したので、さつきは多少面食らっていたのだけれど。

「そんな大したもの作れないんだけど…」
「寧ろ普段食べるようなのが俺は良いな。この前の筑前煮も美味かったし」
「えと、秋山さんは」

見れば秋山も同じでいいと頷いている。
お互い食事は殆ど外食か買ってきた弁当や惣菜だから、家で食べるような”普通の”料理に飢えているのだ。

「…今日の晩御飯的な?」
「そう!今日の晩御飯的な」
笑いながら「いいかな」と確認すれば、さつきはそれで良ければと肯首した。
「じゃあ、」
タッパーか何か買って、と言いかけた所で、

「明日で良ければ、お昼に家に来てもらってもいいですか?あ、でもお皿足りるかな…それに家の机で三人は小さいかもしれないけど…」

(ん?)
(…家?)
余り負担にならないこと、それにロクな調理器具もない男の家で作らせるのもどうかと思うし、一度上がり込んだとはいえ女性のひとり暮らしの部屋に押しかけるのも…
そう思っての弁当だったのだが。
口を噤んだままちらりと隣を横目で秋山を見れば、視線がかちりと合う。
(…………)
(…………)
相手の表情から「こいつも同じように考えてたんだな」と広瀬は察したのだけれど、

「行ってもいいのか?」

しれっと問い返した秋山に、広瀬は苦笑いしてしまった。




「ひとまず帰って明日の準備します。買い物もしないと」
「買い物?なら車で送ってく。広瀬も乗っていけよ。家まで送る」
さつきの言葉を捕らえて秋山がそう告げた。

サンキュと軽く答えた隣で、「え、そんな、悪いです」と遠慮しているさつきを、
「秋山に運転させて楽しよう」
と笑って押し切って、ついでに立ち寄ったスーパーでの買い物代もうまい具合に言い包めて広瀬が払ってしまった。

「…全っ然お礼になってない気がするんだけど…」
「ん?そんなことないよ」
「広瀬は食うしな」
「秋山もだろ」
「本当に仲良いんですね」

男ふたりにつられて笑っている彼女の様子を横目に見ながら、広瀬は秋山に道順を伝えていたのだが。
運転する内、秋山がさつきが気付かない程度に無口になり、表情が段々半笑いになっていたので広瀬は首を傾げてしまったのだった。



(17/6/14)(17/2/23)
絶対囲い込まれてます。笑