「はい、これ」
「え?」
「こっちは冷凍庫な」
「あ、うん…」
時間を合わせて来てくれたらしいふたりから、ドアを開けるなり手土産を渡された。
手土産なんて全く頭になかったさつきは、思わずふたつの紙袋の中身を凝視してしまったのだけれど。
(アイスとシャンパンかな?…高そう…)
秋山からはボトル、広瀬からは高級アイスクリームだった。
「それジュースだからな」
「お酒にしか見えないんですけど…」
「ソフトドリンクの方がいいだろう」
車で来たし、広瀬は飲めないし、
「それに今日はちゃんと食事がしたい」
秋山が真顔でそんなことを言うから、さつきは笑ってしまった。
自分ではきっと余ると思う程の量だったのに、ふたりは作った料理を殆ど平らげてしまった。
唖然…というか、びっくりした顔のさつきを見て、
「言ったろ、よく食うって」
美味かったよと秋山が笑った。
いいと言っているのにふたりは片付けまで手伝ってくれて、コーヒーを淹れて落ち着いた後で、
「俺また出張なんだ」
広瀬がそう切り出した。
「海外?」
「うん。水曜に出発」
水曜日って。明々後日…
「…昨日の流れで今日って言っちゃって、今更だけど良かったのかな…」
海外に行くなら尚更準備もあるだろうし、色々あった金曜の夜から土曜の昼頃まで、それに今日も付き合ってもらっていて、明日からは仕事だ。
せめて一日位は休みたかったんじゃないだろうか。
さつきが表情を曇らせたのを目にして、
「海外行く前にご馳走になれて良かったと思うし、準備はもうできているから気にしないでいいよ」
広瀬が声を掛けた。
「それに出発前にケリがついて良かった。本当はもう少し様子を見たいんだが…いきなり放り出す形になってごめんな」
思わぬ所での謝罪にさつきは首を横に振った。
そんな事はない。
広瀬も秋山も忙しさの合間を縫ってさつきを救ってくれた。
本当に十分過ぎる程助けてもらったのだ。
セクハラの事は後処理はあるにせよ、とりあえずは解決を見たのだから「放り出された」なんて思わないし、この件でこれ以上ふたりを患わせるのが気の毒だと思う位だ。
(本当はご飯作っただけでお礼なんて思えないし…)
さつきは内心でひとりごちた。しかも食費は向こう持ちだ。
自然と視線が落ちるも、秋山に名前を呼ばれて顔を上げれば、
「暫くは俺が傍にいさせて欲しい」
「へ?」
思いもしなかった秋山の突然の提案に素っ頓狂な声が上がった。
「如月さん、できたらそうして欲しい」
「広瀬さん」
「俺もいきなり離れるのが心配なんだ」
心配、と呟いて口を噤んでしまったさつきに、秋山が言葉を重ねた。
「広瀬のように頻繁には無理だが…迎えに行かせてくれないか。迷惑かもしれないが」
迷惑だなんて。
カタが付いたとはいえ、明日以降まだどうなるかという感じであるから、秋山の申し出は心強くて本当にありがたい。
でも。
「それじゃあ寧ろ秋山さんの方に迷惑が…」
「迷惑なんて思わないで俺の晩飯にも付き合ってくれよ」
広瀬ばっかりずるいよな、なんて。
笑いながら至極軽いノリで言われて、さつきも思わず笑ってしまった。
「向こうから連絡してもいいかな」
車出してくると一足先に駐車場に向かった秋山の後ろ姿を見ながら、そう口にした広瀬を振り返る。
「時差は気を付けるし」
「私からも連絡していい?」
返事の代わりに応えれば、勿論という言葉と共に広瀬の表情が明るくなる。
「帰ってきたらまたご飯会しようね」
「作ってくれるの」
「…食べに行く方が美味しいと思うよ?」
「炊き込みご飯と茶碗蒸しがいい」
「………」
「………」
「…次は材料費払わせないから…」
「ふ、はは!」
「あと、帰ってきたらまたご飯連れて行ってね」
広瀬は少し沈黙した後、柔らかく笑うとさつきの頬に唇を寄せた。
「何やってんだよ…固まってたぞ彼女」
丁度いいとしか言いようのないタイミングで車を回してきた秋山は、何も見なかった体で広瀬を回収した。
「スマン、つい…」
かわいくて。
そう繋いだ広瀬に、秋山が心底呆れたように「へーへー」と適当に相槌を打つ。
「抜け駆け」
「悪い」
「冗談だよ」
秋山はけらけら笑った。
「かわいいな、確かに。ストレートで裏もないし。それに優しい」
電話での応対も、遅い時間に部屋に上げて休ませてくれた事も、秋山は忘れてはいない。
今日だって広瀬のスケジュールを頻りと気にして。
どちらかと言うとこちらの都合はあまり考慮してくれない女の子が多いから、些細なことであっても思いやってもらえるのは新鮮で嬉しいものだった。
「くそーなんで今出張なんだよー…」
車窓に肘をついて流れる風景を眺めながらぶつぶつ言っている広瀬の気持ちはよく分かる。
さつきは驚いた顔で固まっていたけれど、秋山が見る限り金曜日と同じで嫌がってはいなかったし、
「えっと…じゃあ、連絡してね…」
とか、蚊の鳴くような声ではあったが、広瀬をシャットアウトするようなことはなかったし。
そりゃあ広瀬としては期待もするだろうし、離れがたかろうと思う。
「まあ、今迄大分距離が近かったからな…一度引いて様子見てみる、とでも思っておけよ」
仕事じゃ仕方ない。
だよなあ、とひとつ頷くと、広瀬は「後の事、本当に頼む」と言葉を続けた。
「あの男、セクハラの常習犯だと思う。慣れた感じだったし…多分あっちこっちで同じようなことしてる。他にも被害者いるんじゃないか?」
今回はよりにもよって取引先でのセクハラで、広瀬が入らなければそれだけでは済まなかった可能性だってある。
「今回の事が引き金になって懲戒処分が下るかもしれんし…大丈夫だとは思うが、逆恨みなんてことにならなかったらいいんだが」
「心配なのはそこだな…目を光らせておく」
「そう言えばさ、昨日彼女送っていく時少し機嫌悪くなかったか?」
「ん?」
「着いた時も本当にこのマンションか?とか独り言言ってただろ」
「……」
どうかしたか、と聞かれて思わぬ所を観察されていたことに、秋山は苦笑してしまった。
「大したことじゃないんだけどな、実は……」
「……は、マジか。俺一回も会ったことないぞ」
「その方がいいだろ」
面倒だ、と心底面倒くさそうに吐き捨てれば、広瀬が爆笑した。
(17/6/24)(17/3/4)
取り敢えずここまで。
秋山が持ってきたのはポール・ジローのスパークリンググレープジュース。ワインかシャンパンにしか見えない。