Trigger-a:01






「確かにさつきとは職場離れてるし、私じゃ何もできなかったと思うけどさ…相談くらいして欲しかったよ…」
「ご、ごめんね…」
眉根をこれでもかと寄せて生ビールを飲み干した同期・嘉月弥生にさつきは平謝りに謝っていた。

「怒ってるんじゃないよ。でも仲良くしてるって思ってるの私だけ?」
「…すいません、生もうひとつとタコわさ、軟骨のから揚げお願いします…」
通りかかった店員に同期の好物を注文すると、さつきはもうひとつ謝罪を付け加えた。
「でもね、はっきりとストーカーじみたことされだしたの、弥生の代わりに広瀬さんと秋山さんが来た日だったんだよ」
心配を掛けたくなかったということもあるけれど、その日からすぐにふたりが間に入ってくれたから相談する間がなかったのもある。
「そうなの」
そう言われ、うんと頷く。

会社からずっと付き纏われて、困っていた時にふたり(三人だったが)を見つけたのだ。
事情を話せばそのまま助けてくれることになって、送り迎えも電話での安全確認までもしてくれた。職場の人でさえ何もしてくれなかったのに。
その上打ち上げ後が一番危ないと言ってわざわざ居酒屋まで迎えに来てくれて。

「社内で流れてるのって私がストーカーにあったって話だけ?」
「しつこい被害に遭ってたってことと…それを見ててもプロジェクトチームの人間は誰も助けなくて、最後には警察呼ばれたとか…それ位」
さつきが窺うように聞けば、彼女はそう口にした。

人事の担当者は広瀬と秋山に「悪いようにはしない」と伝えてくれていたが、後日さつきにも同様の約束してくれて、社内でのさつきの立場が無くならないよう、居辛くならないよう話を進めてくれたようだった。
とは言えあの場には人事に通報したプロジェクトメンバー以外の社員もいたようだし、話が独り歩きしておかしな方向に流れていないか心配していたのだけれど。
弥生の話にさつきはほっと息を吐いた。

「プロジェクト終了して部署に帰ったメンバー、白い目で見られてるって。さつき落とせるかどうかけしかけてるとか、男同士の飲み会なんかでそんな話もしてたみたいだし」
ほんっと馬鹿だよね、と吐き捨てた弥生の言葉に、さつきは黙り込んでしまった。

人事に呼ばれて事情説明を受けた際、さつきは同じ話を聞かされていたのだった。
さつきに彼氏がいないらしいとばらしていたのがチームのメンバーだったとか、男共の間でプロジェクトが終わる迄にさつきを落とせるかどうか賭けていたとか、……
道理で余りにあからさまな場合以外は心配する素振りは見せても止めてくれなかった筈だと思ったのだ。
話を聞きながらこれが仕事を共にする同僚への仕打ちかと思うと情けなく、腹立たしくて泣けてきた。
担当者には本当に申し訳なかったと更に謝罪を重ねられ、今後の社員教育の徹底を約束されたのだった。


「結構大事になって社内でも処分下るだろうし、針の筵じゃない?特に女子からの目が。…で、その男には謝られたの?」
「本人じゃなくて向こうの上司とかなり偉い人が来てね…。あの人、あちこちで似たようなことしてたみたいで、被害者私だけじゃないって。厳しい処分を下すって口にしていたから…よっぽどだったんじゃない?」
「…それでさつきは大丈夫なの?」
心底心配そうに尋ねてくれた弥生に、さつきは笑って頷いた。
被害者なのに好奇の目で見られたり悪く言われたりして、職場に居辛くなって辞める人もいると聞く。
しかしさつきの場合は幸いにもそこまでの被害ではなかったし、最終的に人事担当者が全面的に守ってくれた上に周囲が皆さつきに同情的だった。
「私その人にしつこく誘われた…」「え、私も」なんて声もあったようだし、余計に。


「それよりさー…さつき?」
「ん?」
「彼氏がずっと迎えに来てたって聞いたけど?」
心配も一転、にやにや問い質し始めた弥生にさつきは咽てしまった。

「ま、さっきの話の流れだと広瀬君かあっきーでしょ。どっちかと付き合うことにしたの?」
「……いや…そういう話じゃ…本当に送り迎えと電話してくれてただけで……」
ふーんと半眼で見詰められ、さつきも思わず黙ってしまう。

「あのふたり優しいけど、優しいだけでそこまでする人たちじゃないよ」
「うん」
「あの会社の人はよく遊んでて女慣れもしてる。でも女子を見る目は皆結構シビアだよ」
そうなの、と零せば、そうなのと返事。
「広瀬君もあっきーも家は女子禁制だったりするしさ〜」
「あ、それは言ってた。秋山さん自分であの家の綺麗さキープしてるんだって、私驚いて」
「え」
「あ」
ついポロっと。
「ちょ、家に行ったの!?どういうこと!?」
弥生の驚きようにさつきも驚いて思わず引いてしまった。

「本当はストーカーっていうより……セクハラだったんだよ」
最後には人が居ない所で抱き着かれてホテル行くとかやらせろとか。キスまでされかかって。
「えっ?ちょっと…」
「大丈夫だったよ?そこに広瀬さんが助けに来てくれて…秋山さんも来てくれた」
職場の人との話し合いの時もずっとふたりが同席してくれたし。
でも帰り間際、震えが止まらなくなったさつきの様子を心配して秋山が家に泊めてくれ、広瀬も一緒にいてくれた。

「私がふたりのこと信用してるから家に来てくれてたんだろうって。あと秋山さんも私の事信用してるから家に入れたんだって言ってくれた」
「念の為に聞くけど、何もなかった…?」
「ないない。鍵のかかる部屋に寝てくれって言われた位だし」
「そう」
そこまで聞いた弥生は小さく息を吐いたのだった。

「あっきー、勝手に合鍵作られたことがあって大変だったんだって。それから女を家に上げるの無理って言ってた」
「そ、そうなの?(合鍵って…)」
「そんな人が家に泊めたのはさつきはそんなことしないって思ってるってことだし、第一しないでしょ、さつきは」
「当たり前でしょう…」
困惑気味に応じたさつきに弥生は笑った。


「あ、秋山さん」
ピリピリピリと響く着信音に、出ていい?と断ってきたさつきに頷く。
「…うん、今弥生……嘉月さんと飲んでるの。大丈夫、遅くならない内に帰るから」
後で代わってと合図すればすぐに携帯を渡され、

「早く帰れって、あんたさつきの親父か秋山」
『………』

電話口で黙ってしまった秋山に弥生は声を上げて笑う。
ごめん、ちょっと借りていい?とさつきに一言入れると、弥生は電波の入りやすい所に移動した。



「うそうそ、冗談ですごめんなさい。秋山さん、」
『あ?何だよ”秋山さん”って…』
気持ち悪ィ…とか向こうで呟いているのが聞こえて弥生は苦笑する。
「さつきのこと、助けて頂いてありがとうございました」
『聞いたのか』
大体の事はと言えば、そうかと返ってくる。
「念のために聞きたいのだけど、ふたりともさつきで遊ぶ魂胆でいるんじゃないって思っていいんだよね?」
『ああ』
弥生は、は、と息を吐いた。
それならいいのだ。
まあ、遊んで捨てるつもりなら送り迎えなんて面倒なことはしないだろうし、さつきを家に泊めたというだけでも大体分かってはいたのだけれど。

『なあ嘉月、前も釘刺してきたよな。そもそも、』
「さつきが決めることで、私が入るようなことじゃないだろって?うん、言いたいことは分かるよ。ただ私は心配なだけ。あの子凄く男運が悪いから…」
別れた前の男が酷かったし、その前も酷かったと聞いてる。
「私会社辞めたいって思う位の嫌がらせを受けた事があってね、その時さつきに本当に助けられたの。だから私が力になれる時はなりたいって思ってる」
だから今回の事だって声くらい掛けて欲しかったと切実に思うのだ。

『…悪い、嘉月を挟むべきだったな。お前に声掛ける暇を作らせなかったのは俺と広瀬だ』
「あ、別に怒ってたりはしてないからね。さっき本人に散々愚痴ってすっきりしたし」
『ふふ』

送り迎えする事だって向井を入れた三人で彼女の意見を聞かずに勝手に決めたのだと、秋山が重ねてそうフォローしてくれた。
でもそれでさつきが助かったことは事実だし、弥生だって自分より男性が入った方がいい牽制になっただろうと思う。
『それに仕事の出口も見え掛かっていたしな…余計な心配をさせたくなかったんだろう』
それはさつきも同じこと言っていた。



「さつき、思い遣りのあるいい子でしょ」
『ああ』
それだけに親友としてはおかしな男に引っかかって欲しくない、派手に遊んでいる男なんて近付けたくないと思っている。
だからこそ”合コン女王”なのに身近にいるさつきには一度も声を掛けなかったのだ。
「なのに何なの?広瀬君もあっきーも見事にロックオンしてくれちゃってさ…」
携帯の向こう側で笑い声が響いた。

「私はあの子に酷いことしない人だったらいい。便利扱いしたり、遊んで捨てたりする人でなかったらいい。それだけは許さない」
『ああ』
「でも後はさつきが決めること。そもそもは本人が決めること、でしょ?」
『そうだな』
「……私だっておせっかいで有難迷惑かもって、本当はちゃんと分かってるよ」
『あの子はそんな風には思わないだろう』
そうかな、と零せばそれはお前の方がよく分かってるだろと耳元で柔らかな笑声が響いた。


同期ちゃんは名前があった方が便利そうだったので付けてみた。嘉月も弥生も3月の異名です。
<2018/10/06>(2017/3/24)