Trigger-a:03






「今日行けなくなった」
「急用?」

響いた着信音に目を向けた直後に断られたから森山慶三郎は何気なくそう聞いた。
しかし返ってきたのは「分からん」という何とも言えない返事で。
それで断るのかと思いかけた所、
「けど急用に近いと思う。いつもは向こうから会えるかなんて聞いてこない」
そんな言い訳の最後に一言、「悪い」と添えた秋山に仕方ないなと思いつつ、森山は内心首を傾げた。

へえ、と思ったのだ。
(秋山の方から聞くんだ、”いつもは”)
今の言葉だといつもと言える位会っているらしいのに、会えるかどうかの打診は秋山の方からしかしていないっぽい。
先約だった親友との飲み会を後回しにしてしまうような相手。
職場関係ではない気がするし、遠くない所に住んでいるらしい秋山の兄なら「時間作って来い」と電話一本だろうし。
自分よりももっと古くからの友人とか知り合いとか…
(彼女?)
いや、彼女にしては少し不自然な気がするし、第一秋山の彼女を自分が知らないわけないだろうし。
(………)

「彼女にしたい女でもできた?」

途端に秋山がぶっはとペットボトルの水を噴き出したのを見て、森山は爆笑した。
「ビンゴ!」
言った途端、声の大きさに慌てたのか秋山が口を塞いで来たので、ますます笑ってしまう。
どうやら本当に当たったらしい。
突然の笑声に周囲の視線が集まるのを感じ、森山は嫌がる秋山をラウンジへと引きずる様にして連れ込んだのだった。






「秋山に振られたからって俺に絡むのは止めてくれないか」

うんざりして焼酎のロックを嚥下した向井弥一に、森山は「だってさあ」としつこく管を巻いていた。
「秋山何も話してくれないんだよ〜」
ラウンジで食い下がったけれどのらりくらりと話を躱され、何も聞き出せないままその内秋山が呼び戻されて、結局何も聞けず仕舞いだったと目の前の森山は嘆いている。

「でもあれは間違いない!女だ。絶〜対に女だ。少し位教えてくれたっていいじゃないか〜冷たい〜秋山冷たいよ〜…」

(面倒くせえ…)

実に面倒くさい。そしてしつこい。
いい感じに酔いが回って「慶ちゃん寂しい」とか言い出したアラサーに、向井はうんざりと言うか心底げんなりしてきたのだった。
(秋山が話したがらなかった理由分かるわ)

こんな風に騒がれるのが面倒だったのだろうし、
「場所が悪い。職場なんかで聞くからだよ」
森山に話さなかったのはこれもあるだろう。

職場で、しかも大きな声で「好きな女がいるのか」なんて秋山でなくても相手の口を塞ぎたくなる。
それに同じフロアには例のゆるふわ天然系の女子社員の席だってあるのだ。
彼女はクールビューティと共にさつきにした仕打ちで秋山と広瀬を怒らせて、今では彼等の歯牙にもかけられないような状況になっているのだし…
そんな所に女絡みの情報を下手に投下したくないだろう。

しかし。
(”女”ね…)
森山の読みはきっと正しく、そしてどう考えても如月さつきのことだろうと向井は思う。
彼女とはあの時一度会ったきりで、広瀬からちょこちょこ話を聞いているくらいだけれど、連絡をして来ないというのは何ともあの子らしい気がする。
(どうせ忙しそうだからとか気を遣ってるんだろうなあ)
そんな子が連絡して来たらそりゃあ何事かと思うし、
(嬉しいよな)
普通に。

(ただなあ…)
手順を踏んで彼女との距離を縮めたいと言い、続けてそれは秋山も同じだと思うと口にした広瀬を思い出す。
広瀬の言う通り秋山もかと、向井は小さく息を吐いた。
(男ふたりに女ひとりか)
想像の範囲内の展開ではあったけれど、それがいざ現実になるとやや心配になってくる。
親しい間柄だけに彼女をどう思っているかなんてお互いよく分かっているだろうし…
広瀬と秋山はどういうつもりでいるのだろう。

「向井サン、もう帰る」
「…あ?ああ、はいはい」
「家で飲み直すし。来るよね」
「管を巻かないなら行きますよ」
仕方ないなと笑いながら同僚の背中を押してタクシーに乗り込むと、向井は運転手に行先を告げた。


…のだけれど。
今、向井は仏心を出して森山に付いて来たことを激しく後悔していた。
(森山だけタクシーに放り込めばよかった…)
対面に座る秋山の顔には怒りがありありと浮んでいて、
「後でお前の家に行くからな」
絶対にいろよと地を這うような声で捨て台詞を吐いて、先に店を出て行ったさつきの後を追って行ってしまった。


「森山、あれはお前が悪い」
言い過ぎだと続けようとして、向井は言葉を飲み込んだ。
「…………」
完全に酔いが醒めた体の森山が、頭を抱えて滅茶苦茶凹んでいる。
(ああ、もう。本当に面倒くせえ…)
今日はなんてついていないのかと毒吐きたい気持ちに駆られる。
こんなの向井の立場からしたらもらい事故ようなものだ。内心で盛大に毒を吐く位は許して欲しい。





タクシーに乗って暫く、あろうことか森山のマンションの目と鼻の先で、ふたり連れの秋山を見つけたのだ。
相手は遠目から見ても明らかに女。
それに目敏く気付いた森山が向井の制止も聞かずに車を止めて、あっと思った時には「秋山ー!」と声を上げていた。酔払い手に負えなさすぎる。
ぎょっとした顔の秋山は見物だったと言いたい所だけれど、正直お気の毒様としか思えなかった。
降車した森山を追えば、秋山から少し距離を取っていた女性が、
「あ、向井さんですか?」
と声を上げ、やっぱりさつきだったかと挨拶をするや否や、

「…あれ?森山さん?」
「如月さん?え、秋山の相手って如月さんか…?」

とか言い出したので、向井も驚いてしまったのだった。
知り合いかと尋ねれば同じマンションだという。
はーあ、と諦めたように息を落とした秋山に、こいつは知っていたのだなとぴんときた。
それなら尚更森山には言いたくなかっただろう。
ただ流石に顔見知りとは思っていなかったようで、それには秋山も驚いていた様子だったけれど。


話の流れでお茶でもとなり、近くにあるコーヒーのチェーン店に行くことになった。
色々と諦めたような秋山と先を歩く森山に付いて行きながらさつきの話を聞けば、今日は例の話の決着が付き、その報告をしたくて秋山を呼び出したのだということだった。
まずは秋山と広瀬に報告してから向井に連絡するつもりだったようで、

「向井さんにもお話聞いてもらったのに、後回しにしてしまってごめんなさい。でも直接お伝えできて良かったです」
「俺も広瀬からちょくちょく話を聞いてはいたんだが…良かったな、解決して」
しかし森山と知り合いとは思わなかった。
「ゴミ出しの時とかに会うんです。あと近所のコンビニとかスーパーとか。でもまさか皆さんが同僚とは思いませんでした」

びっくりですね、なんて笑っていて。
これだけで済めば本当に良かったのだけれど。



トリガーTの引きはここに続いていたのでした。まさかの森山と同じマンションという。
そして秋山の彼女を自分が知らないわけないという辺りが森山。笑

<18/10/19>(17/4/16)