Trigger-a:04






「如月さん、彼氏と別れて一年以上になるよね?」

当たり障りのない世間話が一旦落ち着いたかと思いきや、脈絡もなくいきなりそんな話を振った森山にさつきが固まった。
勿論秋山と向井だってギョッとする。

「いやー、分かるよそれ位。よく来てた彼氏の姿が急に見えなくなって。それからひとりでしょ?」
「…………」
「あ、男連れ込んでるのを俺が見てないだけか?それに外で遊んでたら分からないし。そろそろ特定の男欲しくなってきた感じ?」
「おい、」
「森山!」

「で、何で秋山なの?さっき聞いたけど嘉月と仲良いんだって?秋山とは本当に偶然出会ったの?」
「…どういう意味ですか…」
「だってさあ、秋山とも偶然で、広瀬とも偶然?まっさか〜」
そんな偶然あるもんか。

「嘉月に頼んで仕組んだんじゃないのかと聞いている。女は得意だろう、つるんでそういう事するの」

秋山が制止しようとした時、
「弥生の事知ってるなら、そんな子じゃないって分かりますよね、森山さん。撤回して下さい」
怒りを含んだ静かな声が響いた。

「そうですね、彼氏と別れて一年以上っていうのは合ってます。捨てられました。向こうの浮気で。子供が出来たんですって」
婚約直前だったんですけどね…
ふっと自嘲気味に笑う。

「死にたい位辛かったけどそれも少しずつ忘れてきて…秋山さんと広瀬さんが連れ出してくれるから最近は楽しくて。でも私はおふたりといていい女じゃないんですよね?男連れ込んでそうだし外で遊んでそうだし。……森山さんのお話だと、相手の過失で別れた女は”次はちゃんとした『特定』の彼氏が欲しい”と思う権利もないんですね」

「でも、そもそも御社の皆様、私にどうこう言える立場なんですか?」
社名に近付いてくる女ばっかりだって、嘆く気持ちも、自分や仲間を防衛する気持ちも分かります。
私もそれは気の毒だなって思う。
でも社名を利用して近付いてくる女の子を食っては捨ててるのだって知ってます。
その上中出ししないからいいよねとか、出来たら下せばいいとか。
それは人としてどうなんですか?

「「「………」」」
「割を食うのはいつも女ばっかり…」

「そうですね、よく分かりました。私が”皆さんが女の子連れ込んでる所を見たことがないだけ”で、”外で遊んでいるのを知らないだけ”なんですよね」
「勤め先が良いだけで何様のつもり?インぺリオの人って社外の人間をなんだと思ってるの?思い上がりもいいとこだわ。ステイタスがあったって中身がないなら意味がない」
「社名が社名がって女に文句ばかり言って人のせいにして、社名に一番拘ってるのは自分たちじゃない」

鞄を持って立ち上がると、

「みっともない」

そう小さく言い捨て、
「さよなら。……ありがとうございました」
男三人が呆然としている間にさつきは立ち去ってしまった。






「森山、お前が悪い」
「ハイ…」

秋山が席を立ったのを見送り、また悄然と項垂れる森山を見て、向井は流石に溜息をついた。
あれだけ罵倒(だろう)されても、向井の同情心は寧ろさつきの方に向いていたのだった。
あんなこと、言いたくなかっただろうに。
言わせてしまったこちらに過失があるとしか思えない。思えないというか、事実そうだし。

それに…
(かわいそうに…)
婚約直前に相手の浮気が原因で別れたとか、いい感じになりつつある男の前では言いたくなかった筈だ。
本当に申し訳なさと同情心しか湧かない。


「広瀬とも本当に偶然なんだよ。あいつが彼女を見つけた時俺も隣にいた」
アルマダのカウンター席で菓子くわえたまま一心不乱に仕事してて、面白い子いるなって、その後だって広瀬が声を掛けなきゃ今には至ってない。
「秋山の方は…プレゼン資料が入ったカバン忘れたのを届けてもらったって聞いたことないか?」
「ある…」
「それ届けたのが如月さん。昼休み終わる直前だったのに、態々走って追いかけてくれたそうだ」
広瀬秋山と仲がいい嘉月と親友だと言っても、これを仕組むのは流石に無理だ。

「会社が知れても何時まで経っても連絡先は聞かれないまま、それで困ったのは広瀬と秋山の方」
知り合って半年程経とうとしているのに、連絡先を交換したのはつい最近だ。
そして食事に行く時は安くて美味い所、それも常に割り勘で。
「取り繕わなくていいから、あの子の側は居心地がいいんだと」

「繋がっていたいと思ってるのは寧ろあいつらの方だよ。セクハラで困ってると知って、遠慮するのを押し切って助けに入ったのもあいつら」
「セクハラ?」
「付き纏いもされてたらしい。今日如月さんが秋山を呼び出したのはその決着がついたっていう報告の為」
「マジですか…」
「マジですよ。それをお前…」
最後の言葉は「さようなら、ありがとうございました」だった。それって。それって…
「………うあー…ごめーん……」


「俺だって秋山の邪魔したいなんて思ってない。でもこれだけ色々重なってて”偶然”って、誰が信じるんだよ…」
目に見えて落ち込んでいく森山に向井は苦笑した。
まあ、秋山を誘うダシにされる事の多い森山の気持ちは分からんでもないのだが。
たださつきだって少なくとも三回は会社の人間に嫌な思いをさせられているのだ。
三回?と反応した森山に向井は肯首する。
「一度目は広瀬秋山と飯食ってる時に女子社員が乱入して”邪魔だから出て行け”、二度目は俺が品定め、三度目は森山」

―――インぺリオの人って社外の人間をなんだと思ってるの?

そりゃあ、ああも言いたくなる。
(勤め先が良いだけで何様のつもり、思い上がり、みっともない…か。確かにそうかもしれんなあ)
社会に出てから仕事以外でここまで突き刺さる苦言を呈されたのは初めてだ。

「女の子にサイテーな事言ったし、言わせた…」
「そうだな」
「本当は俺もあの子が親切ないい子だって知ってる」
「うん。後で謝れ。ジャンピング土下座コース。秋山にもな」
「ハイ…」


さつきちゃんがキレたー。こう見えて私森慶大好きなんですよ…ホントです…
そして彼があっちこっちで出てくる例の元彼です。<18/10/26>(17/4/17)