Trigger-a:06






秋山は森山と向井の方はいいと言っていたけれど、本当に大丈夫だろうか。
さつきが尋ねると「そんなに気になるなら」と一言置いて、秋山はテラス席に腰を落ち着ける前にスマホを手にした。


少し離れた所に移動した秋山を視線で追えば、すぐに繋がったのか二言三言、その内軽く笑う様子が見えた。
悪い雰囲気ではない様子にさつきはホッとしたのだけれど、
(秋山さんはもう少し言葉を選んだ方がいいと思う…)
そんなことを思いながらカップコーヒーに口をつける。

傍にいさせて欲しいとか、一緒にいられたら嬉しい、とか。
(な、何て言うか…)
広瀬とはまた違う感じでドキドキする。


秋山本人は口にはしないけれど、忙しい人だというのは分かる。
弥生は秋山の事を「同期の出世頭で幹部候補」だと言っていたけれど、仕事が出来る人なのだろう。こういう人には仕事だけではなく周囲からの期待も集まる。
勤め先云々を措いても、後輩や女子からしたら普通にカッコ良く映るし、一般的に見て憧れられる部類の人だと思う。
社名なんて関係なく秋山その人に引き付けられて近付いてくる女性だって、きっと沢山いるだろうに。
秋山だけではなく、広瀬にだって。


先ほど晩御飯を一緒にとりながら取引先のあの男の処分が下ったと報告した時、秋山は本当に喜んでくれた。
男は所属会社でも色々とやらかしていたようで、今回の事を切欠に社内の女性からも苦情が噴出。
中には酷い話もあったようで、譴責や減給では済ませられない雰囲気だったらしい。
ただ辞めさせてしまうとまた違う問題が起こりそうだからと、出勤停止の懲戒処分になり、それがあけたら飛行機の距離への転勤。
さつきへの接触禁止を始め職場で関わる女性への態度が今までと同様であるなら、更に厳しい対処も視野に入れていると本人には伝えている。

そう向こうの偉い人から伝えられたことを、さつきがそのまま口にすれば、
「俺も広瀬もこれでお役御免か」
秋山は小さく笑ってそう零したのだった。
確かに飛行機移動の距離に転勤になるのなら、もう送り迎えは必要ない。
秋山も広瀬も負担だっただろうに長い期間付き合ってくれて…
さつきが改めて礼を言葉にしようとした時、

「喜ばしいことなんだが…頻繁に誘う口実がなくなったな」

びっくりして隣席に座る秋山を見れば、苦笑いを返されてしまった。

「そんな…口実なんてなくったって。秋山さんの都合が良い時に声掛けてくれたらいつでも」
「如月さんからは誘ってくれないのか」
くすくす笑いながら秋山はそんなことを言う。
「明らかに自分より忙しい人には声掛け辛いんですよ?分かります?」
「誘ってくれたら調整するよ」

そこで気付いたのだ。
以前は待ち合わせをしなくてもアルマダで会えていて、その時の流れで夜の予定が決まることだってあったから、別段連絡なんて必要なかった。
今回のセクハラの件以降も、ふたりが送迎すると決めてくれていたから会えていたのであって。

(あ…そっか…もうその都度約束したり誘わないと会えないんだ)
忙しいからと遠慮して誘われるのを待っていて、今後連絡って来るのだろうか。




「如月さん」

声を掛けられ思わずびくっと反応したさつきに秋山は少し首を傾げたが、
「森山が本当に悪かったと謝っていた。向井も。直接言えと言ったんだが、”いずれちゃんと謝りに行く、今は嫌な思いをさせるかもしれないから伝えてくれ”って」
「………」
「ふたりには俺から良いように言っておいたから、もう気にしないで欲しい」
そう重ねられて、さつきは頷いた。

秋山も森山が彼絡みで嫌な思いをすることがあると言っていたし…積み重なるものがあったのだろう。
投げつけられた言葉には本当に嫌な思いをしたけれど、自分と同じで八つ当たりに近いものだったのではないだろうか。
何よりさつきは階上のいい部屋に入っている森山が結構親切なことを知っている。

「しかし、まさか森山と知り合いとは思わなかった」
マンションが同じだと気付いたのは結構前だったらしいが、まさか顔見知りだとは。
どうやって?と尋ねられ、さつきは笑った。
「初めは挨拶だけだったんですけどね、顔と名前が一致した頃から近所で結構会うってことに気が付いて」

エントランスで粗大ごみを運び出すのに四苦八苦していたら偶々通りかかった森山が助けてくれたり…スーパーで鉢合わせした森山が「見てるこっちが重い」とか言ってお米を持ってくれたこともあった。
さつきはさつきで森山の集合ポストに新聞が溜まっていたのを回収して管理人室に預けたことがあり、その時は出張前に止め忘れていたと、後で手土産つきでお礼を言ってくれた。
そんなこんなで今ではお互いに良いご近所付き合いをしているとさつきは思っている。

「そうだったのか」
「そうだったんです」
だから、森山が悪い人ではないということは知っている。
しかし…

(知られたくない話知られちゃったなあ…)
売り言葉に買い言葉で口を滑らせた自分が悪いのだけれど、元彼の浮気に酷く傷つけられて別れた、なんて。
自分の周辺の本当に限られた人しか知らなかった事なのに。
さつきは視線を落とすと溜息をついて黙り込んでしまった。

「見る目のない男だったんだよ、如月さん振って他の女に走るなんて」

隣に座る秋山の突然の言葉にさつきは顔を上げた。
「だってそうだろう」
そうだろうと言われても。
「君は優しくて思い遣りがあるし、一緒にいてホッとする。一緒にいて楽しい」
「…………」
「それにメシも美味い」
何ですかそれと思わず吹き出せば、秋山も小さく笑った。
「浮気でくっついたようなのはどちらかの心変わりでまた壊れるよ。それにそんな男に君は勿体無い」

「……私が悪かったんですって」
「ん?」
「私がもっとちゃんと相手してたら浮気なんかしなかったって」

そうは言っても、元彼と付き合っていた最後の一年ほどは土日でも仕事に出る時があったし、酷い時は休日に呼び出されることもあって本当に忙しかったのだ。
それでも自分の帰宅時間が遅くても家に来ると言われたら夕食の用意をして、当然のように洗濯物も出してくるから洗ってアイロンをかけて。
朝は朝で時間ギリギリまで寝ている元彼の朝食の用意までしていた。
平日は帰って来る時には疲れてしまって、休日だってできたら休みたいし自分の事もしたい。
でもこちらが原因で一緒にいられる時間が少なくなっていたからせめて出来ることはと、結構無理してやっていたつもりだったのだけれど。

「それで相手されてないって?嘘だろ…」
秋山の驚いたような呟きが耳に入り、さつきは苦笑する。
最後の方は恋人らしいことなんて全然できなかったし、元彼にとって自分は彼女というより…

「家政婦、だったのかなあ…」


<2018/11/9>
そりゃかわいそうだー別れて正解だー。秋山はさつきちゃんち訪問初回時には疲れ切っていて森山と同じマンションと気付いていません。広瀬の後ついてきた感じ。…という設定です。すいません書き忘れてました。笑