家政婦。
口にしたさつきよりも、秋山の方が傷付いたような表情をした。
「同じ会社の女の子に何回か手を出して、そしたらできちゃったって。問い詰めた時の言い訳は”会えなくて寂しかった”、”忙しすぎるお前が悪い”」
「そこまでしてもらっておいて」
しばし絶句した後、「二股掛けた人間が言う事か」、そう呟いた秋山にさつきは苦笑した。
そう言ってもらえたらまだ救われる。
「その時は本当にショックでしたけど、今は別れられて良かったって」
前に弥生に言った通り、最近は存在さえ忘れていたのだ。
「忙しかったっていうのもあるけど…秋山さんと広瀬さんと会ってから、思い出す暇なんて全くなくなっちゃって」
あははと笑って口にすれば、秋山もそうかと小さく笑ってくれて、さつきはほっとしたのだが、
「それでね、秋山さん」
少し言い辛そうに口籠れば、何?と問い返され、
「……今度いつ会えますか?」
思い切って伝えた途端に秋山が咽てしまった。
その反応にこちらが驚いたのだけれど、同じく驚き顔の秋山とばっちり目が合い、さつきは思わず視線を泳がせる。
「今までは秋山さんたちが決めてくれてたから特に約束しなくても会えてたけど、あの、会う口実が無くなったっていうのは私も同じで」
「……」
「私から誘わないと今迄みたいにはもう中々会えないのかな、って」
「……」
「おふたりといると楽しくて、会えなくなるのはちょっと…」
寂しい。
小さく聴こえた呟きに、秋山は思わず口許を手で覆った。
自分でもさつきに似たような事を言っていたのに、いざ自分が言われる側になるとこんなにも面映ゆいものだとは思わなかった。
(やべ…)
今日初めてさつきから予定を窺う連絡が来たことといい、こんな風に言ってくれることといい。
正直言って嬉しい。
にやにやが顔に出そうになるのを咳払いでごまかして口を開こうとした時、
「さつき」
声の方向に視線をやると、見知らぬ男がこちらに歩いてきた。
にこやかに軽く弾むような感じであったから、知り合いかと隣に座る彼女の様子を窺ったのだが。
それと分かる程にさつきの顔は強張っていて、男が一体何者なのか容易に分かってしまった。
(こいつか)
元彼は。
「ここに来たら会えるんじゃないかと思って…正解だった」
「………」
「すっげー会いたかった。さっきから何回も連絡してるのに繋がらないし、どうしてた?」
「何しに来たの」
「冷たい事言うなよ。会いたくて来たに決まってるだろ」
「私はもうあなたの顔なんて見たくない」
心底迷惑そうに、きつい口調で邪険にされているのにも関わらず、男は彼女に話しかけるのに夢中になっている。
隣にいる秋山の存在は全く目に入っていないらしい。
「なあ、そう言わずに部屋に上げてくれよ。話したいことがあるんだ」
「私にはない。さっさと帰って、迷惑なの」
「何でだよ、お前あんなに俺のこと好きだったじゃないか」
横で聞いていて秋山は頭が痛くなってきた。
(え、えーと…?こいつが浮気相手妊娠させて別れたんだよな?)
伝聞でも何でもなく、ついさっき本人から聞いた話だ。間違いない。
この男、普通に考えればその後結婚でもして、赤ん坊がいるはずだろう。
しかしこの様子はどう見てもよりを戻しに来たとしか思えなかった。
よりを戻しに?
いや、それはそうかもしれないが。
…………。
(”都合のいい女”…)
ふと浮かんだ言葉に秋山は顔を顰めた。
しつこく食い下がる男に怒りを覚えてきたのか、テーブルに置かれたさつきの手は少し震えていた。
すっと手を伸ばしそれを柔らかく握れば、驚いた顔がこちらに向けられる。
「帰ろう」
手を握ったまま笑いかけ、そのまま立ち上がるとさつきも釣られて立ち上がった。
彼女に連れがいたことに男は今更ながらに気付いたようで、やや怖気づいたもののやがて秋山を睨め付けてきたのだった。
それをスルーしてさつきの手を引き、さりげなく男から遠ざける。
「どうする?」
「…帰る…」
分かったと小さく口にすると、あからさまに彼女の表情がホッと緩んだ。
軽く背中に触れ先を促した途端、後ろから「おい!」と制止の声が上がる。
「お前…誰だよ」
「昔の男が何の用だ?今彼女と付き合ってるのは俺なんだが」
分かり易く動揺する様子を鼻で嗤えば、照準がさつきに向く。
「嘘だろさつき!浮気かよ!」
「え、何言」
「は?」
あまりの言い様に秋山の口からはさつきの声をかき消す程の声が漏れ、男がやや怖気づいた。
「あんた自分が何をしたか、覚えていないのか」
「………」
「自分が望んで浮気して、自分が望んで別れたんだろう。酷いやり方で」
「なっ」
反論しようとするので「違うのか」と畳み掛けるように言うと口ごもる。
自分が捨てたという後ろめたさの欠片くらいはあるらしい。
「それを今更言い寄ってきて部屋に上げろ?挙句の果てに浮気かって」
幾らなんでもそれはないだろうよ。
秋山は吐き捨てるように軽く嗤った。
「…邪魔をしないでくれないか。そしてもう二度と俺たちの前に現れるな」
<20181116>