Trigger-a:09






(…まずった…)

秋山は顔に出さないままそう思った。
自分から女性の家に上り込んでおいて何だが、こう…むらむらと。

だが目の前にいるさつきを、今どうこうしたいという思いは秋山にはなかった。
セクハラが解決したその日に、謝罪はあったものの知人から酷い言葉を投げられて、その上であの元彼だ。
「さつきは凄く男運が悪い」と言っていた合コン女王の言葉を思い出す。
その通りだった。
これには秋山でなくても同情するだろうし、幾らなんでもかわいそうだ。

しかしそう思う一方で、今のように素直に甘えて自分の手に頬を摺り寄せるさつきの姿を秋山はかわいいと思わざるを得なかった。
泣いてしまうほど彼女が悩んでいる中でこんな事を考えるのは、不謹慎だなとは、思うのだが。
(ああ、広瀬、これは確かにかわいいわ…)
今なら広瀬が「つい、かわいくて」と頬にキスした気持ちが今更ながらによく分かる。

ふと、秋山は思う。
広瀬は彼女の手を握り、抱きしめ、キスまでしているが、彼女は広瀬を拒絶する素振りは見せなかった。
自分は彼女の手を握り、頬に触れた位だが、やはり彼女には拒絶の色は見えなかった。
そして―――

―――今度いつ会えますか?

(………)
これには正直言ってぐらっと来た。
広瀬の事は好きなのだろうと思っていたが、自分にまでこういう言葉がかけられるとは。

「彼女が俺の事を多少気にしてくれているというのは、そうだと思う」
「でも俺の目から見たらお前もだよ、秋山」


広瀬の見るところは正しかったらしい。



「秋山さん?」
「…ん、あ、ああ」
ボンヤリしていると声を懸けられ、そうだったと思う。
合鍵は渡していないという話だった。なら家の中で待ち伏せという線はないのだろう。
しかし…

「オートロック越えて玄関前で待っているとか、そういうことは?そこまでしそうな男?」
「…新しい”彼氏”がいて、あそこまで厳しく拒絶されたら、普通はもう」
諦めるのでは?
しかしそう言う彼女の顔には不安がありありと浮かんでいる。
秋山は視線を上げると顎をさすった。

カフェで隣にいた秋山にさえ気付いていなかった様子。
自分のことを棚に上げて「浮気か」と相手を責める無神経。
「あんなに俺のことが好きだったじゃないか」と言える自意識過剰。

(………)

あの男はまださつきに少なからず未練…というか執着があるのだろう。”彼氏”がいない時を狙って一度は必ず会いに来るような気がする。

はあ、と内心で溜息をひとつ吐く。
(どうして浮気なんかしたんだか…)
こんな子を彼女にしておいて。
本当にそう思う。

「森山の連絡先は知ってる?」
秋山が尋ねればさつきは首を左右した。
知っているのは部屋番号ぐらいのようで、顔見知りの住人という程度ならそんなものだろう。
「今から一緒に森山の家に行こうか」
そう口にすると少し躊躇いは見せたものの、さつきはすぐに頷いた。

森山に話を聞いてもらっておいた方が何かと都合が良いだろう。
知っている人間が近所に住んでいるのは、さつきにとっても秋山にとっても心強い。
ふたりが同じマンションだと知った時は”面倒臭い”以外の何物でもなかったが、こうなってくると話は違う。
我ながら現金だなと、秋山は内心笑ってしまった。


短くてごめん
(18/12/01)(18/3/18)