Trigger-a:10






『−−−−』
「うん、」
『−−−−−−』
「…ん、大丈夫」
『−−−−』
「え?えー?」

電話先の相手と話しながらさつきの口元は次第と緩んでいき、ついには「あはは」と明るい笑声が漏れた。
(笑った)
(笑ったな)
(ああ)
男三人はいくらかほっとした面持ちでその様子を眺めていた。


秋山がさつきを連れて森山の家を訪ねると、主と共に向井も出迎えてくれたのだった。
お互いに謝り倒した後、カフェで別れてからさつきに起きた出来事と事情を打ち明ければ、森山はすぐに、
「何かあったらいつでも、電話でも、ここに来てくれてもいい」
と言い添えて、さつきと連絡先を交換していた。
親友ながらありがたい。

そして粗方の話が終った所で着信音が鳴り響いたのだった。さつきのスマホだった。
このタイミングであったから彼女は一瞬びくっとしたものの、画面に映る名前を見て表情が和らいだ。
「広瀬か?」
秋山が声をかければ笑ってさつきは頷き、出ていいですか?と一声かけて席を外した姿を目で追えば、

「…広瀬?」
「あいつもしかして毎日掛けてるのか」
「電話?わざわざ電話?」
森山と向井がこそこそと聞いてきて、秋山は苦笑いした。
さつきから掛ける時もあり、とにかく二日と空けず話しているとふたりともから聞いているから、毎日に近い頻度ではあるだろう。
ある程度の事情を知っている向井は呆れたように笑っていたが、森山にはやや驚きであったようで、
「…本当にいつもの”お付き合い”じゃないんだ…」
なんて口の中で呟いていた。


しかし。
「あの、それでね広瀬さん、」
『ん?』
「えと、…」
笑っていたさつきのトーンが次第に下がり始めた様子に、秋山は立ち上がったのだった。
「俺から話してもいいか」
込み入った所も、と確認すれば、さつきは申し訳なさそうに頷いてスマホを差し出してくる。
セクハラの一件が終ったと思ったその日にこれだ。
彼女の口からは流石に伝え辛いだろう。彼女に過失はないにしても。

「お疲れ、広瀬」
『秋山?一緒にいたんだな。悪い、邪魔したか?』
いや、問題ないと言いつつ、秋山は小さく笑った。
(こういう奴だよ…)
成り行き上仕方なかったとはいえ、以前広瀬が彼女としていた食事の約束をフイにしたのは秋山だ。
こういうことはお互い様だと思うのだけれど。

『…それで、何があった?』
様子が少しおかしかったから、と言葉を重ねた広瀬に事情を淡々と説明すれば、
『彼女、笑っていたが大丈夫か』
「………」
向井と森山がさつきに話しかけている様子にちらりと視線を流し、秋山はさり気なく廊下へと移動した。


静かに移動した秋山を横目に見ながら、向井はさつきに話しかける。
広瀬からの連絡うざくない?とか結構酷い内容ではあったけれど、いくらかさつきを笑わせた上で、
「嫌じゃなければ相手の名前と勤め先を教えてもらえるか?」
そう言えば聞いていなかったと思ってと繋げたのだが、さつきが口にした元彼の情報に、
「………」
「………」
向井と森山は顔を見合わせたのだった。
「あー…それなら」
「もし元彼がしつこいようなら、なんとかなる」
向井はそう告げ、はてなを飛ばすさつきの肩を軽く叩くと、「ちょっとごめんね」、廊下で話す秋山のもとへ向かった。


「あ?そうなのか。…確かにそれなら」
何とかできると、やや驚いた表情で答えた秋山の様子に、この男も聞いていなかったのかと向井は思う。
まあ、聞いていたなら自分達に説明していただろうが。
(随分入れ込んでんなー)
いつもの秋山なら既に聞いていそうなものなのにと向井は思わず笑ってしまった。

『そこにいるの向井か?』
飛び込んできた声にスマホを渡され、
「おう、広瀬お疲れ。お前いつ帰ってくるんだよ」
『来週な』
やっとだわーと笑う相手を、
「声だけじゃ足りないってか」
ぼそっと吐いた言葉で黙らせてしまった様子に隣の秋山が噴き出した。
「まあ…早めに顔見せてやれよ。お前らふたりが揃ってりゃ彼女も余計に安心だろうし」
『…ああ』
「秋山から聞いたと思うが、森山に協力させるから」
上から目線の言いように広瀬も笑う。

「あと、やりようによっては今回も相手は地獄を見るぞ〜」
そう口にした途端、いっぺん地獄見せた方がいいんじゃないかと秋山が冷ややかに呟く。
勿論セクハラや不倫まがいのことを持ちかけてくる相手が悪いのだから、そう言われたって仕方ない。
それにさつきから聞いた経緯を思うと、相手だって地獄ぐらい見ればいいと思うのは向井だって同じだった。

「まあ、そうなるかどうかは相手の男次第だな」
『そうか…分かった。悪いが宜しく頼む』
一旦彼女に代わってくれるかと言う広瀬に応じてさつきを手招きしてスマホを返すと、男ふたりはリビングへと戻ったのだが。


少しいびつな笑顔でありがとうとスマホを受け取ったさつきの様子に、ん?と秋山は内心首を傾げてしまった。
思い当たるのは…

「森山、お前また何か言ったのか…」

向井も同様に感じたのか、森山への視線は(あーあ)というやや冷たいものだった。
「やー…何かというか、別に悪気があった訳じゃなくて、純粋にだな…」
若干言い辛そうに口にした森山の言葉に、
「……森山……」
秋山はがくりと項垂れたのだった。


「確かに森山もどうかと思うが…しかし秋山、お前さ、実際の所どうなの」
「あ、それ俺も聞きたい」
「お前も広瀬もだよ。彼女はひとりしかいない」
「あー…」

向井の直截な言いように秋山は苦笑いした。
向井の言いたいことは分かる。
秋山も広瀬も彼女といられたらいいと思っていて、それをお互いに知っているし認めている。
そして広瀬と彼女がふたりでいる所を邪魔しようとは思わないし、彼女が電話で嬉しそうに話しているのを見ても嫉妬も湧かないのだ。
自分でも不思議ではあるのだが。
これは恐らく広瀬も同じだと思う。

「それはまた…」
「しかし彼女はどうなんだ」
「広瀬のことも俺のことも好きだと思う」
「真顔で冷静か」
すかさず突っ込んだ向井に森山が声を出して笑った。
「恋敵?」
「…いや…何だろうな…」
ただ彼女が広瀬を選んでも嫌な気はしないのは確かだ。
これが他の男だと話は別だが。

「全員が納得してるなら良いけどな。…泣かすなよ?」

分かっていると秋山が頷いた所で戻って来たさつきに、
(この子も面倒な奴らに好かれたもんだなあ)
向井と森山は顔を見合わせて苦笑した。


お久しぶりの広瀬君 <18/12/18>(18/03/26)