Trigger-a:11






請われて元彼の話をしたら、向井と森山は顔を見合わせて、
「あー…それなら」
「もし元彼がしつこいようなら、なんとかなる」
そう口にした。
「え?」
首を傾げたさつきに向井は笑いかけただけで席を立ってしまったが、
「あのね、如月さん」
引き続き森山が教えてくれた情報に、さつきは更に目を丸くしたのだった。


「あの、何とかなるって…もしかして」
脅迫になりません?
「なるね」
恐々口にしたのにあっさりと肯定されて不安が顔に出たのだろう、森山はさつきを安心させるように、大丈夫だと明るく笑った。
そして。

「あー…あのさ、俺、多分君の元彼とその相手知ってるんだよね…」
「えっ」
そんなことを言い出した森山にさつきは酷く驚いてしまったのだった。
「”彼女とその相手”と言った方が正確かも」
聞けば森山は彼女の名前と彼女持ちの男を略奪して結婚したという経緯だけを知っているようで、それがさつきの元彼だとは、流石に思っていなかったらしい。当然だろう。

「その子は合コンで条件のいい男探し回ってるって仲間内では結構有名だった。それが結婚したっていうだろ?…しかもえぐいやり方で」
「えぐい…」

”出来てしまった”という既成事実で彼氏を持っていかれたと分かった時点で大体の想像はしていたのだけれど。
森山の様子にさつきの推測は確信に変わった。
きっと相手の方が計画的に避妊に失敗したのだ。
しかしどうして森山がそんなことを知っているのだろう。

「聞いてもいないのにそういうことを教えてくれる女子は結構いるんだよ」
元彼の相手の行為には勿論ドン引きする。
それに本来なら伏せるであろう知り合いの内情を他人に伝える女子にも、男はドン引きするのだが。

(それは…私警戒されても仕方ないな…)
カフェで森山に吐かれた言葉を思い出してさつきは瞳を伏せた。
こういう事も含めて女子独特の嫌な面を、森山は今まで沢山見てきたのだろう。

「浮気は、する方が悪いんだ。だから如月さんの元彼が悪いと思う。ただ、なんつーか…引っ掛かった相手が悪かったというか」
森山は軽く頬をかきながら、男としては若干同情はしてしまう、と言い難そうに小さく漏らした。
「…相手の子といるのに疲れたんじゃないか、元彼」

しかし、
「それでも浮気しない奴はしないんだ。君は別れて正解だったと思う」
そう言われてさつきは顔を上げる。

「浮気して子供まで作って君と別れたのに、今度はそっちをおいて君に会いに来た。奥さんが子育てで大変な時で、普通なら早く帰って何か出来ること手伝おうとか、子供の顔見たいとかさ、あるだろ。それを元カノに会いに来てあわよくばって、なあ…」
「………」
「経緯はどうあれ、これって妻から見たら”浮気”だろ」

同意を求められてひとつ頷いた。
経緯はどうあれ…というか、経緯が経緯なだけに相手は単に浮気ではなくて、不倫と考えるのではないか。

「……もし如月さんが彼と結婚していても、同じ事が起きたんじゃないか?」

言い難そうにしてはいたが、森山の言う通りだとさつきは思った。
元彼はさつきの忙しさを浮気の理由にしたのだから。


「秋山はそんなことしないよ」
「え?」
「寂しさや忙しさを理由にそんなことしない。その点は安心していい」

さつきは一瞬固まった。
だって。

「気にならないかな」
「………」

森山の問い掛けに頷くのは秋山を好きだと言うのと同義な気がして、黙り込んでしまう。
森山はきっと広瀬との事も聞いているだろう。
だから頷いた時に彼にどう思われるのか、そう考えるとどうしても点頭できなかった。
それに秋山と広瀬、ふたりともが気になっている今の自分の状況に後めたさを感じるのも確かだった。

「あー…ごめん、別に試しているとかじゃなくて、純粋に」
「如月さん、広瀬が呼んでる」

急に掛けられた声にさつきは弾かれるように立ち上がると、そのまま返事もせずに廊下へと向かったのだった。



『大丈夫か?相手が家を知っているから少し怖いと思うけど、秋山がいれば大丈夫だよ。向井も森山もいるし』
「うん」
『あいつらなら頼って大丈夫だよ。俺もそっちにいられたら良かったんだが…』
「いつ…」
『ん?』
「いつ帰って来るの?」
電話先で広瀬が黙り込んでしまって、さつきがごめんなさいと口にしかけると、いや、違うんだと遮られる。

『来週帰るよ』
「来週」
『ああ、その時は電話じゃなくて会いたいな』

そのまま頷くことに躊躇いを感じてしまい、
「広瀬さん、あの、私、」
今伝えたい言葉がありそうなのにそれを見つけられないまま話を続けようとすると、
『秋山はいい男だろ?』
唐突に言われて、え、と問い返す。

『だから、惹かれるのは分かるよ』
「………」
『それで、俺の自惚れじゃなければだが、…君は今、俺と秋山の間で少し困ってないか?』
「どうして…?」
分かってしまうのだろう。

そう思った途端、ふっと小さな笑い声と共に「分かるよ」と言われた。ごく自然に。
『周りがどう思うかなんて今は考えないで。俺も秋山も好きで君といる』
「…うん」
『大丈夫だから』
「うん」
広瀬の言葉に少しだけ心が軽くなってさつきは小さく口端を上げた。

「あのね、広瀬さん」
『ん?』
「秋山さんと一緒にいるの、楽しい。でも広瀬さんが帰ってくるのだって楽しみにしてるんだよ」

耳元で柔らかい笑声が響いた。


森山が良くも悪くもキーパーソンになっております。当初の予定と違う…
<2018/12/16>