Trigger-a:12






くつくつ煮える鍋を覗き込みながら、さつきはぼんやりしていた。
森山の家に秋山らと集まってから数日。
特段何も起こらず、元彼も姿を見せるでもなく。
一時の気の迷いでやって来たものの、冷たいあしらいのさつきと、さつきに”彼氏”がいる様子に流石に元彼も現実を悟ったのでは、なんてさつきは思った。



あの日広瀬との電話を切った後、森山からは謝り倒されて、秋山と向井からも謝り倒されてしまった。
気にしてない。
そう伝えたら三人共があからさまにホッとしたような表情をして、さつきは却って自分が悪いことをしてしたような気になってしまったのだった。
森山は秋山と、恐らくさつきの後押しもするつもりで、秋山の行状を口にしたのだと思う。
純粋に、悪気なく、好意で。
それ位はさつきにも分かった。
だから秋山は浮気なんかしない誠実な男だと、言外にそう言ってくれた森山に素直に答えられなかったのは、さつき自身の問題なのだ。
森山のせいじゃない。

ーーー君は今、俺と秋山の間で少し困ってないか?

広瀬にそう指摘されたけれど、本当にその通りだった。
ふたりの間に挟まれて、三人でいても、どちらかひとりといても良い時間を過ごして。
秋山と広瀬は自分に好意を抱いてくれていて、さつきもふたりそれぞれに対して恋愛感情での好意が生まれてきている。
それが酷く胸に引っ掛かり始めていた。
自分がふたりを天秤にかけているような気がして。
相手には誠実さを求めるのに、その自分が一番誠実ではない気がして。

多分広瀬はそんなさつきの心の動きに気が付いていた。
板挟みのようになっているさつきの状況を言い当てた上で、「大丈夫」「周りは気にするな」と言ってくれたことがその証拠だった。
けれど謝ってくれた三人は…、秋山はどう感じるのだろう。

近いから大丈夫と遠慮するのを押し切って、秋山は森山の家から玄関先までさつきを送ってくれた。
「俺が送りたいんだ」とまで言い添えて。
その優しさにもやもやして、さつきは森山宅へ戻ろうとした秋山を引き止めて思っていることを口にしたのだった。

本当に森山の言葉に気を悪くしたのではないこと。
寧ろ良かれと思って秋山の事を教えてくれたのだろう森山に対して、
「少し後ろめたくて」
「……」
どうして後ろめたいのか、なんて。
言葉にしなくても秋山には分かったようだった。

「如月さん、それは……俺の良い様に取っていいんだろうか」
「………」
「広瀬の事だけじゃなくて俺の事も気にしてくれていると、取っていいか」
はっきりと答えを求められ、躊躇いはあったものの頷くと秋山は微笑った。


あの時秋山は何を言うでもなく柔らかく笑って「ありがとう」と口にした。
驚いて、逸らし気味であった顔を秋山に戻せば、ぱちりと視線が合う。

「秋山さんも広瀬さんも、私のこと嫌な女だって思いませんか」
「どうして」
「だって私、ふたりのこと天秤にかけてるみたいで」
軽い女だと思われたくないとか浮気で傷ついたとか、今迄散々口にしてきたのに。
自分でもどうかと思ってしまう。

「俺も広瀬も、そんな風には思っていない。俺たちふたりが好きで、望んで君といる。それに…」
男ふたりからするとさつきが天秤にかけているのではなく、ふたりで囲い込んでさつきを今の状況に置いていると感じている。

告げられた言葉に驚いて目を瞠れば、秋山は苦笑した。

「俺たちは互いに君の事が好きだと知っているし、変かもしれないが、認めてもいる」
「………」
「広瀬はいい男だろう?」
問われて頷いた。
「俺もそう思う。だから広瀬ならと思うし、…それに不思議とあいつを出し抜こうとは思わないんだよなあ…」

「…私たち、普通とはちょっと違う様子になってますね」
「ああ。ただそれが嫌だとか不自然だとか、そんな風には感じない。寧ろ居心地がいい」
「………」
「だから、大丈夫だから」



自分たちが好きで傍にいる。大丈夫。
そして相手の事をいい男だと笑って口にしていたこと。
示し合わせたわけでもないだろうに、ふたりともが同じことを言っていた。
恐らくさつきを含めた三人ともが、三人でいることに違和感を持っていなくて、しかも居心地の良さを感じている。
(大丈夫、か…)
当事者である広瀬と秋山が揃ってそう言ってくれるなら、そうなのかもしれない。
さつきは溜息をつくと、コンロの火を止めた。

と、その時。
ピンポン、突然鳴ったドアホンの音にさつきの肩が跳ねたのだった。
だって、今鳴ったのはエントランスのインターホンじゃない。
(家のインターホン)

最近の状況から、家を訪ねてくる可能性があるのは森山か秋山だ。
とは言え、同じマンションとは言っても森山が連絡もなくいきなり家にまで来るというのは考えにくい。
そして秋山も、さつきを訪ねてくるならまずエントランスのインターホンを鳴らすだろうし、森山宅から来たとしても…
会う機会がある時は必ず前もって連絡をくれていたから、突然、しかも家にまで訪ねてくるとは思えなかった。
それに友達とも、家族とも思えない。

恐る恐るインターホンのモニターをオンにして、そこに写った人の姿にさつきは思わず息を飲んでしまった。


ナチュラルに好きと言っていて笑う。しかも軽やかにスルー…
(19/1/26)(18/4/24)