cheer 1






※既におつきあいしている設定
※第三者目線。名前変換なし



「あー…悪い、今付き合ってる人がいるから」
合コンなら行かない。

そうはっきり断られたという話を何度か聞いた時、「ね、女子会するんだけど、どう?」と友人でもある同僚に誘われた。
二つ返事でOKして、待ち合わせ時間より少し前に辿り着いたのはいかにも女子会向きの垢抜けたバルで、もう既に何人かが集まっていた。
あれ?思ってたより人数多い…と思いながら、お疲れさまーと声を掛けて空いた席に座る。
そういえば誰が集まるのか聞いていなかったなと既に集まった面々を見渡せば、

(………)

あっちとこっちに社内でも有名なキレイ系美人とカワイイ系美人が座っている。

(あー…)

そこでどういう女子会か何となく察しがついて、改めて顔触れを眺めれば確かにそうだった。
失敗したなあと内心大きな溜め息ひとつ。
(誰が来るのか聞かなかった私が悪いけど…)
分かっていたらきっと来なかった。



あのふたりが最近特定の女性と仲がいいらしいという噂を聞いて、特定?と社内の女性社員がざわついたのはもう結構前になる。
話の出所はどこなの?誰かの適当な噂話とか、え?森山さんと向井さんがラウンジで話してるの聞いたって、私も秋山さんが森山さんと話してるの聞いた、 広瀬さんが電話してるの聞いてたら明らかに相手が女、え、なにひとりの女をふたりで取り合ってるの?……………

本社勤めの男性社員、しかもフリーのふたりには女性社員の分かり易い視線が集まりやすい。
同じ会社だから男性社員の遊び方がどれだけ派手かなんてよく知っているけれど、それを知ってもお釣りが出る位の魅力がある。
魅力の中身がどういうものかは、まあ、人それぞれだとは思うけど。


秋山さんは優秀さで社内では有名だった。
入社した時から同期の人達と比べても頭ひとつふたつ抜きん出ていて、早くから会社の中枢である戦略本部に配属された人だった。
同僚や後輩からは男女問わず純粋に憧れを以って見られる立場の人でもある。

仲のいい男性社員と談笑する姿はよく見るけれど、黙って書類に目を通していたり、喫煙所で煙草を吸っている姿は一般の女子社員からするととっても敷居が高くて取っ付きにくい。
でも恐る恐る分からない事を尋ねたり、仕事上のアドバイスを請えば、面倒くさがる様子も見せずに丁寧に教えてくれて。

話し掛ければ話題が豊富で面白いし結構笑う。
そして基本的に優しいのだろう、第一印象と世話話をする程度には気安くなってからのギャップにキュンと来る女子社員は結構いた。
その上一部上場優良企業のエリートとくれば、女子的には秋山さんはこの上ないターゲットだ。
そりゃあお誘いもあるわけで。
ぶっちゃけ多いわけで。

でも食事やお酒の席に付き合ってくれても、秋山さんはそれ以上は絶対に進まないし、進ませないのだった。
酔ったフリした女の子がその積りでしなだれかかっても、気付いたら呼ばれていたタクシーに押し込まれて、ハイさようなら。
ふたりきりの積りで行っても気付いたら複数になっていて、それも家の方向が同じ女の子が必ず誘われているから、甘い雰囲気に持ち込もうなんてとてもとても。
それでもと鉄壁の砦に挑戦しては撃沈者が何人も出る中、とある飲み会で、

「なあ、俺で賭けかなんかやってんのか?毎回毎回タクシー代がバカにならないんだが」

呆れを通り越し迷惑だとでかでかと書かれている顔に、その場にいた彼に気のある女の子は凍りついたって聞いた。
バカにならないタクシー代……。
そりゃそうだろう。迷惑以外の何物でもない。
こう言われてしまうと流石に競うようにして誘う事も出来ないわけで。
私を女子会に誘った秋山さん派の友人は、「私は普通に話せるだけでいいし、誘うとか恐れ多いわ!」とか言って「あの子達はやり過ぎよ」と苦笑していたけれど。

それからはお酒の席へのお誘いは大分落ち着いたようだけれど、代わりにわざと仕事を作って近づいたり、ランチのお誘いが頻繁になったのを目の当たりにして、口元が引き攣ったのは記憶に新しい。
ランチはともかく仕事に影響するのはダメでしょう…
外野からだと秋山さんが迷惑がっているのがよく分かるのに。
前までは食堂でお昼をとってる秋山さんをよく見かけたのに、ランチタイムになると声を掛ける間もなく外に食べに行くようになってしまい、食堂では全く姿を見かけなくなってしまった。

そのお昼休みに秋山さんが特定の女性を見つけてしまったというのは、なんて皮肉だろう。
まあ、社内の女子達の自業自得と言えばそうなのだと思うけど。




「大丈夫?なんかおかしな会になっちゃって…」

お酒が入ってあちこち入り混じって煩くなってきた頃に「ごめん、本当にごめん」と誘ってきた友人にこっそり声を掛けられて、あはは、と乾いた笑いをもらす。
早く帰りたい。正直居た堪れない。
本当は三・四人で秋山派広瀬派の残念会をするつもりだったのに、何処かから話が洩れてこの大人数になったって。

私の目の前で終始死にそうな眼をしているのが、抜け駆けしないと言いつつ秋山さんに猛烈にアプローチしていたゆるふわ美人だった。
彼女は芋焼酎をロックでガンガン呷りながら、

「私の方がずっとずっとかわいいのに…!」

あんな女のどこがいいの、あんなのどこからどう見ても普通じゃない、どこの会社かも分からない馬の骨に持ってかれるなんて、という管の巻き方が中々凄くて引いてしまう。
しかも馬の骨て。顔に似合わず中々古風な表現ですね。
それに目が座ってきてますよあなた。コワイよ。

というかあれこれの話を聞いていると、秋山さんと広瀬さんがその彼女さんの所に行く後押しをしたのは確実にあなたですよね。あなたと迫力のあるキレイ系美人のせいですよね。
そう思ったけれど、それは胸の中で納めてお…

「いや、てめーのせいだろ…」

友人ぇ…


ぎっとこちらを睨みつけたゆるふわさんを気にするでもなく、ビールを飲む友人に思わず慄く。
あわわわわ。手が震えるわ。
口を挟むことも出来ずに、あっちとこっちに視線を彷徨わせていたら、

「嫌がってるのにしつこく押しかけて、その上好きな子と会ってる時に目の前で暴言吐かれて最悪の形で邪魔されるなんて、そりゃどー考えても嫌われる要素しかないよ?」

あれだけざわついていたのに、しん、と水を打ったように辺りが静かになってしまった。
広瀬派のキレイ系美人にも全く同じことが言えるから余計だろう。


「あ、あなただって秋山さん好きなんでしょ!?」
「うん、そうだね、好きだったけど…付き合いたいっていうよりまた会社で普通に笑ってる所が見たいなーって。食堂で森山さんとか堀内さんと笑いながらご飯食べてるの見るの、私好きだったんだよね…」

今ではそんな姿、全く見られなくなった。
森山さん達も事情を察して外に行く秋山さんを食堂に誘わないし。

「ねえ、秋山さんのどこが好きだったの?年収?将来性?」
「…………」

図星を指されてさめざめと泣き出してしまったゆるふわさんに、友人ははーあと息を吐くと、
「あれだけ賢い人が気付いてないわけないじゃん…」
びくりと跳ねた薄い肩に、更に友人が更に溜息を吐いた。
彼女がいる合コン断られ続けてるって話が流れ出してから結構経つのに、ゆるふわさんはまだ諦めきれていないのか。
諦めきれてないというより、自分に一度も振り向かなかった事にプライドを傷つけられたのかもしれない。


「彼女さんとは会社の肩書の関係ない所で出会ったんでしょ?だったら向こうはきっと下心なしからのスタート。”インぺリオのエリート秋山さん”とじゃなくて”ただの秋山さん”と会ってたんだよ。秋山さんにはそれが良かったんじゃない?」
顔が可愛いとか、そういう事ではなくて。

「それに私見ちゃったんだよねー。彼女さんの連絡めっちゃそわそわして待ってるの」

結構前の話だけどあれは秋山さんの方が入れ込んでるね、と笑いながら追加のビールを頼む友人に、何人かが「え?」と驚き声を上げた。
秋山さんの方が入れ込んでる…それにそわそわしてる秋山さん。
全く以って想像できない。秋山さんにそういう印象にない。

「着信音鳴った瞬間にスマホタップしててめっちゃ笑った。デートの約束取り付けてたみたい。でも全っ然色気ないの!好きな子ご飯連れて行くのに屋台のおでんだよ?なんで!?なんでそこ選んだ秋山!?」
「………」
「………」
「………」
「天下の!インぺリオの!エースが!まさかのガード下!それでいいのか彼女!それでいいのか秋山!!しかも森山さんに…馬鹿なの…?って聞かれてた!」

友人の言葉に一瞬の沈黙の後、参加者全員が爆笑した。
女子集団の爆笑。中々壮観だ。ゆるふわさんも突っ伏して笑っていた。

「なんかさー、それ見てたら私、どちらかと言うと見守りたくなったんだよね〜」

そして彼女に伝えたい。
いつもはそんなんじゃないんです。我が社の秋山真之はやれば超できる子なんですと。
それなのに何故にガード下…

「彼女さんとデートですか?って聞いたら、隠そうともしないで照れ笑いしてるし、ああこういう表情もする人だったんだなって思ったの」

「…私秋山さんに女子受けするお店教えてあげよう…」
謝ったら許してくれるかな…謝らせてくれるかな…

そんな言葉と共にぽろりんと涙をひとつ零したゆるふわさんは、やらかしてしまった後、秋山さんからはっきりとした距離を取られてしまった。
それは彼女だけではなく多くの女子社員も巻き添えを食らって、そして秋山さんだけではなくて広瀬さんもで。
謝ろうにも上手い具合に避けられて捕まえられず、関係ない子からすると完全なるとばっちりだった。

給湯室で仲のいい子に相談して泣いてたって聞いたけど、まあ確かに色々な意味で泣きたくなっただろう。
針の蓆だっただろうし。

「大丈夫じゃない?」
「大丈夫な気はするよね…」
「秋山さんきちんと話せば聞いてくれるし、ちゃんと謝ったら大丈夫でしょ。あと仕事の邪魔になるような事はもう止めようね」
「うん…」
「残念ですが秋山さんはもう人のものです。諦めて次行こ!次!」
「そうだね」

あははと笑いあう女子の結束は思っていたよりも固かったみたい。


ガード下のおでんはさつきちゃんのリクエスト。そして濡れ衣でできない男認定されてしまう秋山さん <20180830>