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「私本当は広瀬さんにはあんたが良いって思ってたんだよねー」

バーニャカウダをつけた野菜スティックを咥えながらそう言い放った友人に、思わずサングリアを吹き出した。
思わぬ言葉にテンパっていたら、
「私も一番可能性があるのはあなただと思ってた」
悔しいけど、なんて広瀬派のキレイ系美人に追撃されたので思わずご尊顔を凝視した。
うん、今日も完璧にきれい。拝みたい。

「聞いてる?」
「あっ、ハイ聞いてます…」
でもなんで?…とは、流石に思わないし言わない。
もしかしたらなんて自分でも思っていた位の雰囲気はあったと思うから。

「そりゃ広瀬さん担当だったら接点は多いよねー」
「しかもこっちが電話取ってもちょっと話したら、”彼女いる?代わって”だもん」
「私やりますよって言っても”ごめんな、彼女だと話が早いから”って」
「あー私も同じ言葉で断られた。ほんっといつもご指名だよね」

やになっちゃう、婉曲どこいった仕事しろって話だよねーと何人かがケラケラと笑う。
同じフロアの女子社員は、皆が皆一度は広瀬さんに断られて私に仕事を回した経験がある。
海外出張の多い部署の事務で、私は偶々広瀬さんの担当になったってだけ。
最初は、あーあの賑やかな人か、位だったのに。

「君は仕事が早くて、正確で助かる。丁寧だし」
しばらくして、そんな風に認めてくれてから頻繁に仕事を頼まれるようになって。
「無茶頼んでごめんな。残業にならないか?」とか、いつもありがとうってフロアのお配り用とは別に出張のお土産を個人的にこっそり渡してくれたり。
広瀬さんは他の人にはしない気遣いを事務担当の私にはしてくれてた。
それに優越感がなかったと言われたら…

「正直ありました……」
「でしょうね」

美人のツッコミで周囲から笑い声が上がる。

「まあね、給湯室でもコーヒー片手によく雑談してるの見てたし?」
「天袋の中の物取るのに”ちょっとごめん”とか言ってさー、肩に手置いて」
「そう言えばあなた、何度か広瀬君とご飯にも行ってたわよね?」
「え?何それすごい。広瀬さん社内の女の子は誘わないって有名だよね…」
「うわー、それで気が無いって?今考えたら完全にアウトだな」
「何これ魔女裁判ですか!?」

「そこまで距離が近かったのに、どうして広瀬君に何も言わなかったの」
「…あー…」
「言えばどうにかなったかもしれないじゃない」
「いや…」
それはなかったと思うと即答すれば、どうしてと返される。
どうしてって…答えは明らかで、

「広瀬さん、仕事の邪魔されるのが一番嫌みたいで」
だから”社内の女の子”を誘わないのではなくて、”誘った後に関係がややこしくなったり、仕事に支障が出そうな社内の女の子”は誘わない、が正解だ。だから社内の子と遊ぶなんてもっての外。
オールウェルカムのように見えてそうじゃないし、広瀬さんは女の子を結構よく見ている。

「広瀬さんは、他の人よりちょっと親切にしても私は仕事の邪魔にならないって思ってる。だからご飯にも誘われるんだよ」
勿論複数の内のひとりだけど。
「えー……」
「それって…」
それって誘われないより一層残酷な気がする。
女として見てないと言われているのと同じ気がして。
気の毒だなって雰囲気がその場を覆ってしまって、私は慌てて「大丈夫!大丈夫だから!」と胸の前で手を左右した。

「気まずくなったり仕事に差し支えて、嫌われる方が嫌だなって思って。それに私も見守りたくなったっていうか…」




いつの頃からだったか、昼休みに明らかに機嫌良さげに外出する広瀬さんを見かけるようになった。
偶に秋山さんと連れ立って、しかも会話の内容は今夜誘ってみるかとか店はどこがいいとか。
合コン?と思ったけれど、聞こえてしまったお店のチョイスはどう考えてもそんな雰囲気の所ではなくて、

(もしかして、彼女できた?)

秋山さんと一緒というのがよく分からなかったけど、そう思えるような感じ。
え、まさか?と思っている間にツートップ美人のやらかし事件が起こって、それから暫くして「帰り迎えに行く」だとか「手料理」だとか、そういう存在を匂わせるキーワードがちらほらと聞こえてきて。
向井さんを相手に話す声を聞くともなく聞いていたら、

「お前、進展が遅すぎて心配になるわ」
呆れたように言い放った向井さんに、
「言ったろ、彼女とはきちんと段階を踏みたいんだよ」
決定打かこれ。

それからよくよく広瀬さんの様子を見ているとスマホを見ては緩く笑ってるし、帰り間際には今日は何食べさせてあげようかなんてやっぱり機嫌がよさそうで。
そんなに外食に行くものなのかな。確か以前手料理がどうこうって口にしてたのに、
「作ってもらわないのかな…?」

知らずぽろっと零れた言葉を拾われて「ん?」と顔を向けた広瀬さんとぱちりと目が合い、あ、しまったと思う。でも、
「あーまあ…いずれとは思うけど。今はあまり無理させたくないというか…」
誤魔化されるかと思いきや、隠す素振りもなく堂々と。あまりにも普通に返されてしまって。
彼女いるんですねとか、付き合ってるんですかとか…
確認の意味を込めてそういう突っ込みだってできたはずだったのに、私と言えばその辺りは全スルーで、そのまま会話を続けてしまったのだった。

「…どんな所がいいんですか?」
「……………安くて美味い気楽な所」

言い辛かったようで結構な間の後の答えに目を丸くすれば、スイと照れたように視線を逸らされてしまった。
広瀬さんはもう少し恰好つけられる所に連れて行きたいのだろうけど、この様子だと多分断られている。
相手の人は気を遣ってるんだろうなあ…
広瀬さんの性分なら女の子には御馳走しようとするだろうから、外食が頻繁なら尚の事。
というか、気を遣ってくれる人、頻繁な外食、というキーワードでん?と思い

「もしかして、割り勘にしてる…?」
何となく思いついた事を口にすれば、
「情けない話だが中々奢らせてももらえなくて。それどころか偶に奢りたいって言われて困る」
広瀬さんは苦笑して茶化したけれど、きっと口で言うほど困ってはいない。
困っていない所か、
(多分、喜んでる)

この会社、男性が奢る事が当たり前になり過ぎてる所がある。
女の子がそうさせている部分も大きいのだろうけど、ずっとそうされていくとごちそうになって当然、当たり前って。
でもこれって当たり前の事なのかな?
だけど割り勘なんてことになったら、後からどれだけ女の子に陰口たたかれる事か。

そういう雰囲気を、ここの会社の男性は内心どういう風に思っていたんだろう。
お持ち帰り率も高いので、男性の方からしたら下心もあるという事なのかもしれない。
でも勿論お持ち帰り出来るような場ばかりじゃない。
そんな中で、頻繁に誘われて、毎度支払わされて、タクシー代も支払わされる時もあって。
自分が男性の立場だったら、………、恋人でもないのに随分図々しいな、と……

(…………)

広瀬さんを前にして、私は顔から火が出そうになった。



「…………」
「…………」
「…………」

しーん。
申し訳ない位その場が静まり返ってしまった。

この場に居る全員が身に覚えのあることだったからだと思う。

「広瀬さん、多分彼女さんの普通の所が良かったんだと思う」
遊び相手としてなら兎も角”付き合う人”として女性を見る時、広瀬さんが重視していたのは顔じゃない、体の相性でもない。
常識とか思いやりとかいう案外普通の所だったんだろう。

「そんなの…今更言われても…」
どうしようもないじゃない。

美貌とダイナマイトボディで広瀬さんを落とそうとしていたキレイ系美人がそう呟いた。
まず体の関係を切欠にという事だったんだろうな。
それが手段としては最悪手であったことが今ならよく分かる。

「でもあなた、その…」
平気だったの?仮にも好きな人に、そんな話されて。
「あー…」
サングリアのリンゴを指でつまんで口に入れる。

彼女が出来た?と思った時は勿論ウソでしょと思ったし、ニコニコしながら段階踏んでとか言っている様子にもやもやしなかったと言えば嘘になる。
でも。
自分が好意を寄せられ易いと分かっていて、私には隠そうともせずにそれらしい話をしたり、あれだけ楽しそうに彼女さんと連絡を取る様子を目の前で見せられると、

「なんかもう、毒気抜かれちゃって…」
私の好意に気付いていて、牽制でわざとやっていたのかもしれないけれど。
広瀬さんからすれば今の職場環境で関係が拗れたら一番ややこしいの、私だろうし。

「それに秋山さんと同じで広瀬さんの方が入れ込んでる感じ。逃がさないように割と必死っぽい…」
「ステイタスいらないんだったら、男として勝負するしかないもんね〜」
「あ、そっか。秋山さんもそのパターンだったね」
「寧ろ社名抜きの我が社の男のいい所って何なの…?確かに仕事は出来るけど…」
「女遊び激しいというだけでも、普通に考えたらマイナスからのスタートだよ」
「そうね。マイナスというか、選択肢に入らないというか」
「それは何というか…とてもキツい…」
「シード権剥奪された状態から始めるの厳しそう〜」

言いたい放題だ。

「でもその彼女凄いね」
我が社の有望株ふたりをいっぺんに、それもひとりで掻っ攫っていったのだから。
でも彼等がいくら入れ込んでいると言っても、あのふたりを繋ぎ止めるのは結構大変そう。

純粋にそう感想を零す友人に「確かにね」と何人かが頷く。

「どれだけ遊んでも仕事には絶対に影響出さないし、そう言う所はカッコいいよね。もてるのは分かる」
「それに出会いも多いし、上からのお見合いもあるでしょ。特に秋山さんは」
「私なら付き合ってても不安だなあ…」
「ん〜…でも彼女の方は繋ぎ止める努力ってそんなにはしてないんじゃないかな」
「へえ?」
「ふたりで彼女囲い込んでるってのが正しいと思うよ?」
「そうなの」

一緒にゆっくり過ごす時間が中々取れないからいっそルームシェアでもするか、それなら俺が物件探すわと、ふたりが話していたのを聞いてしまった。
それ最早ルームシェアと言う名の同棲ですよね。
相手の了承取ってからの方がいいんじゃないですかね…
ふたりとも彼女に否を唱えさせる気なんてまるでない感じ。何それこわい。
相談なくやり過ぎると嫌われますよ、ぼそっと呟いたら瞬時にふたりの肩が跳ねて笑ってしまったのは記憶に新しい。
嫌われるというのは、ふたりにとって物凄いNGワードなんだろう。

そうは思うけれど秋山さんは任される仕事が増えてきて帰りが遅いみたいだし、広瀬さんに至っては海外出張が多い。
不安と言えば彼等の方が不安なんだろうな。
物理的に離れている時間が長いと心も離れてしまうのではって心配になるから。


「うっわ可愛い所あるんじゃない」
「え、強制的同棲ってカワイイの?」
「あんた、そんな話どこから…」
「広瀬さんと席が近いから嫌でも聞こえてくるんですー!好きで聞いてるんじゃないもん!席で話す向こうが悪い!」
「ていうかそんな所まで進んでたんだ…そりゃ合コンなんて行ってる場合じゃないわね」
「えーと、なんだっけ?見守りたい?」
「うん…必死過ぎてウケル…振られないように応援したい…」

なにそれ、とゆるふわさんが吹き出した。
さっきと比べて随分と空気が柔らかくなったゆるふわさんに、

「ね、私が間に入ろうか?」

そう申し出ると首を傾げられた。突然だったかなと思ったけれど、
「秋山さんと広瀬さんの」
名前を出すと、ゆるふわさんとキレイ系美人の顔が少し強張った。

「でも…」
「多分私が一番いいよ。私から広瀬さんに話すから、そこできちんと謝ってさ。広瀬さんから秋山さんにも話出来るようにしてもらおうよ。それでダメだったらもういいじゃん」
それはそれで仕方ない。

「心の狭い男だったなと思って、次に行きましょう」
「…そうね」
「お願い、できる?」
「もちろん!」

私は満面の笑顔で、二つ返事で承諾した。

広瀬が結構酷い男な件。20180907