真綿2






☆&秋山


「私電車で帰るよ。送って差し上げて」

この後の予定もあっただろうに。
後ろでサラリと口にしている彼女に秋山の方が却って焦っている。

「秋山、悪いが送ってもらえるか?」
追い打ちをかけるように声を掛ければ、
「は?」
更に焦る顔に声を上げて笑ってしまった。

「その前に飯食いに行こう。あなたも」
「えっ?」
「…八代さんの奢りですよ」
「分かった分かった」


「さつきさんも行こう。……邪魔じゃない、いいからいいから」

渋る彼女の背中を押している広瀬を横目に、聞いたぞ、秋山に小さくポツリとこぼす。
「分かっているとは思うが、」
広瀬に伝えた事を同様に口にすると、素直に分かりましたと返ってくる。
「いい子みたいじゃないか」
「あー…それは、…はい」

口端をあげて言うと秋山が珍しく口籠った。
「広瀬に聞いたが自分達で決めたんだろう?ならそれでいいじゃないか。後悔のないように付き合え。ただ用心深くやれよ」
「……ありがとうございます」


「お帰りになったばかりなのに、お邪魔してしまってすいません。お疲れではないですか?」
「ああ、ありがとう。大丈夫だよ」

改めて自己紹介から始めて世間話をしていたけれども、インぺリオの押しの強い女子社員とは随分タイプが違う。
良い意味で常識的な普通の子の様だと八代は思った。
ふたりの入り口になったのはここだろう。

「どこで出会ったの?」
聞けば途端に秋山と広瀬が黙り込み、
「や、八代さん…」
その若干引き攣った表情に疑問を浮かべたが、
「偶然広瀬さんに助けてもらったんです。そのすぐ後に秋山さんにも偶然助けてもらって、しかもふたりが同じ会社の同僚だって…」
そこからも本当に色々とお世話になって、助けてもらう事ばかりで。
そうさらさらと口にして。

「そうか。このふたりな、女の子には喧しいんだ。近寄ってくる女は信用できないだの、合コンの子は怖いだの」
「八代さん!」
「………」
「まあ悪い奴らではないし、仕事もできる。頼り甲斐もあるよ。飽きるまで付き合ってやって」
「や、八代さんもう本当にその辺で止めてください…」
「ははは」

三人のやり取りを呆気に取られて見ていたものの、少し間を置いて声を上げて笑ったさつきに後輩ふたりが安堵する。
その様子にこの子も随分好かれたもんだなと八代は思った。


「さつきさん、大変だったな。大丈夫か?」
「うん。秋山さんが本当になんとかしてくれて…森山さんと向井さんにも助けてもらって」
「ああ、聞いてる」
「広瀬さんもありがとう…電話嬉しかった」

出てきた名前に、そんなつもりはなくてもつい耳を欹ててしまう。
森山も向井もこのふたりと何かとつるんでいる後輩だから、さつきの存在を知っていても不思議ではない。
しかし彼らまでが噛んでいて、その上助けたとは。

(あいつらが助けてやろうと思う位の子ではあるんだな)
森山も向井も女の子には結構厳しい事を八代は知っている。
ふーんと内心感心していると、

「八代さん、彼女俺達の周辺の人間に随分嫌な目に遭わされてます。うちの女子に嫌がらせされて、向井に試されて、森山も酷いこと言って…、彼女、この前流石にブチ切れた」
「ブチ切れた」
そんな風には見えないが。

「社名に拘っているのは俺達の方だ、女のせいにするな、みっともない、思い上がるなって」

八代は笑ってしまった。
思いの外芯のある女の子のようだ。



☆&さつき


折良く…と言うのかどうか。
スマホの着信音に、「すいません、ちょっと出ます」、仕事の電話だったのか広瀬が少し離れたのを機に、

「秋山は先に車を取ってきなさい」
「八代さん、」
え、と彼女から小さく漏れた声は無視、
「私はここで彼女と待っているから」
秋山には有無を言わさずにそう畳み掛けた。

「…すぐに戻ります。変なこと言わないで下さいよ」
「ふふ、ああ分かってるよ」
若干疲れた顔で、八代に念を押すように零した秋山が駐車場に向かうのを見送ると、
「如月さん」
改めてさつきと向きなおった。

何でしょうかと返事をしつつも少々戸惑い…というか後ろめたさのようなものが浮かんだ瞳がこちらを向く。
いくら全員が納得していると言っても流石にイレギュラーで、簡単に人に理解されると思えない気持ちは分かる。
その上目の前にいるのは彼氏『達』の上司だ。
そりゃそうだろう。
さつきの緊張を解くように八代は笑ってやった。

「構えなくていいよ。うちの社員が嫌な思いをさせたようで悪かったね。しかし…そもそも他人が口出しする話じゃないのにな」
「え?」
「あのふたりが君がいいと言った。ふたり共が。それで充分だよ」
そこに向井も森山も関係しているのなら尚更。
まあ、確かにどんな子かなとは思うけれど。

半ばおどけて言えば驚きが浮かぶ瞳がこちらを向いた。
流石に意外だったか。

「確かに少し変っているが多様性の時代になってきたからなあ。私でもその変化は感じるよ。これからは恋人を必ずしもひとりに絞る必要はなくなるのかもしれないし…全員が納得しているのなら好きなようにしてみるのもひとつかもしれないね」

「あ、ありがとうございます…私、あの、そんな風に言ってもらえるなんて思わなくて。三人でって、その、実は自分でも少し戸惑ってるんです。それに…もしかしてさっきの様子、」
「見てたよ」

笑って頷けば、蚊の鳴くような声で恥ずかしい…と目の前の視線が落ちる。
本当に普通の子だ。

「如月さん、あのふたりの事で困ったことがあったら連絡しておいで」

向けられたキョトンとした双眸に八代は破顔した。
そんな言葉が口からついて出たのは、目の前の子が本当に、あまりにも普通の子に見えたからだった。
これから大変だろうなと八代は何となく思う。
変に振り回されなければいいのだけれど。

胸ポケットから出した名刺に個人携帯のナンバーを書いて渡せば、彼女はそれをしばし眺めてやがて小さく笑った。

「インペリアルの方って皆さんそうなんですか?」
そう?首を捻れば、
「思っていたより…皆さん親切だなって。向井さんも森山さんも何かあったらって連絡先を」
柔らかい表情にそれは君だったからだろうと内心苦笑する。

「何なら仲人のお願いでもいいよ」
「え?」
「ちょっと!八代さん何言ってんですか!」
戻ってきた途端慌てて会話に乱入した広瀬に八代は声を上げて笑ってしまった。

「ホントもう頼みますよ、止めて下さいよ」
「しかし可能性がないわけじゃないだろう?」
それは広瀬にしか届かなかった呟きだったけれど。

「まぁそうですが」
あっさり躊躇いなく返された言葉に、ああこれはマジだなとやや鼻白んで、
「って!」
「えっ?」
ばっしーんとひとつ、八代はその背中を叩いてやった。

「何するんですか…」
「如月さん、我儘沢山言ってこいつら振り回してやればいいからね」
「は?はい…」
「今度三人で家に遊びにおいで」
「勘弁して下さいよ…」
「広瀬、俺は味方につけておくべきだと思うが?」
「………」

にやにやしながら小声で言ってやると広瀬がぐっと押し黙る。
肝心な所が聞こえておらず、首を傾げる彼女に八代はまた声を上げて笑った。


真綿にくるむ。基本的に優しい世界です。そして秋山は戻ってこなかったw
20190707