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「おせっかいにも程がある」

一緒に帰っていた友人がふたりきりになった途端呆れたように口にした。

「あんなの、あのふたりの自業自得じゃない」
「そうなんだけどね…」

ギスギスとまでは行かなくても、女の子が委縮してしまっている今の職場の雰囲気はあまり心地のいいものじゃない。
元はと言えば秋山さんと広瀬さんのプライベートに余計な口出ししたり、そんな事をしてしまうような雰囲気を作っていた女子全体が悪いのだけど。
そうとは言っても、私だってもう少し気持ちよく働きたいし、それはみんな同じだろう。
そう繋げれば「それでいいっていうなら良いけどさ」と、友人は一応は納得してくれたけれど。

「それにさっきはああ言ってたけど、広瀬さんの事は本当にもういいの?」
「あー…」
「牽制でわざとって言ってたよね?それって広瀬さんの方にも本当にそうなりそうな可能性があったからじゃないの?」
我が友人ながら鋭いなと思いながら、そう思う、と軽く頷いた。
いいよね。ふたりだけだし。

「もしかしていけるんじゃない?今なら動けるかなって思い始めた時に彼女さんと出会ったみたい。それからずっとあっちしか見てないし、なんか一喜一憂してるし…それにストーカー被害に遭ってたの助けたとかで、思ってたより進展早くて結局持ってかれちゃった…」
「吊り橋効果みたいなんじゃないの…?」
「多分、違う、と思う」


少し前の夕方、広瀬さんを見かけたのだ。
休日に会えるなんてと声を掛けようとしたら彼の視線はある一点で止まり、その途端職場では見たことのない種類の笑顔になったのを見てしまった。
えっ?と驚いて釣られてそちらを見ると、そこにいたのは日傘を差した女性。空いた片手にはスーパーの袋ふたつぶら下がっていた。

(彼女…?)
でもデートの待ち合わせではないのは一目瞭然。
走り寄った広瀬さんはその袋をふたつ、彼女から奪うようにして取り上げたのだけれど、
(ひとつ持つって言ってる)
素直に持ってもらえばいいのに。そう思った。

私が手ぶらで広瀬さんがふたつ持つの?
日傘があるからいいよ。
広瀬さんに荷物持たせて私だけ日陰?私がひとつ持ったら一緒に日傘に入れるよ?
ん、ならこっち持って。

見るからに軽い方を渡すのと同時に、広瀬さんが彼女から日傘を取り上げる。

(彼女に袋渡した…)
私は驚いてしまった。
私が知ってる広瀬さんはさっと荷物を取って、取り上げた荷物は女の子に返したりはしない。
それに身長差から言えば妥当だろうけど、いかにも女性用の日傘を嫌がりもせず笑いながら持っている姿がちょっと想像できなかった。
そんなに同じ日傘に入りたいの…と思いながら何となく眼が離せないでいると日傘が傾いて、



「……キスしてた…」
「え、うっそ。広瀬さんそんなことしそうにないよね?公衆の面前で?」
「だから日傘で上手いこと隠してたんだって」
多分気付いている人はいなかった。

ああいうの初めてじゃないんだろう、彼女はしょうがないなあって感じで笑っていて、広瀬さんは愛しくて仕方ないって感じでニコニコしてて。


今日は広瀬さんの好きなの作るよ。豆ご飯と胡瓜の酢の物。という訳でメインは煮魚です。
酢の物にカニカマ入れて。
うん買った買った。後作り置き何種類かしとくからね。他何か食べたいものある?
前作ってくれた茄子の…
揚げだし?じゃあついでに野菜の甘辛揚げも作ろっか。
休みの日にごめんな。
一緒にいられるならいいよ〜。野菜の皮くらいは剥いてね。
わかった。明日はどこか出掛けたい所とかあるか?
家でのんびりしようよ…あ、あのパンケーキ屋さん行かない?前言ってたパフェのお店でもいいよ。
それどっちも俺が行きたい所じゃないか。
うん、だから私も行きたいの!どっちがいい?私はSNS映えするフルーツと生クリームもりもりでベリーソースのかかったのパンケーキ食べてる広瀬さんの写真秋山さんに送りたいなー
…それは秋山は喜ばないよ…
ほらギャップ萌え?
あいつが俺に萌えたら怖いわ。
あはは、確かにそうだね。


何だこの会話。
私聞いてていいのかコレと思うけれど、聞こえてくるのだから仕方ない。
もしかして洋食より和食の方が好きなの?
聞いている限りでは広瀬さんは完全に胃袋を掴まれている。
しかもパンケーキて。行きたかったのかそうなのか。似合わない…似合わない…
ていうか広瀬さん、甘いもの好きなんだ。



「私の方が付き合いはずっと長い筈なのに、そういうプライベートな部分全然知らなくて」
「うん、」
「…本当聞くんじゃなかった。あの雰囲気、付き合い始めたばかりっていうのが信じられない」

笑って言葉を交わし合いながら、見るからに仲のいい恋人同士だった。
そして彼女の存在を知ることと実際にその姿を見てしまうのとでは、ダメージの受け方は随分違うのだと思い知った。

「インぺリオの子とは随分雰囲気違うよ。ギラギラした肉食女子とは程遠い。広瀬さんも秋山さんもあんな感じの子がタイプだっていうなら、職場関係NGっての抜きにしてもうちの女子じゃ無理だよ」

美人ツートップには悪いけど…
職場の同僚としてならとにかく、恋人としては初めからお話にならなかったんだろう。


「それさ、タイプっていうより飾らなくていいから楽なんじゃない?」
「え?」
「だってあの広瀬さんがパンケーキだよ?職場の様子見てて思い浮かぶ?普通に驚くわ」

ツートップだったらなんて言うかな、と咄嗟に考えた。
ゆるふわさんの方は笑って言いふらしそうな雰囲気があるし、キレイ系美人の方はイメージが違うとか眉を顰めながら本人に言ってしまいそう。

「でも彼女さんそういう素振りを見せないんでしょう。パンケーキだけじゃなくて全ての事において」
そこで友人は言葉を切ると、暫く考えていたけれど、

「相手の好きなものを尊重したり、されたら嫌なことをしない配慮ができる優しい人なんじゃないかな」
「うん…そうだと思う」

だから一緒にいるとホッとするし、ホッとするから一緒にいたいんだろうね、と繋げた友人にもうひとつ頷く。

「流石に落ち込んだけど、そんな人だったら好きなっても仕方ないなって…それにあんな広瀬さんの様子見ちゃったらね。今まで散々遊んできたのばれてるのかな逃げられないように頑張ってとか、お幸せにとかしか思い浮かばなくなっちゃって」
「うん」
「それで…もういいかなぁって」
「そっか」
「うん。だから毒気抜かれちゃって、見守りたいっていうのも、嘘じゃないよ」
「いい女だな〜」
「へへ、そうでしょ」


ただ、何も言えないまま”なんとなく”で終わってしまう事は少し悔しくて、彼女連れの広瀬さんを見た翌週、私は彼に上げる書類に半分に折った便箋をクリップで留めたのだ。

「便箋?」
「うん。『SNS映えするフルーツと生クリームもりもりでベリーソースのかかったパンケーキ食べられる専門店と美味しいパフェがあるカフェの一覧です、彼女さんとどうぞ(ハート)』って書いといた」

友人が爆笑した。

上から下までびっちり埋められたリストを二度見した瞬間、広瀬さんは机にコーヒーをぶちまけていた。
思わず吹き出したら広瀬さんとぱっと視線が合い、私は咄嗟に目を逸らしてしまったけれど、その後も特に咎められるようなこともなくて関係も以前通りに良好なまんま。
給湯器で会った時はこっそり、今度行ってみるって小さく言ってたけど。
些細な意趣返しって分かってて許してくれたんだと思う。
いいよねそれぐらい。


「くっそ、リア充爆発しろー!あーあ、どこかにいい男いないかな〜彼氏欲しい〜」
「それこそ広瀬さんに紹介してもらったら?あの人案外顔広いよ。友人に霞が関のお役人がいたり」
「何それ詳しく」

ケラケラ笑いながら、「もう一軒寄ってこっか」、どちらともなく口にして、月明かりに照らされる路地を繁華街の方へと引き返すことになった。



特に波乱もなく周囲に認められていく三角関係を目指します。笑。<20180829了><20180918up>