Trinity:02






――好きだ

分かってはいた、けど。
ここまで面と向かってはっきり言われるとは思っていなかったのだ。

――俺を君の恋人にしてください

驚いてしまって金魚みたいに口をはくはくしていると、秋山はくつりと笑ったけれど、こちらを覗き込んでくる瞳の色は真剣で、

「俺が君をどう思っているか分かってると思うし、君も同じだと思ってる」
「広瀬との事も、君が広瀬をどう思っているかも、広瀬が君をどう思っているかも知ってる」

でも、今は俺の事をどう思っているかだけでいい、教えて欲しい。


(教えて欲しい、なんて)
秋山はそう言ったけれど、あれは確認だったとさつきは思う。
秋山に思っていることを隠さずに伝えた時、「ありがとう」と前と同じように口にした彼は、やはり前と同じように嬉しそうに笑った。

その一方で海外出張に出ている広瀬からは一日の終わりに電話がかかってきていた。
ここ最近の状況が状況であったから、さつきを心配してくれていた事もあるのだろうが、彼の声も口調も穏やかで、話していく内に笑ってしまうような話ばかりをしてくれて、そんな中で「側にいられたら良かったんだが」と何度言われたのだろう。
広瀬の声音や言葉の端々から伝わってくるのは明確な好意だった。

そしてさつきもこの数日で、森山と秋山に問われて、彼等に同様の好意があることを自覚した。
いや、この数日でよりはっきりと自覚したという方が正確なのかもしれない。

元彼はああだったしその前の元彼も中々酷かったから、特にこの一、二年、さつきは半ば男性不信気味になっていた。
そしてあのセクハラ、周囲の男性社員は知っていたのに、それどころか見ていたのに何もしてくれなかった。
挙句元彼の復縁要求とストーキングだ。
彼氏を作るなんて言えるレベルの話でなく、男性嫌いや男性恐怖症になっても仕方ないと思ってくれる人の方が多い気がする。

しかしふとした偶然で出会った広瀬と秋山は、随分と男気のある人達だった。
困っている時にごく自然に助けてくれて、心配だからと傍にいてくれて。
合コンで多くの男の人を見ている弥生が「悪い人じゃない」と言ってくれてことも少なからずあっただろうけれど、今思えば結構早い時期からふたりとの距離は近かったし、彼等に心を許すのだって早かった。

でも、知り合ってそんなに経っていない男性ふたりを遅い時間に自宅に招き入れたり、ましてや相手の家に泊まったり、なんて。
そんなこと、今までのさつきの”普通”だとありえなかった。
ありえなかったのに。

泊まっても何もしないと彼等が約束してくれるなら、そうなんだろうと思った。
それに「あんな男ばかりじゃない」という広瀬の言葉と「君の事を信用している」という秋山の言葉が、どれだけさつきを救ってくれたか。
そして広瀬にも秋山にも、手を握られて抱きしめられても、頬にキスをされて顔を撫でられても、嫌悪は沸かなかった。
それどころか今となっては会いたい、会えないのは寂しいと思うまでになっていて。
それがどういう感情なのか、自分ではもう気付いている。
まず彼らに対する”人”としての信用があって、それがあったからこそ生まれてきた気持ちだったのだと思う。

さつきは息をひとつ落とした。
ふたりへの気持ちにつけられる名前はある。
けれども、ふたりとの関係につけられる名前ってあるのだろうか。
普通なら、そう、普通ならどちらかを選ぶという話になるのだろう。
そう思うと苦しくなる。
でも…

(私がふたりを同じように好きな事、ふたりとも知ってる)
そしてふたりがさつきを好きなことを、三人ともが知ってる。
(こういう場合って)
どうなるのだろう。

弥生は彼等はさつきの気持ちを尊重してくれるから好きな方へ行けと励ましてくれたけれど、さつきの思う”好きな方”は、ふたりと離れたくないということだ。
秋山とも広瀬とも離れたくない。

秋山と広瀬は、さつきがふたり共に惹かれていることを、「分かる」「気にしないで」と確かに言ってくれた。
しかも望んで今の状況にしている、ふたりでさつきを囲い込んでいるとまで言って。
しかし”付き合うこと”が目の前に、現実としてぶら下がって来たこの段階でも、ふたりは同じことを口に出来るのだろうか。

受け入れられる、ものなのだろうか。


19/3/17<2018/11/04>