「ね、噂って?」
後ろで秋山に小さく尋ねている女性の様子に、八代は少し悪いことをしたかなと思った。
面と向かって噂なんて言われたら誰だって気になるだろう。
しかし内容なんて他愛ないもので、彼女ができたのでは、とかそんな程度のものだ。
会社の若い連中が派手に遊んでいるのは八代もよく知っているし、自分自身覚えがある。
しかし秋山は距離の近い女性をあまり作りたがらず、広瀬に至ってはああだ。
どうしたもんかと思ってはいたのだけれども、そういう話が出てくるのなら、ああこれは良かったと思っていた矢先だった。
荷物を拾ってゲートを出た後、飯でも食ってから帰るか、そう声を掛けようと振り向いたら広瀬の姿が消えていた。
上司を置いてけぼりかとぼやいてロビーを見渡せば、
「………」
当の部下は公衆の面前で女性を臆面もなく抱きしめていたのだった。
驚いた。
八代の知る広瀬は、いくら女好きとは言え人前でそういうことをする男ではなかったから。
驚きはしたのだけれど同時に面白くなり、立ち去るという選択肢がそこで消えてしまった。
そして近くのベンチに落ち着いてふたりの様子を眺めていたら、その内もうひとりの後輩 ― 秋山が現れたのだった。
そう言えば広瀬と秋山の彼女云々の話、出てきたのは同時期であったなとふと思い出す。
(もしかしてその"彼女"は同じ子か?)
目の前の様子を見ているとそれはどうも正解のようで。
しかしそうであるなら、
(…これは"彼女"か?)
彼女ではなくて親密な友人なのでは…
三人の様子に八代がそう思ったのも無理はない。
だって広瀬にも秋山にも刺々しい雰囲気は全くなかったから。
好きになったのが同じ女性なら火花が散る様な場面では?
そう思ったのだけれども、八代は、おや、と思ったのだ。
見ている限り険悪なムードなど欠片もなく、男ふたりは嬉しげに笑っていて、そしてまた突然広瀬が彼女を抱き締めた。
その内秋山までが彼女と手を繋いで。
…なんだあいつら…
八代の頭上にはクエスチョンマークがいくつも飛び交った。
どう見ても妙な光景だ。
周囲が怪訝な視線を向けているが、全くお構いなしの後輩ふたりに八代は唖然としてしまう。
しかし見ていて不快感はなく、寧ろ微笑ましい感じを受けるのが不思議だ。
彼女を含めて三人、一体どういう関係なのだろう。
純粋な好奇心で八代は彼らの方へと足を進めた。
「広瀬」
背後から声をかければふたつの背が面白い程跳ね、振り向いた広瀬は一瞬目を泳がせた。
が、どう思い直したか彼女の手を握り直すと悪びれもせず八代と言葉を交わしだしたのだった。
彼女は丁寧に会釈はしてくれたものの酷く居心地悪そうで、静かに、しかしぐいぐい手を引き抜こうと格闘していたけれども、広瀬はそれを強く握るだけで離す気配が全くない。
そんな様子を目の端に入れながら八代は内心大笑いしていた。
広瀬の彼女だったか。
そう思って「年貢を納めたか」と繋がれた手を覗き込めば、
「「俺の彼女です」」
秋山まで彼女の空いている手を取って言い出したのにはかなり驚いた。
は?と思わず声が出たのは許して欲しい。
しかも誰ひとりとして否定せず、当の彼女は間で赤くなって固まっているだけ、男ふたりはその様子をただ笑って見ているだけで。
(ふむ…)
歩きながら八代は考えてしまう。
ふたり曰く、彼女、らしい。
彼女?
関係性が全く分からない。
彼女と言うより彼女だとお互いが主張したいだけなのでは…
これは同意の上か?
確かに彼女は否定しなかったけれども…
彼女がどうこうと言うよりふたりがそうなるように追い込んだのでは?
何となく浮かんだ危惧に、
「無理矢理じゃないだろうな」
「まさか。違いますよ」
隣を歩く広瀬に小声で尋ねれば、思わぬ苦笑いが返ってくる。
「お前の彼女で、秋山の彼女か?」
「はい」
それとなく後に視線を流せば彼女は秋山と共に談笑しながらついて来ていて、八代につられて後ろのふたりを視界に入れた広瀬もふっと笑った。
「三人合意の上、納得の上です。全員が三人でいる事を選んだ」
(合意の上か…)
広瀬も秋山も八代からすればしっかりした後輩だった。
そのふたりがそう言うのであれば、少なからず考えた上でのことだろう。
プライベートでの話ではあるし…イレギュラーさを自分があれこれ言うのは筋違いか。
そう思い小さく息を吐く。
「仕事には絶対に響かせるな」
「はい」
「偏見は怖いぞ。それに何かあった時傷つくのは彼女だ。気をつけてやりなさい」
隣で頷く気配に、
「お前たちも傷つかないように」
「…ありがとうございます」
「うまくやれ」
広瀬は笑った。
「いい子なんです。やっと見つけた。秋山も同じだと思います」
「なら尚更だ。うまくやれよ」
「はい」
「秋山ともな」
「…はい」
本編の八代視点。短いですが1話には長すぎたので途中でぶちっと。続きます。笑<2190630>