袖:04






ほぼ初対面であったにも関わらずさつきはよく笑った。
ふたりは向こうだけにしか分からない内輪の話はしなかったし、分からない話でもちゃんと説明してくれた。
海外への出張も多いようで、海外での失敗談や面白い話も沢山聞かせてくれて、退屈することもなく普通に楽しい飲み会だった。

そして九時半を回った頃にはさつきの知らぬ間に店までタクシーを呼ばれていて。
もう十時前だしと本当に遅くなる前に返すという約束を守ってくれ、その上運転手に料金まで渡そうとしていたので、さつきは慌ててそれを押し止めたのだった。
「今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」
「こちらこそ来てくれてありがとうな」
「如月さん、またね」
後部座席から秋山と広瀬に再度礼を伝えて、発車してからも頭を軽く下げて会釈した。



ふたりの姿が見えなくなる程離れると、さつきは小さく息を吐いた。
楽しかったけれど流石に少し疲れた。
完全アウェイで異性しかいない飲み会だったから余計だろう。

店を出て歩きながら好きなものはとか食べられないものはとか、ごく自然にそんな話を振られて、連れて行かれた所は隠れ家的なダイニングバー。
さつきの希望を聞きつつ、さらーっと女子受けしそうな料理を一通り頼む様子は随分とこなれていた。
誘い方良し、気遣い良し、場所良し、その上飽きさせない会話。
ABC評価で言えばA+だ。
ただそれは裏を返せば遊び慣れているという事でもあり。

(合コンしたい企業上位だもんね…実際合コンの引く手数多だろうし、そりゃ慣れてるか)
何となく異世界の人たちだなとさつきは思った。
自分のようなどこにでもいる普通の女子ではなく、どちらかというとキラキラ女子と一緒にいる人たちだろう。
まあ、もう会うこともないだろうし…
いい記念になったなと、さつきはシートに凭れ掛かった。



「広瀬、”またね”ってどういうことだ」
タクシーが行ってしまった後の秋山の問いに広瀬は笑った。
自己紹介で名前は伝えあったけれど、連絡先は交換していない。
秋山は職場の連絡先を知っているけれど、広瀬が知っているのは彼女の名前だけだ。
またも何も、次があるとさえ彼女は思っていないだろう。

「俺さ、実はあの子知ってるんだよ」
「は?」
「アルマダでビスコッティくわえたまんま鬼の形相でパソコン叩いて仕事してるの見てさ。それが可笑しくてそれから気付くようになって…時々あそこで昼メシ食ってるの見るよ。秋山も今日アルマダでだろう?」
「ああ。そうだったのか」
少し分かりにくい場所にあるからランチタイムでもあまり込み合うことがないアルマダは職場の人間もよく使うカフェだった。

「常連なのか?」
「それに近いんじゃないか?」
「広瀬は大抵あそこで昼メシだよな」
「うん。だから”また”」
「…知っていたからの親切だったのか?」
「初めは大丈夫かなという位だったんだが結局スルーできなかった。よく見たら酷い状態で、ちょっとかわいそうな感じだったし」
思い出したように広瀬が笑い始めた。

「でも金返そうとしてくるなんて思わなかった」
「俺もお礼が来るとは思ってなかった」

寧ろこちらが感謝したいくらいなのになと秋山が渡された紙袋をぷらんと目の前に下げる。
千円に満たないものだが、誰もが知っているブランドのチョコレート。
「さっきも最後まで割り勘しようとしてたし…」
寧ろ広瀬の分は払わせて欲しいと迄言ってきて、それは何とか言い包めたけれど、タクシー代は断られて。

「う〜ん…新鮮…」
「はは」

奢られて当然、財布を出す素振りさえないような女子は意外と多いので、自分の分だけでも負担しようとする姿勢は好感が持てた。
自慢ではないが勤め先は国内有数の優良企業だ。所属が割れた時点で連絡先を聞かれる割合は跳ね上がる。
しかしそんな事もなかったし、話していて根掘り葉掘り身辺調査まがいの質問攻めもなかった。

「俺初対面で家族構成から親の職業から年収から聞かれたことあってさ、あれ軽くトラウマ。女子怖い。肉食系女子ムリ」
「ぶふっ」
「…笑うけど秋山だってあるだろうが」
「あるある」
「年収幾らですかって聞いてくるから処女ですかって聞いたら殴られたんだが」
秋山がぶはーっと大きく噴き出した。
「妹に話したらそれはお兄ちゃんが悪いっていうんだよ。何でだよ」
「話したのか!」
げらげら笑いだした秋山の背中をばしんとひとつ叩く。

「まあ…でもいい子だったな。また会いたい。というか会うと思うけど」
「だな」



それから一週間程後、いつもの所へ昼食を食べに行ったらやっぱりいた。カウンター席にひとり。
(一週間か…)
秋山が言っていたように広瀬は大抵この店で昼を摂っていたから、もう少し早く会えるかと思っていたのだけれど。
いつもここでランチをしているのではないのかもしれない。
そう思いながら、「隣開いてますか」、広瀬は声を掛けた。
「はーい、どうぞ……あ」
「先日はどーも」
少し驚いた顔をしたさつきを見て広瀬は笑った。

「広瀬さん今日はAセットがお勧め。ご飯大盛りでいい?」
カウンター越しのマスターの気安い様子を見て、
「常連さん?」
そう呟いたさつきにカウンターの向こうから「よく来てくれる超優良カスタマーだよ」との返事が笑声と共に返ってくる。

「私も最近こちらでのお昼が多くて」
「うん、実は偶に見かけてた」
「え!私は全然気付いてなかったんですけど…何だかすいません…?」
語尾についた疑問符に広瀬は思わず笑ってしまった。
広瀬が気付いた時はさつきは大体カウンター席に座っていて、テーブル席には背を向けていることが多かったから無理もない。

昼はいつもここ?と尋ねれば、近くの支社に出張に来て昼を跨いだ時はアルマダと決めているらしかった。
「所属はここじゃないの」
「二、三駅離れた本社の方です。でも最近出張が楽しみで…ここ、ご飯もコーヒーもおいしいから」
見付けた時はガッツポーズでしたよ〜と笑う様子に広瀬も笑った。
「秋山さんもよくこちらに?」
昼食ローテーションの中にここは入っているだろうが、秋山はあっちこっちを食べ歩いている。

「ならまた会うかもしれませんね?」


(16/6/18)(16/5/18)
そんな話妹にすんなよ広瀬。笑。スペイン繋がりでアルマダ。無敵艦隊。