10: gap




「あれぇ広瀬さん今日はここで勉強ッスか」

おどけた同居人の台詞が響いた。
意外そうな声音はいつもなら自室でする勉強を今日は居間でしていたからだろう。
掛けられた声に反射的にノートから視線を上げた広瀬は目を剥いて固まった。
かたんと音を立てて指の隙間から鉛筆が落ちる。

すごい格好だ。

さつきは(広瀬の感覚から言うと辛うじて)服は着ている。
服は着ているが、デコルテは剥き出し、腕も剥き出し。上半身を覆うのは胸元から下のみだ。
下半身に至っては膝上までのズボン。太ももの三分の一程から下が剥き出しになっていて、露出部分が多過ぎる。
体の面積の半分位が出ている。多分。
髪は濡れているし、顔や服から帯びる手足は桃色に上気していて、ああこれは風呂上がりだ。

(違う、違うそうじゃなくて、……ええと、)

どうしてこんな格好のさつきと向き合っているのか、状況がよく分からない。
何と言うかすごく困る。ちょっと待て彼女寝巻は着物で洋服ではなかった筈だ。
………………。
いやいやいやいやそうじゃない。そうじゃなくて。

「ねえ大丈夫?具合悪いのかな」
「うわっ」

突然の問い掛けに広瀬は大声でのけ反った。
いつの間に移動したのだろう、さつきが隣に座っている。
ふわふわとしたすごくいい香りがする。ちらんと胸元を見ると(不可抗力だ)、谷間の陰に二連のほくろがあるのまでばっちり見えてしまった。

「さつきさん近い近い近い近い」
「え?」

「おい大声が聞こえたが……何やってんだお前ら……すごい格好だなさつき」

胡坐を崩してのけ反る広瀬とその隣で横座りのさつき。すごいタイミングだ秋山。
「何か着て来い」と言われて自室に戻ったさつきを見送ると、秋山はぐったりした様子の広瀬に声を掛けた。

「お疲れ」
「……」


いつもの見慣れた寝巻に身を包んださつきが現れたのはそれから十分程後の事。

「ごめん、ついうっかり」

いつも自室を出る時はキャミ(キャミって何だ)とショートパンツの上に寝巻着てるんだけど、ついうっかり忘れてた。
恥ずかしがりもせず(びっくりだ)悪びれもせず、しかし「これから気をつけるね」と謝罪を繋げて困ったように笑う彼女に、広瀬は住む世界が違うとまた色々と違うのだろうと思ったのだが。

「もしかして広瀬さん女の子にあまり慣れてない?」
「さつきさんちょっとそこに座ってもらえる?違う、足崩さない。正座」





キャミソールとショートパンツがどんだけ気に食わなかったのか、大絶賛説教中です。
ええ、はいはい。今私の目の前で正座でお説教垂れてるのは広瀬さんですよ。
あんな格好は破廉恥(ハレンチて)だのふしだらだの(酷い)、もっと危機感と自覚を持てとか、立て膝で座るな胡坐なんか言語道断だとか、畳の上でごろごろしながら本を読むなとか、両手が塞がっている時に襖を足でスパーンと開けるなんて女のやる事じゃないとか、ここぞとばかりに出るわ出るわ。
今までにそんなに色々溜め込んでたんですか……ごめんね女らしくなくて!

広瀬さんの背後では秋山さんが我関せずでちゃぶ台に頬杖をついて新聞を読んでいる。
部屋に戻らないなら助けてくれ頼むよあっきー。
SOSを送っても完全無視。本っ当〜に我関せずだな。話の内容全部聞いてるくせに意地悪だ。つーか絶対楽しんでるよね、この人。
助けてくれないなら帰れ、帰ってしまえ。ちょっとばかり恨みを込めて睨みつけると視線が絡まった。
…………。
……嗤った。今鼻で嗤いましたよこの人!

「さつきさん!俺の話を聞いてるのか」
「………………はぁ」

聞いてます。三分の一位は聞いてますけどそろそろ足が限界ですよ!
こっちは椅子生活に慣れた現代っ子なんだよ。長時間正座とか年数回あるかないかの法事位なんですよ。
痺れをごまかすのに重心を右へ左へそれとなく変えたりもしてるけど、足と脹脛の辺りがびりびりしてきて感覚が無くなってきてる。
本当にそろそろ限界。多分今立てない。立ったら生まれたての仔馬になる。
話?そんなのハレンチの辺りから(吹き出しかけて我慢しました)右から左ですよ。
広瀬さんには悪いけどいつまで続くんだこの話。早く終われとか、足痺れて来たとか、そんな事しか思い浮かばない。
確かに明治と現代じゃ露出度に対する認識は激しく違うだろうから、気をつけないといけないのは確かだけど。
そうですね。うっかりしてた私が悪いんですよ。すいません。ハレンチですいません。

それにしてもこういう叱られ方って本当に久しぶりだ。小学校以来とかじゃないだろうか。
なんと言うかとても懐かしい。お父さんお母さん元気にしてるのかな。お母さんが怒って効果が無かったらお父さんが出て来るんだよね。ラスボスだよお父さん。子供心に怖かったなあ。
こういう風に対面で正座させられて。
「さつきさん」
そう言えば広瀬さんと秋山さんって同い年だっけ。
それにしては印象が違うなあ。秋山さんは兄貴って感じだけど、広瀬さんはお兄ちゃんというか、今はマジお父さん属性入ってる。
「さつきさん」
広瀬さんがお父さんかー。なんか似合うね。家族がいたら本当に大切にしそうなのにこの人は独身主義なのか。もったいない。陰で泣いてる女の子とかいそう。それに娘とかいたら蝶よ花よと猫可愛がりしそうだよね。面白そうだな〜。それはそれで見てみたい。「大きくなったらお父さんのお嫁さんになるのー」とか言われてデレデレしてそう。うわものすごく想像できる。見てみたい。本気で見てみたい。本当になんで独身主義なんだ。もったいない。


「さつき!聞いてるか⁉」
「えっ何?おとーさん」


しまった。


怒り狂うかと思いきやまさかのお父さん発言で広瀬さんはどん引き。
その後ろで秋山さんが突っ伏してちゃぶ台をバンバン叩きながら爆笑していた。




100813
gap:時代が変われば価値観も色々

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