09:these days




「ああ、それで清流庵にいたの」

清流庵――あの和菓子屋さんでお花引いていたら、ちょうど帰りがけの広瀬さんと会ったので一緒に帰ってきました。
今日は秋山さんはちょっと遅れて帰ってくるそうで。
荷物を置いて買ってきたお饅頭を一緒に食べながら尋ねられたので相槌をひとつ。

あの人力車と子供の衝突を回避した事件以降、清流庵の人たちとはとても仲がよくなった。
それだけじゃなくて、あの日から清流庵界隈の人たちの私を見る目が良い方に変った。
情けは人の為ならず?そんな感じだ。

あの時棒を振りかざして走ってきたおかみさん、八重さんは少し話してみるとすごく気のいい女性で、あれからちょっとした知り合いと言うか、懇意にさせて貰っている。
今やご近所さんでは間違いなく一番の仲良しだ。

八重さんは、八重さんの旦那さんもだけど、私が倒れていた時の話は聞いていたけれども直接見た訳ではないのでどういう状況だったかの詳細はよく知らないらしい。

「話は聞いてたんだけどね、最近その厄介なのがよく来るから困ってたんだよ」

あー厄介ですいません。
八重さんは私がこっちに来た時の様子は知らない事と私が店内で邪険にされていた理由をころころと笑ってのたまった。
正直がっかりもしたけど、仕方ないと言えば仕方ない。
その内手掛かりも掴めるだろう。まあこの他に気になる事もある事だし。
で。私自身の事だけどまさか未来から来たとも言えないので、遠くから来た外国人という勘違いを訂正しないままでいる。

「でね、なんか」

机に頬杖をつきながらちゃぶ台の正面に座る広瀬さんを見る。
彼はもう一個とお饅頭を皿から取り上げてそれを半分に割った。この人が持つと大きめのお饅頭も小さく見えるなあ。

「はい、半分こ」
「そっちの小さい方がいい。うん、そっち。ありがとー。あと私ね、なんか外国人の男だと思われてる」
「訂正はしなかったの」
「したけどさあ」


何度性別国籍名前を告げても「日本人みたいな名前ね」とか「あらあら冗談なんて言っちゃってかわいい外人さん(♂)ねうふふ」とか、そんな反応しか返って来ないのだ。
え?ちゃんと「如月さつき」と名乗ってますよ?ファミリーネーム、ファーストネームの順で告げてますよ?
しかしどうも平仮名や漢字じゃなくてカタカナで変換されてる。千代さんはちゃんと話聞いてくれたのにな!
いくら説明しても暖簾に腕押しで、なんかもう無駄に疲れるばかり。
無理に訂正する事も無いかとついに諦めた。

それにしても私、大分言葉遣いが砕けてきたな、広瀬さんに対しても。
はっきり言って同年代に対する話し方と変らない。向こうの方が四つか五つ程年上なんだけど。
偶に訂正が入るけど、きつく注意するつもりが見えないのでそのままだ。
いいのかなとも思うけどいいんだろう。

こっちに来た当初には歴史上の人物とこんな風にお饅頭分けあって世間話をするなんて思いもしなかった。
私も彼らも少しずつでも確実にこの生活に馴染んできている。
朝ご飯一緒に食べて、晩ご飯も一緒に食べて。もう一緒の家で生活する事が普通になってるもんね。
そう思うとちょっと笑える。居心地好過ぎて怖いけど。

お饅頭をかじる。あーちょっと甘いな。水分が取られて口の中もさもさするし。
お茶を入れようと急須を掴むと不意に目が合った。広瀬さんがまじまじとこっちを見ている。

「男、ねえ……?」
あー、そうですね、この人は私が女だって分かってるからな。

「服装のせいかなって思うんだけど。それに私ここの人よりは身長あるし、髪だって茶色で髪型も全然違うし。ここだと女の人みんな日本髪で着物だもんね」

髪はゴムでひとつに纏めていたり、夜会巻きで纏めている事が多い。
特に夜会巻きでサイドを流した状態にすると、正面からだと確かに男性の様な髪型になる。
なんてったって茶髪長身パンツスーツだ。

そういう事も含めて私の様子はここの一般的な女性の容姿とは随分かけ離れている(昭和初期まで東京の女性の九割が着物だったらしいし)。
最近はさぼってチークもしてないし、リップクリームだけで口紅もしてないからなあ。
アピール部分が少ないから?
いや、それはそれで女としてどうかとも思う訳だけれども。

「でね、仕事聞かれたからちょっとだけ家の事話したんだけど、なんか私男に養われてるヒモ外国人(♂)だと思われてるみたい。あ、広瀬さんと秋山さんの名前は出してないから安心して?でもこれってご近所付き合い上問題じゃないかなあ……ねえ、ってちょっと、うわっ‼こら広瀬!」

汚いなオイ!人の目の前でお茶吹くなんて‼




私は先方の好意に甘えて清流庵で土日以外のほぼ毎日、一、二時間程腰を落ち着けていて、その上「気にしないで」というお言葉に甘えてお茶なんかも頂いている。
私の一日は朝はバタバタしているけれども、秋山さんと広瀬さんが帰って来るまでは家にひとりだ。
晩ご飯の支度とかもあるけれど、特に用事が無い限り午後は完全に開いてしまう。
ひとりになると、やっぱり色々と考えてしまう。

どうやってここに来たんだろう。
どうすれば帰れるのだろう。
私がここに来た意味ってあるのかな、とか。

そんな答えの出ない問題をひとりで延々と、ぐるぐると考えてしまう。
流石にこればっかりは普段お世話になりっぱなしの同居人には相談できなかった。それに腹を割って話せるような知り合いや友人もここにはいない。
だから笑顔で迎えて、少しの時間でも居場所を与えてくれる清流庵の人たちは私の癒しになっていた。
まあ、そんな事は今目の前に座っている人に話せやしないんですけれども。

どんなに寂しくても不安でも、そんな事を話すのはいくらなんでも気が引ける。
今してくれている以上の事を秋山さんと広瀬さんに求めるのは恩知らずのする事だ。

「でね、颯太くん助けてからだけど、忙しい時はお店を手伝ったりしてる」
「手伝い」

うん、迷惑にならない程度にだけどね。
そう言えば私が偶に手伝うようになってからお店に来る女性客が増えたって八重さんが言っていた。


「そりゃあんた目当てよ。若くてきれいな男の子見に来てるに決まってるじゃない」
「は?(男の子?)」
「さつきさんは物静かに微笑んで女の人扱うだろう?座る時に椅子を引いたり、日陰の席を勧めたり。優しいからね」

それは長年培った営業スマイルです。
それにその位の親切、女性相手なら誰だってやるでしょうに。

「分かってないねえ。日本の男どもはそんな事しないし、若い男にそんな事されて嬉しくない女はいないよ」

それはそうかも。でも心から納得しがたいのは何故だろう……
まあでも面白いかもと思って悪乗りで言葉少なにスマイルゼロ円、少し低めの声でお勧めの甘味を勧めてみたり、目が合った時ににっこり微笑んでみたりした訳だ。気分はもう宝塚だ。

そうしたら十代や同年代であろう女の子たちは朱を刷いたように一様にほっぺたを赤に染めるのだ。
かわいいなと思ってこっちは更に微笑む。
そして更に赤くなるほっぺた。ああ女の子って本当にかわいい。


「…………」
「広瀬さん、地味に傷付くんで黙らないで貰えますか」

いや私だって一体何をやってるんだろうと思わない事もないんですよ。

「あ、秋山さん、おかえり〜」
「ただいま。ふたりで何やってるんだ」
「お疲れさん。秋山も食うか?」

一旦部屋に戻るのかと思いきやジャケットを脱いで秋山さんもちゃぶ台の前に座った。
温めのお茶を淹れるとぐっと一息で飲み干す。おお豪快。最近ちょっと暑くなってきたからね。

「で?何の話」
「最近清流庵でさつきさんが世話になっているだろう。それで……」
秋山さんが帰って来るまでしていた話を広瀬さんが説明する。
「……ああ……」
「何その目」

出張準備の為に偶々昼過ぎに帰って来て清流庵前を通り掛かり、私がゼロ円スマイルで女の子をエスコート(?)している様を秋山さんは偶然見てしまった事があったらしい。

「声掛けてくれたら良かったのに」
「ヒモ(♂)だと思われているんだろうが(そんな事したらパトロンかと思われる)」
「……不本意ながら……」
「個人の趣味嗜好は否定しないが程々にしておけ」
「え、ちょ、なんでそんな汚いもの見る目⁉違うから私ノーマルだからね⁉やめてよ!目逸らさないで!かわいいお遊びじゃないですか!」
「「なお悪いわ」」


そんな事もある訳ですが。
お店だっていつもいつも忙しい訳じゃない。
帰って来るなりぽーんと鞄を放り投げて遊びに行ってしまう清流庵のひとり息子の颯太くんを、「遊びに行くのは宿題が終わってからだよ!」と毎度毎度叱っている母親八重さんの様子を見るに見かねて、宿題を見たりもしている。

「さつき……スゲーのな……!」

小学校レベルなので流石に問題はないけれど、すごいとかキラッキラした瞳で見つめられても正直微妙ではある。
それでも頭を撫でながら出来を褒めると子供らしく照れ照れしながら嬉しそうに笑うから、こっちだって悪い気はしないし釣られて笑ってしまう。素直な子供だってとってもかわいい。
宿題が終わったら一緒にお茶を飲んで、どんな遊びをしてるのかとか、話を何か話をしろってせがまれたり。

「話?」
「三国志あたりでいいかと思ったんだけど、折角だから違う話を」
「!……三国志を知っているのか」

そんなに驚くほど意外なんでしょうか秋山さん。隣で広瀬さんも意外そうにこっちを見てるし。
偶にそういう顔されるなあ。何なんだろう。

「好きですよ。曹操とかカッコいいじゃん。それはとにかく人数が」

今している物語が受けているのか、清流庵にやってくる子供の数が増えている。
といっても大した人数じゃないし、みんな颯太くんの友達なんだけどね!人数が増えるに従って宿題よりも寧ろ話をする方がメインになってきたりするのが気になるところですが。

「一応子供の面倒を見てる事になってるみたいで、子供のお母さんが気を使ってお菓子買わせて帰るのね。なんだかんだで売上が伸びてるみたい」
「さつきさん、給料もらった方がいいんじゃないの?」
「本当にな」

広瀬さんが笑うと釣られた様に秋山さんも笑った。
自分でもそう思わない事もないけど、元々そんなつもりじゃないからね。
家以外の居場所を与えてくれる事がありがたくて、そのお返しだから。

「あはは、やっぱりそう思う?それでね」
前から思っていたお願いを、してみてもいいだろうか。そう思ったのだけれども。

(……お返し、か……)

そう思うとふっと持ち上がった口端が引き攣った。途中で言葉を区切った私にふたりが首を傾げる。

「あ〜……いや、いっか」
「え?」
「ん?」
「先にご飯の用意するね。秋山さんも早く着替えないと服皺になるよー」

言いかけて止めるのはよくない。そう思いはするのだけど。
ふたりの声が追いかけて来る前に、さっと立ち上がるとパタパタと炊事場へと向かった。

詳しく何をしているかまでは知らないけれど、休みの日でもあのふたりはそれなりに忙しい。
住まわせてくれるだけでもありがたいのに、些細でもこれ以上の頼み事はやっぱりしづらいかな。

ちょっとだけ溜息が出た。


 

100810
these days:最近の出来事。題はBonJoviから。歌詞は全然関係ない

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