ただいま銀座です。早く着き過ぎました。
約束の時間まで余裕で三十分以上あります。
少し位ならぶらぶらしても大丈夫かと思って、待ち合わせ場所を離れております。
差した日傘をくるくる回しながら、いかにも「私この時代の人間です」っぽく歩いてますが、何故かあちこちからそれとなく、でも凝視するように突き刺さる視線にドキドキしてます。
え、こわ……
微妙に視線が集まってるのは多分気のせいじゃない。
久々に感じる異端を見る目。私は宇宙人かっつーの。
不躾な視線には慣れないけど、清流庵での問題が解決してからは大分気にならなくなった。
それはとにかく私は内心開いた口が塞がりません。
ここ明治時代の日本ですよね?
だって銀座の表通りには木造建築が全くない。全て石造り煉瓦造り。
左右には統一された二階建てアーケード付きの洋風建築、歩道があって車道が通っている。
車道は土舗装だけど、歩道なんて赤レンガが敷き詰められている。歩道と車道の境目は並木になるように植樹されていて、その上アーク灯が整然と配置されていて。……って事は夜遅くまで賑わう場所なんだろう。
住んでいる麻布付近の様子と人力車で見た風景を思い出す。ものすごい違いだ。
…………。
おかしいな、私現代日本から来たんだけど。超高層ビルのある東京しか知らないんだけど。
なんでこんな違和感あるの。ここ日本ですよね?本当にびっくりなんだけど……
しかしスマホが無いって不便過ぎる。
無かった時はどうやって待ち合わせしてたのかな。そんな事を思ってしまう。あーあれだ、三十分経っても待ち人来たらず、やっと会えた時には行き違いで時間も随分過ぎていて「時計下って言ったらあそこでしょ、どこと間違えてんの」とか責められて。
……うん。
スマホを忘れて家を出た時に起こった過去の汚点を思い出して、大した距離歩きもせず待ち合わせ場所に戻りました。
行き違って迷子になって困るのは自分だし。この年で迷子とか流石に笑えない。広瀬さんとか血眼になって捜してくれそうだし、そうなったら本気で笑えない。
結局人力車降りた所で待機、はいいんですが。
何故か道行く人と物凄く目が合います。視線を感じるどころかはっきり見られてます。ガン見です。
さっきも感じたけど、どういう視線だろう。上から下まで見られてる。
服装のせいかと思うけど、それとはちょっと違うみたい。
……やだ何これ怖い。大分慣れてきたとはいえ怖い。本気で気持ち悪い。
ちらっと時計を見ると時間まであと十分。海軍って五分前行動が基本って言ってたじゃん。
五分前の五分前には来いよ。何やってんのふたりとも。………本当に早く来て欲しい。
待ち合わせ場所は目立つ所だったから通り挟んで正面に移動。
ちゃんと前見てれば見逃さないでしょ。柱に寄り添うように立って、肩に掛けていた日傘を浮かせて顔が隠れるように少し前に倒す。
それで偶に傘を上げて前をチェックして。
これなら物理的に視線をカットできるからまだマシかと思っていたのだけれど。
「きゃあっ」
いきなり日傘を持つ手を掴まれて顔を覗かれた。思わずのけ反る。
こんな状況は流石に考えてなかった。しかも知らない男の人だ。
「なあ、あんた」
「やっ、やだ!離し、て!」
「日本語話せるのか」
相手は続けて何か話そうとしていたけど、こっちは聞く気が全くない。新手のナンパ?いや違うだろ!掴まれた手首をぐいぐい引っ張るも力では全然敵わず、引き摺られるように数歩足を運んだ。
その拍子に弾かれるようにして日傘が手から離れる。
え、どこへ行くの。もしかしてどこかに連れて行こうとしてる?
怖い。怖すぎる。
叫びたいのに唇が震えて声が出ない。体も震えて来た。
そもそも大声出して誰か助けてくれるの?
今でも騒ぎが起ってるのを周囲の人は面白そうに見てるだけだ。
嫌だ怖いどうしよう。どうすればいい。振り切って逃げるしかない。
掴まれた方の腕に力を入れて体全体を取り戻そうとした時、ぱっと後ろから肩を抱かれて男から引き離された。
助かった!ホッとして見上げる。
(……あ)
「おいお前、女相手に何をやっているんだ」
私の手を掴んでいた男の腕を、今ではとても見慣れた後姿が掴んでいた。
秋山さん、結構力強いんだな。
どれだけギリギリ掴んでいるのか、男は逃げたくても逃げられないみたいだった。ちょっと蹈鞴を踏んでる。
その状態で二言三言何かを言い合った後、男は捨て台詞を吐いて走り去ってしまった。
その様子を横目で見て、後ろから庇護するように私の肩を抱え込んでいた広瀬さんに声を掛けようとして遮られる。
"Excuse me, are you all right? Are you hurt?(……あれ?)"(失礼、大丈夫でしたか?お怪我は?)
え?この人何言ってるの?首捻ってるけど……今小さく「あれ?」って聞こえたよね。
"...Thank you very much, no problem. I was in so much trouble and I really appreciate your help"(大丈夫、問題ありません。すごく困ってたの、助けてもらって本当にありがとうございました)
何となくノリで答えてみました。
そうしたら広瀬さんがギュッと眉を寄せて「いや、でも……?」とかぶつぶつ言いながら更に首を捻った。
今度は秋山さんが集まったギャラリーを散らして拾った日傘を渡してくれたけど、受け取ろうとした手がカタカタと震えてる。
大丈夫大丈夫、ふたりに会えたんだから。止まれ止まれ。
"It is natural to help those in need. Please don't worry about it. ...... Are you sure you are OK?"(困っている人を助けるのは当り前の事でしょう。どうかお気になさらず。……本当に大丈夫ですか?)
言いながら首を傾げられてしまった。でもこっちこそ首を傾げてしまう。
なんで秋山さんまで英語で話し掛けるの。もしかして私って分かってないんですか。
「……ほ、本当にだい、大丈夫……」
英語は平気で話せたのに、心の中は結構冷静なのに。大丈夫と言おうとすると少しだけ声が揺れた。
「……さつき……」
「……やっぱりさつきさん、だよな」
やっぱり私って分かってなかったんですね。でも広瀬さんは距離が近かったから少しは気付いてたみたい。しかし名前確認しながら上から下まで穴が開くように見つめるのは止めて下さい。恥ずかしい。
「うわーん一緒に暮らしてるのにさみしいなーなんで気付かないかなー薄情だなーふたりともー」
やっぱり震えが止まらない。ごまかす様におどけたふりをして笑った。
「いや……いつもと違い過ぎて」
「なんと言うか、お前も女なんだな」
な、なんて失礼な……でもいいか。
普通に返事をしてくれてるし。それにふたりともいつものスーツで来るかと思っていたらしいので。
確かに今日の格好はいつもと違いますね。
二、三日で出張から帰る予定だったのでここでの手持ちの服はとても少ない。
パンツスーツとジーンズとちょっとフェミニンなスカート。シャツとキャミソール合わせて数枚とシフォンのバルーンブラウス位。
折角誘われて夕食に行くのにスーツは避けたかった。
ジーンズもどうかと思うので選択肢はスカートにキャミとバルーンブラウスの重ね着しかなかった。
一応お洒落着だし、普段着るのもどうかなあと思ってキャリーバッグの中に入れっぱなしだったんだよね。
あとストールあるからストール巻いて。
こっちに来てから偶にしか使っていなかったアクセサリーもつけて、ジュエリーケースに入れっぱなしになっていた付け爪もつけた。ほったらかしも稀にいい仕事する。
メイクも最近手を抜き過ぎなので、これもちゃんとして。
昨日はお風呂上がりの濡れ髪を三つ編みにして寝たのでいい感じに波打っている。まさかこの年になって貧乏パーマをしようとは。それをハーフアップにしているからいつもとは随分雰囲気が違う筈。
……って、もしかして、もしかしなくても私ものすごく張り切ってない?
やり過ぎた?
あーやり過ぎましたかそうですか。てかこれが普段通りなんですが、ケバイですかすいません。今更ながら遠足を超楽しみにしてた子供みたいで恥ずかしい。えーえーえーそうですよ!楽しみだったんですよ!こっちに来てから遠出するの初めてだったから。
あの秋山さん、あんまりじろじろ見ないでもらえますか。あーあ、いつものカッコで来れば良かった。
「いや、そんな悪い風に取るなよ」
マシンガントークに若干引いてる秋山さんにふと思う。
そういえば絡まれてるのが私だって分からなかったんだよね。と言う事は……
「私だと思って助けてくれた訳じゃないんだよね?海軍さんて国内でも英語使わないといけないの?あ、えーと、もしかして私の事外国人だと思った?」
「……」
「……」
そうですか。思ったんですね。
ふたりとも目が泳ぎまくってるよ。本気で寂しいぞコラー!
「すれ違う人がみんな美人の外国人が立ってたって言うから」
「美人?」
そんなにきれいな人いた?
「ああ。集合場所に着いてあいつじゃないかって広瀬と話していたらいきなり絡まれているし、なぁ」
え?
……は?
「で、助けたらさつきさんそっくり。そう思ったら本人だし。びっくりした。ああ、今日は本当にきれいだね」
「……本当にな」
うわああああああああ‼
恥 ず か し い 人 が い ま す。
神様この人たち何ですか。この人たち誰ですか。
本当に同居人?秋山真之と広瀬武夫?ふたりに似た誰かじゃないの?
あまりの不意打ちストレートパンチの衝撃に私は悪態のつき方を完全に忘れてしまった。
そんな言葉を聞くとは思ってなかった。のたうち回りたくなるほど恥ずかしい。本当に一体何を言い出すのこの人たち。
多分私は耳まで真っ赤だったと思う。顔が合わせられなかった。
"Shall we?"
そんな様子を見て笑いながら秋山さんが至極自然に腕を差し出してきた。
私は何も考えずに自分の手を預けてその隣に並んで、「ノート見に行こうか」、そう言って目の前をゆっくり歩き始めた広瀬さんの後ろをついて歩いた。
「ひとりにしてすまなかった。怖かっただろう」
突然謝られた。秋山さんだ。
「あっきーが優しい」
「失礼な。俺はいつも優しいぞ」
「えー?そうかなぁ」
「そうだろう」
口調は皮肉っぽいのに目元が柔らかく細められた。そうだね。この人が優しいのはよく知ってる。
「……助けてくれてありがとう」
「ああ」
さっきまで残っていた震えはいつの間にかどこかへ消えてしまっていた。
100904
happening:ちょっとびっくりした出来事(三者三様
背中痒いwこの連載の広瀬は半天然(微妙)です。ナチュラルに口説きます。本人気付いてません。半天然です(大事なことなので二回言いました)。陸上勤務時の行き帰りは背広が基本。職場で軍服にお着替え。この連載の初めの方、その事を全く忘れて軍服で往復させてました(笑)まあ基本背広という事なので多めに見てください