「美人が立っていると言われると気になるな。ちょうど待ち合わせている辺りじゃないか?」
目指す方向にきれいな外国人が立っている。
すれ違う人間すれ違う人間がそういう話をしていると、どんなもんかと思うものだ。
「広瀬でも気になるのか」
「そりゃあ人並みには」
時間まで十分程を残して到着した集合場所にさつきの姿はまだなかった。
人力車を使えと伝えていたから流石に迷う事はないだろう。
そう思い、それでもこの周囲を見物している可能性もあると付近を見渡していた時、双眸に飛び込んできたのは通りの向かい側で言い合っている一組の男女だった。
みっともない……痴話喧嘩か。
こんな昼日中しかも銀座で御苦労なこった。
苦虫を嚙み潰したような気分で視線を逸らしかけた時、女の手から日傘が滑り落ちるのを視界の端に収めて、秋山は釣られるようにして焦点をもう一度向こうの男女に合わせた。
傘で見えていなかった顔が露わになる。
さっき耳にした外国人ってあれか?
そう思い様子を見ると、あれは痴話喧嘩じゃない。
どう見ても嫌がっている女を男が引きずっているようにしか思えなかった。
周囲は助けようともせず、面白がってその様子をただ見ているだけだ。野次馬どもめ。相手の立場云々では下手したら問題になるぞ。
心の中で盛大に舌打ちして足を踏み出そうとした時、
「あれマズいな」
いつ気付いたのか同じ方向を見、そして同じ事を考えたのだろう、広瀬が先に車道を横断していた。
広瀬が女の両肩を庇うように両手で包むと自然と男の手が離れ、間に入った秋山がそれを捩じり上げた。
男は新聞記者らしい。
日本語が話せる外国の美人を見つけたので、新聞のネタにできたらと会社に連れて行こうとしたとかなんとか言っていた。銀座には新聞社が多い。
「外国人相手に国際問題にでもなったら会社は潰れる(かも)な」
腕を掴んだまま話を聞いていると猛然と食って掛かって来たので、軽く脅してみると男は頭の悪い捨て台詞を残して走り去って行った。
少し距離を置いた所では広瀬が女と話をしていて、聞こえて来る内容によると怪我もないようで秋山は安堵した。
開かれたまま落ちていた日傘を拾い上げて持ち主に手渡そうとしたのだが、「本当に大丈夫か?」と聞かずにはいられないほど、怖かったのだろう、差し出された手は震えていて、秋山は目の前にある顔を思わず凝視してしまった。
美人だ、確かに。
そう思ったのだけれど。首を傾げた。
似ている。
同居人にものすごく似ている。
他人の空似にしては気持ち悪い程似ている。
「……ほ、本当にだい、大丈夫……」
そう思った時、声を聞いて広瀬と顔を見合わせた。間違いない。
「……さつき……」
「……やっぱりさつきさん、だよな」
普段とは全く違う姿の同居人だった。
いつものスーツで来るものだとばかり思っていた事もあって、今目の前にいる女の姿は酷く新鮮だった。
こんな格好見た事がない。
秋山はさつきを上から下まで、それはもうまじまじと遠慮の欠片もなく眺め倒した。
何と言うか、女だ。
どうしたさつき何があった。今日は全力で女じゃないか。
広瀬も驚いたのだろう。
咄嗟に「いつもと違い過ぎる」とか何気に酷い言葉を吐いていたが、「お前も女なんだな」としか言葉が見つからなかった秋山も大概酷かった。
どう結ったらああいう髪になるんだ。見た事がない髪型だ。
睫毛が長い気がする。何をどうしたらこうなる。瞼にはきれいに色が入っているし、唇はつやつや。しかも香水の香りがほんのりと漂っている。首元に捲いているそれは何だ。
爪は今朝見た時は普通だったのに今は人工的な桜貝色だ。何か付けているのか?
本当に朝俺たちが家を出てから今までに何があった。広瀬じゃないがいつもと違いすぎる。
何で一緒に暮らしてるのに気付かないのかとか、どうせ外国人と間違えたんだろうとか。
さつきはそんな事を不満げにぶちぶち言っていたが、秋山は目の前の愚痴る女の変化の方が気になって、正直な所あまり話を聞いていなかった。
話しながらさつきはまだ若干震えてはいたが、広瀬が聞いている内にそれも収まってきそうな様子だ。
そろそろ大丈夫だろう。
そう思って秋山は適当に話を聞き流し、適当に話を合わせていたのだが。
「で、助けたらさつきさんそっくり。そう思ったら本人だし。びっくりした。ああ、今日は本当にきれいだね」
いきなり耳に飛び込んできた言葉に、秋山は勢いよく隣の男を振り仰いだ。
え?広瀬ってこういう事言う奴だったっけ。
そう思ったのは秋山だけではなかったようで、さつきも物言わず固まってしまっていた。なんて間抜け面だ。
思わず吹き出しそうになったが息を漏らした位で我慢して広瀬に同意した。
「……本当にな」
きれいだと思ったのは秋山も同じだったから。
しかしさつきにとっては秋山の言葉さえも意外だったようで、ばっとこちらを見るとみるみる顔が朱に染まっていった。
おーおー照れてる。
さつきがこれだけ分かりやすく感情を表に出すのを見るのは初めてだった。面白い。いや、面白いというより……
「かわいいな」
広瀬が秋山にだけ聞こえるようにこっそりと耳打ちした。
お前それ本人に言ってみろ。恥ずかしい通りこして怒りだすぞ、きっと。
"Shall we?"
笑いを堪え切れずに腕を差し出すと、さつきは少しの間も置かず、躊躇いも見せずに手を重ねてくる。
腕を組んで歩く事に慣れている様子に若干驚いたが、重なる部分から小さな震えが伝わってそんなものは一気にどこかへ吹き飛んでしまった。
隣にいるのは自分が思うよりもずっと繊細で弱い女のようだった。
そう思うと、秋山の口から驚くほど自然にいたわりの言葉が滑り出た。
「ひとりにしてすまなかった。怖かっただろう」
きょとんとした表情がこちらを向く。
「あっきーが優しい」
「失礼な。俺はいつも優しいぞ」
「えー?そうかなぁ」
「そうだろ」
これは紛う方なく同居人だ。いつも通りのやり取りが戻ってきて、ふっと微笑った。
「……助けてくれてありがとう」
「ああ」
軽く相槌を打って広瀬の後を追った。
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happening!2:秋山視点でお送りいたしました
めっちゃ観察する秋山