16:how can I tell you what I think




ノートに書きなぐりながら掻い摘んで話した指輪物語が意外とふたりにウケたらしい。
でも長いと言われて苦笑した。私だって上映時間二時間ほどで終わる他のファンタジーにすれば良かったって後から思ったよ。輪物語はいくらなんでも長過ぎた。

びっくりしたのは秋山さんの食い付きの良さだった。
あやふやだったりごまかした所をノートを見ながら的確に指摘してくる。
ちょっとなんで分かるの……つーかごまかされないなこの男。
しかも追求の仕方が結構えげつない。システムの不備見つけて重箱の隅までつついてくる鬼カスタマーかあんた。
頭の回転は速いし食えない人だというのは大体分かっていたけれど、やっぱり手強い。
視線をノートから秋山さんに流すと、すっと目を眇めて笑われた。

何?馬鹿にしてんの?いや違うな。なんか試してやってる、みたいな。
ムッとすると同時に頭のどこかでスイッチが切り替わる音がした。久々の仕事モードだ。
話す内容は指輪物語だけど。

一部の話だけだったのを三部のラストまでに広げて、まずは物語と鍵になる要点を大枠で掴めるように話す。
次に各章で重要な話を箇条書きでピックアップしていけば、ノートには見事なレジュメが完成した。
途中キャラクターの台詞を入れながら話していたから、我ながら熱くなっているとは思ったけれど聞き手が笑ってたからいい。問題ない。

「話の進め方は上手いな」

秋山さんには驚き顔で褒められたけど、こっちだってプレゼンで鍛えられてるんですよ。
ただ悔しいかな向こうの方が上手で「こうした方がきっと面白い」とか「こうすれば聞きやすい」とか、「ここで切って後に繋げた方がいい」とかアドバイスをくれる始末だ。

「もしかしてこういうのに慣れてます?」
「義太夫や落語を結構聞いていたからな」

そうかそうか話芸を聞き慣れてたのか。納得。でもこれは都合いいかも。
ここぞとばかりに話し方のコツなんかをあれこれと聞いて、これもノートに書き落としていく。
打ち合わせみたいにして、そうこうしている内にこれからどうやって話を進めていくかとか、聞きやすく話すコツとかそんな事が纏まっていく。

なんだかんだ言いながら話を聞くだけじゃなくてスムーズに話していけるよう協力してくれているのが嬉しかった。
それにこういう少し緊張感のあるやりとりが久しぶりで楽しい。
そう思ってニヤニヤしてたら秋山さんが怪訝な面持ちでこちらを見ていた。怪しいですかそうですか。

「こんな風に説明したり突っ込まれたり、話をしながら何かをひとつの形にしていくの、仕事してるみたいで楽しい」
例え内容が指輪物語でも(二回目)。
「仕事か」

秋山さんは私からそんな単語が出ると思っていなかったようで、それこそ「意外」という感じで一瞬間が空いたけれど、「分かる気はするな」、ときれいに破顔した。

「さつきといると同僚といる時のような感覚に陥る時がある、確かに。お前、偶に男みたいだから」

一言余計なんだよ。



会話にはあまり参加せず、こっちを見ながらにこにこしていた広瀬さんに促されて席を立つ。
エスコートなんて正直慣れないけれど、「男友達みたいで偶に女である事を忘れる」とか言う割にはふたりともきっちりと女性扱いしてくる。
それを恥ずかしいとかごちゃごちゃ言うのもスマートじゃない気がして、何も言わないで差し出された腕を取った。

「どうする」
「え?」
「人力車捕まえるか……歩いて帰るか?」
「んーと、歩こ」

このまままっすぐ帰るのは何故かもったいない気がした。
帰るのに時間が掛かっても、もう少しこの雰囲気を楽しみたいという気持ちの方が大きかった。
歩いて帰るという選択肢が与えられるあたり、秋山さんと広瀬さんも同じ気持ちだと思いたい。うん。そうだといい。

「あ、でも明日大丈夫?広瀬さん行く所があるんだよね?」

確かこの前富士見町に行くとかどうとか言ってなかったかな。というか富士見町って何の事だろう。

「ああ問題ないよ、道場だし。あれ?言ってなかったか。俺柔道をやっているんだけど」

そうなの?初耳ですが。
そういえば時々道着らしきものが干されてたような気も……隣の秋山さんを見ると、
「知らなかったのか。富士見町にある講道館だ。コイツ柔道バカだぞ」
逆隣に聞こえないようにボソッと。あはは。

……。
…………講道館⁉

講道館ってあの講道館⁉びっくりだよ。そんな昔からあったのか。
でもまあそんな事は言えませんからね。適当に話をごまかしますが。

「柔道か〜冬は辛いよね。あの格好、見るからに寒いし痛そう」

柔道場が剣道場の隣にあったからどんな感じかは知っている。
でも剣道よりはマシなんじゃないかなあ。
剣道も冬は過酷だけど夏は更に過酷だ。額を流れる汗は防具が邪魔で拭えないし、塩分濃度が高いだけに目に入った時の刺激がハンパない。その上痒くても顔に指が届かない。どちらにしてもじっと我慢の子なのだ。痛みも痒さも何処かに行くまでやり過ごすしかない。小手から抜いた手は汗でふやけてるし、臭いは色々と混じり合って殺人的だ。クラッとくる。気を失いかける。本気で。思春期の乙女からは程遠い臭いだった。

「さつきさん、柔道を見た事があるんだな」
「いや、というか剣道……」
「うん、昔ね。今はやってないよ」

意外だったようで、ふたりともキョトンとしていた。
今日はこんな顔ばかり見てる気がして笑ってしまう。

頬を撫でる風は生暖かいけど気持ちいい。自然と鼻歌が漏れた。それ位気分が良かった。

「それはさつきさんの所の歌か?聞いた事がないな」
「旅の仲間のテーマ。さっき話した……」
「『指輪物語』か」
「うん、秋山さん。これはさっき話したThe Breaking of the Fellowship≠フテーマ曲だよ」

歌詞をメロディに乗せると広瀬さんと繋がっている左腕が急に引かれて、その拍子に一、二歩バックする。
あ、引っ張ったんじゃなくて立ち止まったのか。
見上げると広瀬さんは驚いた顔をしているし、秋山さんを見ても似たような表情だ。
私なんか悪い事しましたか。思わず小首を傾げる。

「そういやそうだよな……」
「会った時にさつきが英語を話していたのを忘れていた」
「ああ、俺もだ」
「え?」

なんて?と聞き返す言葉には返事はなく、じっとこちらの顔を覗かれる。
ぼそぼそ話されると怖いんですけど……

「さつきさん」
「は、はいっ?」
「そんなに驚かなくても」
「お前英語が話せるんだな」
「英語?いやいやいや話せるとかじゃなくて、ちょっと分かる程度」
「どこで勉強したの。さつきさんの所ではみんな話せるのか」
「学校だよ。義務教育だったから、それで。でもみんな話せるって訳では。話せない方が大半じゃない?私は洋曲……西洋の曲が好きだから頑張って勉強はしたんだよ。実用性は低いけど」
「(義務教育?すごいな)でも昼間は俺と話せていたよ」
「あはは、あれ位が精一杯です」
「咄嗟であれだけ応えられたら俺は十分だと思うが」
「しかしさつき、西洋の曲はそんなに容易く手に入るのか?日本でならまず楽譜や楽器が必要だろう」

え、そこから……?
説明が思ったよりも大変そうだ。
こういう時私にとって当たり前の事がここではそうではないと思い知る。
ちゃんと説明するのは大変だからその辺りは適当に切り上げて(苦笑された)、歩きながら今度は違う曲を口遊むと途中でパシッと口を塞がれてしまった。

「なにするのあっきー」
「おま、その歌」
「ガガ様のSummerBoy≠セよ。かわいいでしょ。これからやって来る夏に向けて」
「ちがう!そうじゃない!歌詞だ」
「君と私のひと夏一晩のアバンチュールでしょ?大した事ないじゃん」

けらけら笑うと頭に一発チョップが。痛いなーもう。
さよならイエスタデイ≠ニかじゃないだけいいでしょ。流石にあんな歌をこのふたりの前で歌う勇気はないわ。
でもガガ様の曲、私は好きだけどこの位の歌詞でもNGか。女がそういう事を口にするなって感じですかそうですか。そうですよね。
じゃあこれならどうかなとガーシュインの名曲を口遊む。

「それは?」
「夏繋がりでSummertime=Bいいメロディでしょ?」
「ああ。しかしどの曲も音の取り方や節の取り方が難しいな。俺が知っているものとは随分異なる」
「私からするとこっちの曲の方が難しいよ」

一番一番は短いけど何番まであるのって感じだし、節回しもおじいちゃんが聞いてた浪曲なんかを思い出す。

「あ、あとこういうのは?先に言っとくけど怒らないでね?違う国の歌だからね?」

次のチョイスはヴィレッジ・ピープルのIntheNavy≠セ。

「……悪いとは思わないが、悪いとは」
「祖国を守ろう、仲間になろう、海軍でって、これは……海軍への勧誘なのか」
「それにしては驚くほど軽いな」

複雑そうな広瀬さんの言いぶりに、私は思わずぷはっと吹き出してしまった。

「勧誘か〜それに近いものはあるよね。って言うかそのものって言うか。でも私は歌しか知らないから詳しくは……どうなんだろう?」

あれは?こんなのは?とか言いながら歌ったり、ふたりに明治三十年の流行歌を歌わせたり。
今から口伝するからきっちり覚えなさいよね!こんなサービス滅多にしないんだからね!とか昔流行った某アニメキャラの台詞を笑い声と一緒に吐きながら、ふたりに無理やり歌詞とメロディ覚えさせて歌わせようとしたり。
付き合ってくれようとするから驚きだ。
どうしよう面白過ぎるこの人たち。


ぽっかりと空に浮かぶ下弦の月を見上げる。
街灯が点々と夜道を照らしていても暗いと感じるのはきっとそのせいだ。
現代の夜の明るさに慣れているから、こんな夜は流石に怖い。
でも恐怖を感じないのは両隣に人がいるせいで、笑っていられるのは彼らが安心できる存在だからだ。
このふたりに対してはもう警戒心の欠片もない。

いや元々薄かったんだけどね。
こんな素性も分からない人間の、訳の分からない事情を聞いても保護してくれたふたりには。

だから「気にするな」って言ってくれたけど、私ができる事は何でもしたいって思うんだよ。
この人たちの為になるんだったら。
ふは、と小さく息が漏れた。

「おい?さつき、疲れたか」
「人力車捕まえる?」
「大丈夫!でも歩くの嫌になったらおんぶしてもらおうかな〜…広瀬っちに!」
「俺かよ」
「広瀬は『おとーさん』だもんな」
「止めてくれ……」
「あ、やっぱおんぶはダメ、今日はスカートだから。という事は横抱き?もしかしてお姫様だっこ?……うわ、それはない、うん、それはない。ていう事で家まで頑張って歩くよ。あ、別に広瀬さんが嫌って事じゃないよ?そういうカッコの自分が想像できないだけで、うん。大丈夫、歩くからね、任せて!」
「え?は?」
「自己完結したな」
「あはは!でも」
「「ん?」」
「ありがと、気を遣ってくれて。今日はすごく楽しかったし、嬉しかった」
「……そうか」
「それなら良かった」

「うん。今日だけの話じゃなくて……いつもありがとう。感謝しています、本当に。この時代に来て出会えたのが秋山さんと広瀬さんで本当に良かった」

広瀬さんと組んでいた腕を解いて数歩進んで振り返って笑った。

「…………」
「…………」

えーと、これはどういう反応でしょうか。固まられても困るのですが……

「さつき」

秋山さんに名前を呼ばれる。後に言葉が続くのかと思いきや無言で腕を差し出されたから、それを取って。

「はい、こっちも」

苦笑してる広瀬さんとも腕を組んで。……変な状態だよね?これ。下手したらFBIだかCIAだかに捕まった宇宙人みたいなんですけど。

「俺も会えて良かったと思っている。それにこちらこそいつもありがとう」
「俺もだ。感謝してる」
「え?……うん」
「さつきさん、本当に黙っていなくならないでくれよ?そんな事になったら俺きっと泣くわー」
え、泣くの⁉
「あー、俺も泣くかも……っておい、笑うなよ。俺は本気だ」
本気ですかそうですか。秋山さん、笑うなという割にご自分がいい笑顔ですけれども。でも。
「……そっか」
嬉しいと思うこの気持ちは、どうすれば余さずに伝わるのだろう。

「ありがとう」

そんな思いで一杯だったから、この時のやりとりを誰かに見られているなんて思いもしなかった。



110211
how can I tell you what I think :どうすれば伝わるのでしょう

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