「おやつにしようか」
その一言で上がる歓声にこちらも釣られて笑ってしまう。
ええ、はいはい。あれから毎日託児所状態ですよこの家。と言っても五人位だけど。
「おやつなに〜?」
なんて言いながら後ろから付いてくる女の子(誰の妹だ)に「プリンだよ」と答えると、不思議そうに首を傾げられる。
おやつの王道を知らんのか。なんちゅうもったいなさ。と言うかこの子かわいいな。
子供の面倒をみるなんて柄じゃないけれど、こうしていると面白いものだった。
「あのね、お手伝いしてもいい?」
「いいよー。ありがとうね。お姉ちゃんだねえ」
褒めると女の子は照れ照れしながら俯く。そんな仕草を見て、やっぱりというか、ついつい微笑が洩れる。
「「「「「なにこれ!」」」」」
朝作って井戸水で冷やしておいたプリンを出すと、ちょっとびっくりするような反応が返って来た。
何って、プリンですよ……
でもそこまで喜ばれると却ってこちらも驚いてしまう。
この子たちが食べる甘い物って和菓子が中心みたいだし、そう言えばそもそも甘い物自体が贅沢品なんだっけ?
夕暮れになると子供たちは帰って行き、最後まで残った颯太くんを今日は広瀬さんが家まで送って行く。
「今日は何もなかったか?」
秋山さんにそう尋ねられれば、私は大丈夫とだけ返して湯飲みにお茶を注いだ。
清流庵にいても家にいても何も起らない。いや、何もないに越した事はないのだけれど……
構えた割には平穏に一日が終わるので拍子抜けしたというのも正直なところ少しある。少しだけね。
秋山さんもそんな感じなのかな。
「何もないならその方がいいんだ」
湯飲みを渡す時に顔を見ると、浅はかな考えはお見通しだったようで苦笑いで返されてしまった。
その通りです。ホントすいません。
広瀬さんが帰ってくると晩ご飯になる。
「お代わり」
「はいはい」
「俺も」
「はいはい」
毎日思うけど実によく食べる人たちだ。ひとりで一日平均五合を食べていたって聞いた事があるけど、あれは決して嘘ではない。
「エンゲル係数高そうですね」
「は?」
「えん……?」
「いえ何でもないっす。はいどーぞ」
ご飯をよそった茶碗を渡そうとしたら広瀬さんとぱちりと目が合った。ん?
「……」
「……」
ん?(笑顔)
言いたい事があるならそっちから言え。暗にそう目で促す。
「颯太から今日家でプリン食ったって聞いたんだけど」
「え?うん」
「俺も食いたい」
広瀬さんはお茶碗持ったまま(というか私も広瀬さんのお茶碗持ったままなんだけど)、ものすごく真剣な顔だ。
なんだろうこのシチュエーション。
「毎朝君の作った味噌汁を飲みたい」とか、そんな類の言葉の聞き間違えじゃないかなあ(それはそれで問題だけど)(いや毎朝作ってるけど)……。
…………。
いやいやいや聞き間違えてない。そんな事ない。
この人今ものすっごい真面目な顔でプリン食べたいって言った。プリン食べたいって。
思わず顔を逸らしてしまった。
三十回ったガタイの良い男(軍人)が真面目に「プリン食いたい」!言っちゃ悪いけど柄じゃなさすぎるよ広瀬さん!直視できずに明後日の方を向くと、これまた至極真面目な顔でこちらを凝視している秋山さんとも目が合った。
「さつき」
「はいっ」
笑い過ぎたかな。食事中に行儀悪過ぎたかな。
「………………俺も食いたい」
この人、今ものすっごい真面目な顔でプリン(以下ry
声を上げて笑ってしまった。
とは言えプリンは食後に出そうと思って取り置いてあったんだよ。
まさか出す前にあんな事言われるとは思わなかったけど。
「柔らかいな」
「プリンってもっとこう、固い……」
固い?現代ではとろけるプリンが多いからついそっちに合わせちゃうけど、私が作ったのは少し緩かったかな。
「でもプリンを自宅で食う日が来るとは思わなかった」
いい笑顔だ広瀬さん。そういやこの人甘党だったわ。
「そうなの?簡単にできるのに」
確かに子供たちはプリンの存在も知らなかったけど、海軍さんなら食べる機会もありそうなのに。
「軍艦でならなぁ。しかし普段口にする物でもないな。築地の精養軒とかなら……」
「あ、築地で思い出した。さつきさん、竹下には話したから近い内に家に連れて来るよ」
「……竹下さん?」
前に話しただろうと言われて、そう言えばと思い出す。
確か大親友って言ってたっけな。
「そうそう。竹下は築地にある海大の学生なんだ。俺はあいつとは攻玉社からずっと一緒で海兵の同期」
カイダイ?カイヘイ?何それ。
攻玉社は確か東京の男子校だ。中学か高校だったかな。随分古い学校だったんだ。
「俺は今東京に話せるような奴がいないんだよなあ……財部の方は?」
「財部はまだなんだ。兄さんの事もあるから早めに会っておきたいんだが中々……」
私の事なのに何もできないのが歯痒いところだけど、その辺りはもうふたりに任せておこう。
差し出された湯呑にお茶を注いで、私はお願いしますとだけ伝えた。
で、今日で五日目だ。
ここまで何もなければ流石に清流庵で起ったあれはなんだったんだろうと思ってしまう。
聞き間違いとか勘違いだったとか……?
今更そんな事言えない……し、聞き間違いとかそんな事はなかった。うん。多分。
「どーかした?さつき?」
ぼんやりと考えているところを急に話し掛けられ、ハッと颯太くんを見下ろした。
今日来ているのは珍しくこの子だけだ。
ひとりは退屈なのか、宿題が終わってからは段々眠たくなってきたみたいで、目がトロンとしている。
「ううん。なんにもないよ。それより颯太くんちょっとお昼寝しようか」
こっくりと頷きふたつ折りにした座布団を枕にコロンと横になると、颯太くんはすぐに寝入ってしまった。
よし今の内にご飯の用意をしてしまおう。
一時間もすれば粗方食事の準備もすんで、ほったらかしになっている颯太くんの様子を見に居間を覗く。
爆睡してるけど、そろそろ起こした方がいいかな。
揺り起そうと肩に手をかけた時、玄関から声が聞こえた。
「ごめん下さい」
「はーいどちら様です……か」
お客さんか。つっかけを履いて無防備に玄関の引き戸を開けた事を、この時ほど悔んだ事はない。
開けて、閉めた。つもりだったのだけれども。閉まらない!
「……っ!」
見ると隙間に足が挟まっている。いや、相手が足を挟んで閉まらない様にしている。
私は両手で戸を掴んで一層力を込めて閉めようとしたけれども、抵抗虚しくガラッと戸を完全に開けられてしまった。
「…………」
「…………」
思わず後ずさる。と、上り框に脹脛がぶつかってそのまま座り込んでしまった。
そこにスッと差し出された手にびくりと体が震えて、思わず目を閉じる。すると途端に落ちる大きな溜息。
「すまない、大丈夫か。…いや、Are you alright?...Don't be so afraid. I am Captain Takeshi Takarabe, Hirose and Akiyama's colleague.(そんなに恐がらなくてもいい。私は広瀬と秋山の同僚の財部彪大尉だ)」
たからべ?どこかで聞いたような、気が……
――財部と竹下って言うのはね、俺の学生時代からの大親友。竹下は東京、財部は横須賀だけどよく上京して来る。良い奴らだから何かあったらきっと力になってくれる
――俺は今東京に話せるような奴がいないんだよなあ……財部の方は?
――財部は今度の休みに講道館に来るからその時だな
そうだ。
「財部さん……広瀬さんの、大親友=c…」
「日本語?話せるのか?」
あの時のイケメンが広瀬さんの大親友だっただなんて。
この展開は想像していなかった。
「――どうぞ」
そして何故かこのイケメンに居間でお茶を出しているこの状態を誰か説明して下さい……
黙って出されたお茶を飲んでるけど、この人一体何しに来たんだろう。
清流庵であんな会い方したんだ。どうせ目的は私なんだろうけど。
「……ふたりともまだ帰ってきませんよ」
その一言に湯飲みを茶卓に下ろしてこちらを一瞥する。
やだな。やっぱり棘があるよ。
「財部彪だ。広瀬は俺の親友になる。聞いているかもしれないが、海軍の同僚でもある」
「はあ……如月さつきです……?」
よろしくお願いしますと続けて言えるような雰囲気でもなく、机の向かい側、財部さんの正面に座る。少し距離を取って。
しかしガサガサしても一向に起きる気配もない颯太くんなんたるつわもの。
……寝ててもいい。誰かいてくれて良かった。
「…日本人なのか」
「は?はい」
「失礼だがどこ出身で、実家は?どうしてあのふたりと知り合ったのか教えて欲しい」
これって答えていいんだろうか。
「答えられないのか」
「それは広瀬さんたちがいる時にしてもらえませんか」
「何故」
短い、責めるような口ぶりに体が少し震えた。頑張れ自分。
秋山さんだって悪い事してないんだから堂々としてればいいって言ってたじゃないか。
「じゃあ伺いますけど……財部さんこそ何故そんな事を聞くんですか?会ったばかりの貴方にいきなりそんな風に問い詰められても、私には答える義務も必要もありません」
「なら質問を変えよう」
「だから……!」
「どちらが目当てだ」
「は?」
何を言われているのか分からない。首を傾げると小さく舌打ちされた。舌打ちしたいのはこっちだよ。
20110903110205
プリンは茶碗蒸しと一緒で特別な道具が無くても簡単にできるおやつ