22:calm




広瀬は秋山と財部の間で首筋を掻きながら暫く言葉を探していたのだが、ふと顔を上げた。
「財部、俺たちの事誰かに話した?」
「いいや」
その否定に秋山に視線を移す。
「なあ秋山、いいだろうか」
「そのつもりで呼んだんだろう。財部、今から聞く事は絶対に他言無用だ。……頼む」
さっきの今で頭を下げた秋山に財部が驚いていると、広瀬が静かに話を繋げた。

「さつきさんは俺たちの今の状況≠ヘ殆ど知らないと思う。わざと聞いてこないみたいだから、俺たちも外での事、仕事の事なんかは話してない。本当はこっちから聞きたい事も山ほどあるんだが……あんまり困った顔するから嫌なら話さなくていいと言っているんだ」
「……なぜ」
「知られると不都合な事が多いらしい。どうでもいい事はべらべら話す癖に肝心な事には意外と口が固い」
偶にうっかり口を滑らせたりもするが、と秋山は軽く笑う。

「その、聞かないし話さない理由は昨日はっきりした。……怖いからだ」
「怖い?」
秋山の言葉を復唱すると、財部は首を傾げた。


「さつきさんが未来から来た人間だからだよ」


「……小説の読みすぎか?」
「…………」
「…………」

いや、広瀬がこういうところでこの手の冗談を言わない事は財部自身がよく分かっている。

「……未来って……いつの」

長い沈黙の後、話を聞く態勢に入った親友にほっとして広瀬は表情を少し緩めた。

「分からない。未来という話も俺たちの推測で直接聞いた訳じゃないんだ」
「しかしそうとしか思えない話があるし、そう思えば辻褄が合う話が多いのも事実だ」
秋山は目を伏せて思い出す。

出会った初日に見せられた名刺、オムライスを食べながら聞いた生活の環境。

「あいつのいた所ではスイッチを押せば水も出るし火も使える。風呂も勝手に沸くらしいぞ」
「なにそれ。初めて聞いた」
そう言えばその話を聞いた時広瀬はいなかった。

「英語は義務教育、女ひとりでカムチャツカに語学留学、ロシア奥地に旅行だと」
「何?」
「欧州やアメリカまで半日とちょっと。恐らく空を飛ぶんだろう。朝鮮台湾は一泊二日、二泊三日で遊んで帰られる旅行先だってさ。財部、信じられるか?」
「はああ?」

広瀬の言葉に財部が頓狂な声を上げる。

(半日で欧州だと?その早さで軍隊を動かせたら……いやそれよりも空軍の可能性か)
空を飛ぶ技術。
夢物語のようだがそれが実現すれば戦争の形態が一変する。
どんなものなのか、如月さつきが知っているというのならば是非とも聞き出したい。
灰暗い笑みが本人も知らぬ間に財部の口角を引き上げていた。

「財部」

不意に呼ばれた名に顔を上げる。

「今、何を考えた?」
「……」
「だから怖かったんだよ」

溜息と共に吐かれた広瀬の言葉が胸に刺さり、ハッとして財部は息を飲む。その様子を横目に見ていた秋山が更に続けた。

「優れた技術の話を聞けば軍事転用への可能性を考える。俺たちは軍人だからな。その上これから先の歴史を知っているとなるとどう思う?俺が為政者なら、どんな手を使ってでも知っている事を洗い晒い吐かせるな」


秋山がもしかしてと思ったのはあの三人での帰り道だった。

――この時代に来て会えたのが秋山さんと広瀬さんで本当に良かった

この時代に来て。
この時代。

現在がまるで過去であるかのような言い方に広瀬と思わず固まったのだ。
違う%本の……異世界の人間と言うのなら、そこは「この世界に来て」だろう。
そうだ。
思えば今までちらほらと色んな所にさつきはヒントを落としていた。本人は気が付いていないだろうが。
そして極めつけが昨日の偽ツァーリ、ドミトリー二世。

さつきの世界と秋山たちの世界は似通っているのではなく、恐らく同一線上のものだ。

さつきがここに来た日、まず確認したのは年号だった。
そして次の日、自分たちが海軍の人間と聞いたと話した上でここにいてもいいのかと聞いてきた。
今思えば最終確認のような会話だったが、あれは恐らく話す内容や関わるラインを測る為だったのだろう。
彼女は自分たちと関わる事で彼女の知識が利用される可能性、彼女が知っている歴史を変えてしまう可能性がある事に震えたに違いない。


「俺は……さつきさんが俺たちと深く関わろうとしなかった理由が今ならよく分かるよ」
目立つ外見を思ってか買物や清流庵など必要最低限の外出以外殆どしていなかったようであるし、財部や竹下と会わせる話をした時に見せた難色。

「そこまで思うなら尚の事手を放せ。それが彼女のためで……お前らのためだろう」
「無理だ。もう遅いよ、財部」

広瀬は即答した。

「ずるずる引き延ばして手許に置いていても彼女もお前らも困るだけだろうが!」
「だから!……だから、俺はお前に相談したかったんだよ……」

突き放すには広瀬たちはさつきの内情を知り過ぎてしまい、今は目の届かない所に彼女を置く事が酷く怖い。
そしてそれ以上に……

「情が移ったか」
「ああ」
「……そうだな」

散々世話になっておきながら肝心な事は何ひとつ話せない。
いつだったかさつきが泣きそうになりながら絞り出した声を広瀬と秋山はまだ鮮明に思い出せた。
罪悪感から来る後ろめたさは時間が経っても薄れる事はなかったに違いない。遠慮と態度の頑なさはきっとそこから来ていたものだ。
それが最近になってやっと融け始めたというのに。

「……くそ、懐かない猫がやっと懐き始めたところだったのに」
「は?」
「秋山……お前な……」

苦笑いを零している辺り、広瀬も似たり寄ったりの感懐を持っているのだろう。

「いついなくなるのかも分からない子だけどさ、変な形で別れたくないんだよ俺たち。初めはややこしい事になったと思ったけど、今はできるだけ面倒見てやりたいと思う。相棒みたいになれたらいいとは思っていたけど……まあ家族みたいなもんだからな」

財部の言う通り、そこに色々と問題があるのは分かっているのだが。

「だから俺はお前と竹下に何か良い方法がないか相談したかった。それにさつきさんの相談相手になれるような人間を増やしたかったんだよ。今日来てもらったのもその為だった」

「――頼む。財部。助けて欲しい」
「俺からも頼む」

頭を下げた広瀬に秋山も続いた。

「…おい、止めろ。止してくれ。俺は広瀬がいいならそれでいいんだ。だがこの事でロシア行きがフイになったらどうする。お前何年、どれだけ努力してロシア語の勉強してきた?それは何の為だ」

「財部」
「………」
「大丈夫だよ」

困ったように笑う広瀬に、財部は怪訝そうに顔を顰めた。

「……なんでだよ」
「ん〜……なんでかな?そんな気がするだけだ。さつきさんが来てから生活は改善されるし、そのお陰で集中できて勉強は捗るし、留学もできそうな風向きだし……良い方向に向かってると思うんだよ」

その一言にハッとしたように財部は広瀬を見返したのだが、広瀬はそのまま続けた。

「心配はあるけど悪い予感はしない。だからきっと大丈夫」
「………」
「財部」

探るように親友の瞳を凝視した後、財部は、はああああああ……と大きな溜息を落とすと諦めたように呟いた。

「……分かったよ」
「そう言ってくれると思ってた……って!」

掛け値なしの笑みを零した広瀬の肩を財部が「何か腹立つな」と強く小突くと、広瀬は更に笑った。




「財部、さつきの事は誰にも話していないんだよな」
改めての問いの秋山の問いに財部が肯首する。

「お前の他に誰か気付いているような人間は……」
「弁当止まりで詳しい話は恐らく誰も知らない。お前らふたりで住んでいると思っているだろうな。そんな感じだったから俺はこの家まで来たんだ」

と、そこまで話すと財部は急に言葉を切った。
少し思う所がある様子の同僚をふたりは見つめる。

「広瀬、本当に心当たりはないのか?」
「あ、ああ」
「いいや、お前はひとつ肝心な事を忘れている」
「何?」

そうして聞かされた推測に広瀬も秋山も言葉を失ってしまったのだった。

灯台元暗し。
そうとしか思えなかった。



120902110308
calm:ちょっと冷静に

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