34:talk too much




案内された部屋の前で竹下は苦笑した。
芸者を呼ぶと聞いていたのに三味線の音が全然聞こえない。
聞こえないが、複数の女の笑い声が耳に飛び込んでくる。

「悪い、先に始めた」
「おー」

部屋に入って腰を下ろすなり広瀬が竹下に杯を持たせた。酒を注がれる向こうで、「竹下さん」と芸者たちと話をしていたさつきが席を立とうとしたのを「来なくていいよ」と制する。

「何、お前ら全員振られたの」
笑いながらお茶っぴきの状態になっている男どもに言ってやった。

「完全に商売忘れてるな。さっきからずっと井戸端会議だ」

芸者連に向けた財部の言葉に秋山が吹き出す。
聞けばさつきと芸者、女同士で互いの服や髪型、化粧なんかが気になるのか、さっきからそんな話ばかりしているらしい。

「気軽に話せる同性の人間が殆どいないからな。さつきも楽しいんだろう」

そりゃあ確かに竹下でも色々と聞きたくなるさつきの服装ではあった。
前助けた時とはかなり違う。今日は上下ともふんわりとした薄い服で髪型も違っていたから、本当に印象が変わっていた。何と言うか。

「随分と女らしい」

前は男と見間違う姿だったのに。そう思うや広瀬と秋山が爆ぜるように笑った。

「そうだろう、そう思うよな」
「竹下、俺たちも初めてあの格好を見た時そう思ったんだよ」

「「変わり過ぎ」」

竹下の隣にいた財部が爆笑した。



「ほら、姐さんたちも話してないで歌ってよ」
そう竹下が声を掛ければ、シャンと三味線が鳴り始める。
「竹下さん」
賑やかさを取り戻し始めた座敷の中、隣に座ったさつきにどうぞと徳利を差し出され酒を飲み干し、注ぎ返す。

「はーおいし」
「いい飲みっぷり。はい、もう一杯」
「はーい」

笑ってしまった。遠慮がないな、いい意味で。
さつきは暫く竹下の相手をするつもりのようで、話しながら良いタイミングで酒を注いでくる。
酒席に慣れているようだった。

「慣れ……職場で飲み会は結構あったし、私下っ端だから幹事したり注いで回ったりとかが多くて、それでですかね?でも私こういうお座敷は初めてです」
「楽しい?」
笑って肯首したさつきに竹下も笑った。

「さつきちゃん、そう言えばさ」
この前竹下が帰った後は大丈夫だったのだろうか?
目の前にいるさつきと秋山と広瀬、この三人は自分が知っている男女関係とは随分違うが男と女である事に違いはない。あの日、茶屋を出てからまずかったかと思わない事もなかったのだ。

「え?」
「秋山とふたりだったんだろう?」
「何もないですよ〜秋山さんにも警戒心なさ過ぎって言われたんですけど、私だってあのふたりでなかったらそんな事しません。元の世界でも家族でないとそんな事しませんよ?」
「そう(家族扱いか)」
「あの、竹下さん?」

改めて名前を呼ばれて何かと思えば。

「独身主義って女の人が嫌いとか、そういう事じゃないですよねえ?」
「嫌いだったらさつきちゃんあの家に上げてないでしょ」

そうですよね。
そう言いながら釈然としていなさそうな様子に竹下は首を傾げた。

「あのふたり、毎日時間になったら帰って来るんですよね。遅くなるなんて事は殆どないし、もちろん泊りなんて一度も。部屋を探せばエロ本?春画?とかはあるのかもしれないけど何か心配で」

こそっと呟かれた言葉に、竹下とさつきを挟んで向こうに座っていた財部は盛大に吹き出してしまった。
男としての心配をされている。

「本当に女嫌いって事じゃないんですよね?私が女として見られてないにしても秋山さんだって平気でおんなじ部屋に寝ちゃうし……まさか同性愛……え、やだもしかして生BL?だったら私本当に邪魔者じゃあ……」

「……ぶはっ!は、」
「あーっはっはっはっは‼」
「え?竹下さん?財部さん、」
「……何だ?」

明らかに自分たちを見ての爆笑に秋山と広瀬が怪訝そうな表情を向ければ竹下と財部は更に笑い、さつきはその間でオロオロしていた。

「さつきさん?」
「はいっ?いっいや、あのね、えーと、」
「おい、責めるなよ。さつきちゃんお前らの心配してるんだよ」

竹下の言葉に訝し気に首を傾げた秋山たちに、「わー!何でもない何でもない!」、さつきが突然大声を上げてごまかそうとすれば、ふたりは益々首を傾げ、残るふたりは更におかしそうに笑った。

「男は飯がうまけりゃまっすぐ帰るっちゅう話だ」
財部がくつくつ笑いながら言葉を挟めば、
「そりゃあまあ」
「帰るよな」
「あら、最近顔を見なかったのはそれでだったのね〜」

妬けるわぁとにこやかに三味線を爪弾きながら口角を上げる芸者を竹下が軽くあしらう。

「一緒に住んでいる人間が夜遊びするのは平気なのか?」
女は普通夜遊びするような男は嫌なのではないだろうか。
「あまり頻繁なのは関心しないけど、適度には遊ばないといけないんじゃないですか?それに定時四時って信じられない位早い時間なのに」
「信じられない位早い?」

財部が復唱するように尋ねればさつきは頷いた。

「私が働いていた所は九時から六時、職種によりけりだけどデスクワークは大体五時半とか六時で終わりが多いんじゃないですか。私はこの一、二年そんな時間に帰れる事なんてあまり無かったですけど」
「え?私ですか?帰りは七時か八時位、遅かったら十二時過ぎてたなー。休みは土日祝日ですけど、何かトラブルがあったら呼び出されるし旅行先まで電話掛かって来るし。ほーんと遊ぶ暇なんてなかったですよ。それが原因で彼氏に浮気された挙句捨てられて」

「…………」
「…………」
「…………」
「捨てられた?」

他の連中も竹下、財部とさつきの会話を聞くともなく聞いていたのだろう。
思わぬ方向に話が飛んで、場に言葉がなくなり三味線の音だけが鳴り響く状態になってしまった。
そんなに広くはない部屋だ。そりゃ聞こえるに決まっている。
しかしさつきはそんな様子も特に気に留めず軽い感じで言葉を継いだ。

「そーなんです。元彼、私の職場の近くにある会社に勤めてた人なんですけどね、私の勤務あんなのだったから同じ会社の女にふらついて何回かヤったみたいなんですよね。で相手妊娠。あの女絶対ゴムに穴開けてたのよ」

広瀬と秋山がぶはーっ!と茶と酒をぶちまけたが、さつきは素知らぬ顔で竹下と財部に話し掛けている。

「あの女が彼に何かと声を掛けてたのは知ってたし……変だと思った時はあったんです。一緒に帰ろうって久しぶりに彼と待ち合わせしてた所までわざわざやって来て、私の顔見て勝ち誇ったように笑ったの。今思えばあれ三ヶ月経って子供下ろせなくなった時だったんだわ」

「お、おい、竹下、どれだけ飲ませたんだ」
「秋山さん、私酔ってない。大丈夫」

珍しく秋山が焦ったような声を上げ、その後ろで財部が内輪で話があるからと耳打ちして芸者連をそっと帰していたのだが、そんな様子にもさつきは気がついていなかった。完全に酔っている。

(う〜ん、本当に飲ませ過ぎたかも)

その辺りに転がっている徳利の数を横目で数えて、竹下はぱりぱりと頬を掻いた。
思いの他杯を重ねていたようだった。
しかしさつきの顔色は全く変わっていなかったし言動も特に酔っているような節がなかったから、竹下としては不可抗力な気がする。

(飲み過ぎたら鎧が脱げてしまうタイプかな)

広瀬や秋山でさえ今の話が初耳らしかった様子を思うと、恐らく普段のガードは固い方に違いない。
ただあんな話、酔ってはいても普通は余程信頼している人間にでないとしない。
広瀬秋山のふたりが担保になっているからだろうが、自分も財部もさつきの中では一応信頼される人間の部類には入ったらしい。

「竹下さん、財部さんも聞いてます?」
「ん?ああ」
「聞いてるぞ」
「あの野郎私が忙しくて会えないから寂しかったですって。寂しかったら他の女抱くのかって話ですよ。私は寂しくて会いたくても我慢したのに」

少し顔を上げれば視線が合った財部が苦笑している。

「仕事と俺とどっちが大事かなんて、女みたいな事言いやがって……彼氏がいようがいまいが私の仕事は一歩間違ったら全社に影響が出る事だってあるのに、いい加減な事なんてできない」
「……うん」

竹下は曖昧に答えたけれど思うところがあった。それはこの場にいる同僚たちも同じだろう。

「別れてからも遅くまで仕事、残業の繰り返しです。この前は東京への出張を押し付けられたけど二、三日休んで羽根伸ばしてきていいって、でも仕事終わった後新宿で車に撥ねられて」
「それで俺たちと会ったんだな」
広瀬が問えばさつきが頷く。
「いや、それより……そんな風に働いていたんだな」
意外と言った風、驚きを隠しきれない様子で秋山が呟けば他の三人が同意した。

女の職業なんてここでは限られている。
ましてや組織全体に影響が出るような仕事を任せられる事自体がまずなく、それだけでも驚きの内容だった。
しかも遅ければ十二時過ぎに終業?通勤の時間や風呂や食事などの日常生活を考えたら、寝る時間など殆どなかったのではないだろうか。

「お前、ここに来てからもよく頑張ってるよ。分からない事だって多いだろうに不平も不満も言わないで」
秋山が杯を取り上げ、茶を淹れた湯飲みをさつきに渡す。
「不満なんてないよー。申し訳ないって思ってる位なのに。ね、広瀬さん秋山さんももう少し羽根伸ばした方がいいよ?忙しくても息抜き大事だよ?私の事だったら本当に気にしないでいいしさ」

微妙な表情で座っている秋山と広瀬に淡々と説いているさつきを眺めていたら、財部が竹下の杯を満たしてくれた。
「なんであいつらがあそこまで手を出そうとするのか、分かる気がする」
黙って注がれているとふいにそう零した同僚に竹下も思わず肯首した。

財部はこの待合茶屋に来る前、さつきとふたりだけで話した内容と広瀬の内示について話した時の彼女の反応を、広瀬と秋山の目を避けてこっそりと竹下に伝えていた。

(彼女は思い詰める性格なのかもしれない)

それに責任感が強いのだろう。そう思う。
そうでなければ会社に影響がある仕事など男にでも任せられない。

それに自分たちの『明治』からさつきの『未来』に至るまでに生活の様式や道具が随分変わったようで、彼女がここに来た当初は本当に大変だったらしい。
その上彼女には元の世界に帰れるのかという不安だってある筈だ。

そんな中で家の事全てを引き受けて、その上ふたりに対するあの態度。
世話になっているという事もあるのだろうが、それだけではあそこまではできないと思う。
漸く言葉を交わすようになった程度の面識しかない自分たちでも思うところがあるのに、一緒に暮らしていたのならそれは尚更だろう。

財部は向こうの三人を横目で見ながら、竹下にしか届かないような小声で呟いた。

「広瀬の件を伝えたら、彼女『どうしようと思って悩んでた』『良かった』って泣いていたって言っただろう?あいつら彼女に情が移ったと言っていたが……」
そこまで懸命になってくれる人間に好意を持たない方が難しい。

「まあ……あの様子見てりゃなあ」
「俺は本当に気の毒な事をした」
「そう思うのならこれから力になってやればいいだろうが」

そう言ってやれば、一拍置いた後「そうだな」と財部は苦笑いした。



2013031320120905
talk too much:話し過ぎ(笑)

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