08:miscommunication




「さつきさん、用意できた?もう出るよ」
「はいはい、行く行く今行きます」
ぴしんと引き戸を閉めて鍵を掛けて、ぼちぼち歩き出したふたりの後を追う。

頼み込んで同居人の出勤時に自分が拾われた所に連れて行ってもらった。
どんな所なのかとか、この世界に放り出された時どんな状態だったのかとか、少しは聞いていたのだけれど、ほら。
やっぱり自分で見ておきたい。些細な事でも帰る為の手掛かりがあるかもしれない。
やっとこの世界に慣れてきたとはいえ、元いた世界に帰りたいと思うなら遅過ぎる位の行動だ。

「買物とかで家に閉じ籠っている訳ではないから大丈夫だとは思うが」
「うん。家から近いんでしょ?大丈夫大丈夫」
私をいくつだと思ってんるんだ広瀬さん。
「気をつけろよ。ふらふら出歩くなとは言わないが、貧民窟とか危ない所もあるんだ」

(貧民窟!)
うっそ。スラムが日本にあったなんて驚きだ。信じられない。

「さつき」

へーとかふーんとか、ちょっと軽めの返事をしていると咎めるような視線に笑いの混じらない声音。
最近秋山さんは名前呼びになった。それに合わせて言葉遣いも少し変ったけど、何となく距離が縮まったみたいで少し嬉しかったりする。ついでにこっちの言葉も砕けて来た。
秋山さんはちょっと怒った顔だったけれど、こんな与えられるばかりで至らない同居人に対して心配していると態度で示してくれるのが嬉しくて「うん」とだけ返した。

「えーと、……ここ?」
「ここ」

せがんで連れて行ってもらった先は何の変哲もない道路、少し交通量の多い四辻。
人がせわしなく通っていて、人力車がそれこそ飛ぶように走って行く。
(危ないなあ……ぶつかりそう。いつか事故るぞ。そういや私も人力車に轢かれたんだっけ?)

「じゃあ俺らは行くから。気をつけて帰れよ」
「あ、うん。ありがとう、行ってらっしゃい」

ふたつの後ろ姿に向かってひらひらと小さく手を振って視線を戻す。
本当にここで一体何があったんだろう。




それから大体土日を除く毎日ここに足を運んでいる。
近くにある空き地に陣取って「その場所」を眺めるか、常連になりつつあるイートインできる和菓子屋に陣取るかのどちらかだ。常連と言っても歓迎されている様子がない。寧ろ迷惑だ来るなの勢いだから自称だけど。
偶にその辺りをうろうろしたりするけど、今日はこの和菓子屋で腰を落ち着けた。

「あそこで倒れていた」と教えられた所をぼんやりと眺める。
なんでこんな所に現れたんだろう。
ぶつかった衝撃で時空の歪みに放り出されたとか、そういう事かな……なーんてどこかの三文小説の様な事を思う。

誰かに話を聞いてみたい。
近所ならきっと誰か目撃してる筈。

本当はこの世界での交流はあまり広げたくないけど、これは最低限必要なアクションだろう。
そう思うのだけれど、目が合う人合う人、すいっと視線を躱わされてしまって。正直言って話しかける以前の問題だ。
大体ほぼ毎日来ているのだから誰か歩み寄ってくれてもいいんじゃないかとも思うのだけれど……

(モテ期かな?いやいや違うっつーの)

視線は相変わらずチクチクしていて、和菓子屋の店主らしき人もおかみさんらしき人もチラチラこちらを見てはいるけれど、決して目を合わせようとはしない。
お茶と菓子を運んでくれた女の子も話し掛ける前にすぐに奥に引っ込んでしまうし。
凹む。これは凹む。
別に取って食いやしないんですが。
苦笑いしながらぱりぱりと頬を掻くしかない。

ただ話し掛け難いだろうという自覚はある。なんてったって茶髪で、この時代の女性にしてはかなり長身で、その上パンツスーツ。TPOって知ってる?聞いた事ある?って感じだ。
はっきり言って一般庶民の女の出で立ちじゃない。

こちらを見てひそひそ交される言葉の中に、異人の男≠ニいうフレーズがよく挟まっているのも知っている。
「やーい、がいじーん」とか言われて、道すがらの子供に枝でペシペシ叩かれた事だってある。
――外国人の男だと思われている……
何故だと叫びたい。
駅で困ってる外国人がいても無視してしまうのが日本人の性。ましてや今は明治だ。君子危うきに近寄らずでも仕方ないのかもしれない。

でも、この視線は初めてじゃないのだ。
買い物に出る時でも振り売りに声を掛けた時にも浴びせられる視線。これは奇異なもの、異端を見る目だ。
外国人だから分からないと思っての陰口だ。

仕方ないと頭では分かっていても、それを飲み込んで平静でいられるほど寛容でもないし、できた人間でも無い。
正直言って心が疲れてしまう。
相談できる人がいるならまだましかもしれないけれど、あのふたりには今以上の面倒も心配も掛けたくない。

さつきが座っていた和菓子屋の席からは外の景色がよく見えた。
人通りは相変わらずで、がらがらと人力車が通り過ぎていくのも同じ。この中でイレギュラーなのは自分の存在だけだ。

(……今日はもう帰ろうかな)

ちゃり、と小銭を机の上に置いて店の暖簾をくぐる。
暫く自分よりも頭ひとつ小さい人たちの波に紛れて歩いていると、向かいから見慣れた顔が走ってきた。

「あ、今日もいるぞー!やーいがいじーん!」

びしりと眉間に皺が入る。
うわ、一、二、……今日は三人だよ。あーまた枝持ってるよ……それでぴしぴしする気か。いい加減止めてくれよ少年。こう見えても結構傷つくんだ。えい回れ右するかと思いきや。

まっすぐにこちらめがけて走って来る少年たち。
左の辻からはいつものように勢いよく走って来る人力車が目に入る。
危ない、このままじゃぶつかる。そう思った時には体が勝手に動いていた。



「ばかっ!交差点は飛び出すなって習わなかったの‼」

本当に危なかった。
あんなスピードの人力車とぶつかったら、きっと大人でもただじゃ済まない。

さつきは咄嗟に人力車の前に飛び出す事で二者の衝突を回避して、その後思いっきり三人の子供を叱りつけた。人力車には逃げられてしまったが。
何が起きたのか一部始終を見ていた周囲の人間はシーンとして、ただひたすら沈黙を守っている。

人が見てる?いいや、そんなの関係ない。今は子供を叱りつける方が大事だ。
このまま放っておくといつか絶対に大怪我をする。そっちの方が困るに決まってる。
大きな声で叱った後は子供と目線を合わせるようにしゃがみ込んで、言葉が伝わる様に静かに話し掛けた。

怪我をしたらどうするの、もしもの事があったらお父さんお母さんはどうするの。
特に後者が効いたらしく、ひくりとひとりが泣き出すとそれが他のふたりに伝播した。
ええと、泣かれても困るんだけどな……

「もうしないって約束できる?」
いつまでもこうして居られないのでそう聞くと、目の前の三人はこくこくと頷く。
よしよし、それならよろしい。許しちゃろう。満足して「家は?送るよ」促すと、

「颯太ーーー‼」

吶喊に似た大声が耳を突き抜けた。
騒ぎを聞きつけたのか、母親らしき人がすごい勢いでこちらに走って来る。
手に棒を持っている。
え、ちょっと待ってそれでどうするつもり。いや、これ何のフラグ?



「本当にありがとう、ありがとうございました。ほら、あんたもだよ!お礼ひとつ自分で言えないの⁉」

子供の首根っこを引っ掴んでぐいぐいと頭を下げさせるのは、なんとさっきまでいた和菓子屋のおかみさんだった。
外国人に子供が連れ去られそうとでも聞いたのか、手近にあった棒を握って子供を奪還するつもりでやって来たという様相。
私に殴り掛かる前にそれまでの成り行きを見ていた周囲の人たちが大慌てで止めて事情を説明、何があったかを知って一転――今の状態に至る。

「あの、おかみさんもういいんで、その、頭を上げて下さい」
(衆人環視の中いい加減恥ずかしい……)

私の言葉にはっとしておかみさんがこちらを見る。

「「「日本語喋ってる……‼」」」

何故か周囲からも声音が重なった。
泣きそうだ。私は日本人だ。ていうかおかみさん、私和菓子屋で日本語で注文していたんですが。

「外人、日本語すごくじょうずー!」
「ほんと!」

ついでに子供たちの声も重なった。
ていうか君たち、私さっき初めから終わりまで日本語で注意してたよね。聞いてたか?

「外人の兄ちゃん、じょうずー」

泣きそう。ホントに。



100810
miscommunication:伝わってませんね、色々と、全然
ちょっと書き方を変えてみました。財部を期待した方すいません。これから暫く出てきません

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