夏といえど夜になれば少し涼しくなるもので、と言っても暑いものは熱いわけで、お父さんが買ってきてくれたアイスがあるんだ!と思い出して私と勝己の分を持って部屋に戻る。
扉を開けたらまたカーテンが引かれてて何となく壁を感じた。
なので、カーテンを開けながら部屋に入っていけば勝己が気付いて舌打ちした。
酷い。
「お父さんがアイス買ってきてくれたよ。バニラとチョコ、どっちにする?」
「…そんぐらい開けんでも聞けんだろ。」
「私バニラがいいから勝己チョコね。はい。」
「話聞けや。」
そんなにカーテンを開けた事が気に食わないのだろうか。少し理解に苦しむが、こういう時の勝己は啄き過ぎると面倒なのでとりあえずアイスを渡しておく。
「あのね、話したいことがあるんだ。」
「……」
自分の手元に残ったアイスを自分の勉強机に置いて、椅子を勝己の方に向けて座る。
私の話はちゃんと聞いてくれるらしい、勝己も自分のアイスを机に置いて体半分私に向けてくれた。
「志望校の事なんだけど、」
「雄英。」
思いのほか早い段階で話を遮られた。
「…そう、私は」
「雄英受けろや。」
「え、」
さっきから予想外な反応に勝己の顔を見れば至極真面目。と言うか真剣そのもの。冗談とか茶化してるわけじゃない。
本気で私に雄英受験させたいみたいだ。
なんで?
「…な、なんで?」
「…ッチ、」
出たよ、舌打ち。
でも、いつも癖でしてるやつとはなんか違う。
苦虫を噛み潰したような、ちょっとショックを受けてるみたいな複雑な表情。
「雄英って、国立だよね?普通に超難関校じゃ…」
「じゃあ、どこ受けんだよ。」
「え、」
「どこ受けんだよ。」
「…傑物学園。」
正気か?みたいな顔して睨んでる。いちいち怖いんだけど、本当になんでだ?
「…正気か?」
うわ、言われちゃったよ。
「…正気ですけど。」
「志望同期は?」
「………」
「…おい。」
「…寮の同じ部屋の、個性が“幸運”の子が、そこ受けるって、」
言った瞬間寒気がした。無意識に落とした視線をあげるのが本当に怖い。
今勝己は絶対に怒ってる。
「……っ、はーーーー、」
「………」
怖い。なにか言う訳でもなくてただ息吐いてる。
あれか、殴る前のルーティーン的な?
嫌だな。私殴られるんか。
視線の先にある自分の両手がどんどんきつく握られていくので、私は今緊張してるんだな。と他人事のように思ってしまった。
「いつか光が言ってた不幸体質ってやつはなあ、俺から言わせればたまたまだ。」
「…え、いや、」
「よく個性事故にあうのもあの時の交通事故も、あの誘拐だって光だけのせいじゃねえ。」
「…でも、」
「個性事故は個性の制御出来ない奴のせい、交通事故は運転手の過失だったろ。……あの誘拐は、」
どうしてそんなに眉間に皺を寄せて俯くんだろう。勝己の言葉が途切れたから、顔を上げたら一瞬目が合った。
その瞳は揺れていて、表面に貼った膜が綺麗に部屋の明かりを反射していた。
「…俺のせいだ。」
小さな声で勝己はそう言った。
普段からは全く想像が出来ない声量で、聞き間違えたんじゃないかって思った。
内容も内容だったし。
「違うよ。」一言そう言えばいいのに、私の口は開かない。
そればかりか変な事を考えたり思い出したり。
誘拐されて目が覚めて、私からしてみれば気付いたら一ヶ月経っていて完全に浦島太郎状態で、検査を受けて右眼の色が変わったくらいで他に異常も無くて、覚えてない分は仕方ないから忘れて日常に戻ろうって思っていたら、勝己がなんだか優しくて。
いや、優しくはない。相変わらずみみっちいし女子とか関係なく殴ってくるし、やな奴だったけど、口喧嘩にはならなかった。
いつもなら、少なくとも前までなら突っかかってきたり自分の思ってる事をガンガン言ってきてたのに、一回黙って息を吐いて切り替えてから話してた。
私はずっと勝己がお兄ちゃんみたいな事をし出したな。としか思っていなかった。
でも、今勝己は「…俺のせいだ。」って言った。
あの日から、勝己は私が突然消えた一ヶ月をずっと引きずってる。
なんで?
そもそも私は誘拐された事実すら疑ってるくらい覚えてないのに。
「…私の、せいだよ。」
やっと口から出た言葉はものすごく情けないものだった。
「…っ、違ぇだろ。俺が、俺が…、」
「何が?何が違うの?わかんないよ、私、本当に誘拐なんてされたの?覚えてないよ、なにも、なにも!なにも無かったよ、」
分からなくなってた。いつも堂々と話す勝己が、勝己の声が、聞いたことないくらい震えて小さくて、泣いてるんじゃないかって思った。
でも、泣いてたのは私で、目からは勝手に涙が溢れて止まらなくて、纏まってないけど話をしようと思うのに、口から出るのは惨めな嗚咽ばっかりで。
そんな私を見て、勝己はどう思ったのか、私には分からないけど何も言わずに頭を撫でてくれた。
泣かないで欲しい。私は私と関わってる人が笑顔で過ごしてくれればそれでいい。そう思うのに、大切な人達の表情を曇らせるのはいつも自分で、知らない間に勝己が背負わなくていいものを押し付けていたんだ。
「…っ、うっ、おも、いだすっ、…っ思い出すからっ!頑張って、思い出、せるように、するからっ、」
だから、勝己はそんな顔しなくていいんだよ。
思っただけで口からは出なかったけど、私の頭を撫でていた手が背中に回って、規則正しいリズムで優しく叩いて「…わかった。」て言ったから。
伝わったんだなって安心した。
その後、私が落ち着くまでずっと赤子を寝かしつけるように背中を叩いてくれていたから、私は泣き止んだんだけど、昼間ドキッとしたのとは違って今物凄く落ち着くから、もう少しこのままでいよう。と思って、しれっと勝己にしがみついた。
「…光は、あの時の事どんだけ覚えてんだ。」
このままの体制を許してくれたのだろう。勝己は特に動こうとせずに会話を始めた。
「…ほぼ覚えてないよ。勝己と一緒にお使い行って、気付いたら病院で目が覚めて、それだけ。」
「…そんなもんなんか。」
「…え?」
「…いや、いい。光が覚えてないんなら、無理に思い出さなくていい。でもな、」
「…!?」
勝己の腕に力が入るのがわかった。
「覚えてなくてもいいから、雄英受けろ。」
そういえば志望校について話してたんだったね。
そんな事を思い出して私は笑ってしまった。
勝己は笑ってんな。ってちょっとキレてたけど、それすらもおかしかった。
そんなに言うなら受けましょう。
才能が有り余る勝己にはちょっと劣るけど、私だって何事も平均よりはできる子なんだ。
待ってろ雄英。
絶対受かって最高のスクールライフを過ごしてやるからな。
そんなこんなで、私の志望校が決まりました。
志望動機はおいおい考えるとして、まず勉強。そして、将来についてもちょこっと考えよう。
さあ!目指せ、雄英高校普通科!!