これも一つ策のうち

「はぁ…」


朝から何度目かの溜息をつく。
私は今日ここに来るのがとても憂鬱だった。

なぜなら、見ず知らずの"赤井さん"という人とお見合いをするからである。



確かに私に恋人はいない。
けれど、自然に出会って、恋に落ちて、それから…と思っていた私にとっては、中々すぐには受け入れられないものだった。
しかしその相手はお母さんの知り合いでお気に入りらしく、また相手の人が直々に申し込んで来たともあって、私には断るという選択肢が無かったのである。



「はじめまして、かな?みょうじさん。来てくれたことを嬉しく思う」


そう言った目の前の男、赤井秀一さん。
少し癖のある前髪に、綺麗な浅緑の瞳。加えて長身。
あまり堅苦しくない程度のスーツは着こなされていて、これで何人の女性を落としてきたのだろうかと少し冷めた感情を持った。


「こちらこそ、はじめまして。…あの、失礼ですが私たちどこかで会ったことありましたっけ?」

「あぁ…会ってはないが、街で一度すれ違った」

「え?」




私は自分の耳を疑った。

"街で一度すれ違っただけ"


確かに彼はそう発した。
私の理解力がないだけなのだろうか…と不安になったが、これは私でなく彼がおかしいのだと思い直す。
一度すれ違っただけで、なぜ私のことを記憶し、知ることができるのだろうか…
益々この人を信用してはいけないといった気持ちが膨らんで行く。

この人もしかして…!




「待ってくれ、俺は君の思っているような奴じゃない。たんに俺が、君に一目惚れしたからこうやって見合いをセッティングさせてもらった次第だ」

「いや、もし本当に一目惚れだったとしても一回すれ違っただけでお見合いセッティングします?!というか、うちの母とどういった知り合いで?」



私は疑問に思っていたことをすべて吐き出すかのように赤井さんに投げかける。
すると彼は抑えた笑い声を出しながら
「くくっそれが君の本性か」
と言い出した。


「…すみません」

さすがに初対面の人に対してとっていい態度ではなかったか…と思い直し、だが少し不貞腐れたように返すと、

「いや、別に気を遣わなくていい。俺はそのままの君の方が好きだ」

と、さも当然のように答えられた。


あまりに真剣な返答に思わず顔が赤くなる。何なの、頬が熱い…






その後も私たち2人だけのお見合いは続いた。
赤井さんが予約しておいてくれたらしいこのレストラン自慢のコース料理に舌鼓をうち、時々会話を交わす。
決して多くを語るわけではない。だがいつの間にかこの空間を、赤井さんが纏う雰囲気を心地よいと感じてしまうようになっていた。



そうなってくると当たり前の疑問が浮かぶ。

《こんなに素敵な人なのにどうして私をお見合い相手に選んだのだろう…。》



誰が見てもかっこいいと言う容姿をしているし、紳士だし、会話をゆっくりリードしてくれる、さりげない気遣いも上手…

あれ?


気づいた時には、いつの間に忍び込んだのか、私の心の中に居座っている彼の存在…
こんなつもりなんて無かったのに…。







***

帰り際、彼にエスコートされるようにして店を出た。
最初は会うことさえ嫌だと感じていたのに、今では優しく手を引かれることも嫌じゃない。更には別れるのが寂しいとも思い始めている。




「…なまえさん、また会ってもらえるだろうか?」



初めて呼ばれた名前にまた気を引き止められる。


私はもう、彼の言葉に頷くしかできないのだ。



2017/05/31